「⋯⋯9⋯8⋯7⋯⋯っ!」
背後から聞こえる声は
焦燥に震えていた。
カウントダウンの刻まれる音が
緊張感をさらに高めている。
だが
ソーレンは両腕を挙げたまま
微動だにしなかった。
押し付けられた銃口が
さらに深く突きつけられる。
銃口の照星が
シャツ越しに肌を抉るように食い込み
その冷たさが嫌でも意識に残る。
ジワリと痛む感触に
ソーレンは僅かに眉を顰めた。
(⋯⋯ちっ!ド素人がっ)
とある人物の顔が脳裏に浮かび
ソーレンは溜め息交じりに口を開いた。
「⋯⋯おい」
声は低く、呆れが混じっていた。
「シャツに、穴を空けんなよ?
ウチの店長様は
身嗜みに細かくてなぁ?」
まるで
軽口を叩くようなその言葉は
明らかに挑発だった。
「うるさいっ!
黙って情報を吐くんだ!
⋯⋯6⋯5⋯4⋯⋯っ!」
背後の声はさらに震え
焦りに満ちていた。
ソーレンは
口元に冷たい笑みを浮かべた。
銃を突きつける相手が
素人同然である事は分かっていた。
手元が震え
銃口がわずかにブレている。
そのブレが
焦燥の度合いを物語っていた。
(この手の連中は
カウントダウンに頼るしかねぇんだ)
恐怖を植え付け
相手を追い詰めるための演出──。
それができるのは
肝の据わった奴か〝ただの小物〟だ。
目の前の相手がどちらかは
もう明らかだった。
「おいおい」
ソーレンは、肩を軽く竦め
口の端を歪ませた。
「黙れば良いのか
喋れば良いのか
わかんねぇなぁ?」
言葉の端に混じる皮肉に
背後の男の指が
引き金を僅かに引いたのが分かった。
銃口が再び
ぐりぐりと押し込まれ
鈍く肌に痛みが走る。
(⋯⋯調子に乗った、クソが)
ソーレンの瞳はさらに細まり
冷え切った輝きが其処に宿る。
琥珀色の瞳が
獣が獲物を狙うような
残酷な光を放ち始めていた。
「⋯⋯3⋯2⋯1⋯⋯クソ野郎がっ!」
背後の男の声が
苛立ちと焦燥に滲んでいた。
次の瞬間
ガチャッ──
銃口が
ソーレンの背中の中心から僅かに下がり
脇腹へと動かされる。
男は、急所を外して撃つ事で
ソーレンを生かしたまま痛めつけ
情報を吐かせる心算だった。
──パンッ!
銃声が、森の静寂を引き裂いた。
だが、その直後。
──ドッ!!
弾丸が放たれた筈の銃口が
まるで暴発したかのように
火花を散らし、爆ぜた。
「うあ゙ぁあああっ!!」
耳を劈く悲鳴が響く。
男の右手は
骨ごと砕かれたように捻じ曲がり
血が勢いよく噴き出していた。
銃が吹き飛び
男は苦痛に顔を歪めながら地面を転がる。
一方、放たれた筈の弾丸は
ソーレンの背に向かい
皮膚に触れる寸前で
鋭く回転しながら宙で停止していた。
回転し続けるその弾丸は
まるで見えない壁に
押し留められたように
空間に釘付けになっていた。
やがて、回転はゆっくりと弱まり
無力に地面へと落ちた。
「⋯⋯くそ、が⋯っ!」
手を抑えながら
地面で藻掻く男の呻き声が漏れた。
その声を背中で聞きながら
ソーレンはゆっくりと振り返る。
琥珀色の瞳が
不気味に細められていた。
「⋯⋯化け物を、護る奴も⋯っ
化け物って事かっ!」
血に染まった右手を抑え
男が痛みに震えながら吐き捨てた。
その刹那──
ソーレンの目の色が変わった。
さっきまでの
悪戯っぽい光は消え去り
代わりに宿ったのは
暗く冷え切った殺意だった。
目の奥には
突き刺すような狂気が潜んでいる。
「⋯⋯俺のこたぁ
どうだっていいがな⋯⋯」
ソーレンは、ゆっくりと歩を進める。
足音は静かなのに
まるで地響きのような不気味さがあった。
「⋯⋯アイツは好きで
あんな身体になった訳じゃ
ねぇんだよっ!」
瞬間、ソーレンの右手が閃いた。
倒れ込んでいた男の首を
片手で鷲掴みにする。
「ぐっ⋯⋯!!」
男が声を絞り出す間もなく
ソーレンはそのまま
男の身体を軽々と持ち上げた。
宙に吊るされた男は
空気を求めて
必死に足をばたつかせる。
「⋯⋯なぁ?」
ソーレンの低い声が、耳元に落ちる。
「知ってるか?
無重力状態に
宇宙服も無しに人間が放り込まれると
⋯⋯どうなるか」
耳元で囁かれたその声は
異様なほど穏やかだった。
だが、その穏やかさは
張り詰めた空気の中で
逆に残酷さを際立たせる。
「教えてやるよ⋯⋯その身で味わいな?」
ソーレンの周囲の空間が
突然、不気味に歪み始めた。
ズズズ⋯⋯
大気が捻れ、木の葉が宙に舞い始める。
まるで空気そのものが
吸い上げられていくかのようだった。
「⋯⋯あ゙⋯⋯が、⋯っ!」
吊り上げられた男の顔が
みるみるうちに赤黒く膨れ上がった。
全身の血液が沸騰し
皮膚の下で
無数の気泡が膨れ上がる。
耳や鼻の穴から血が噴き出し
爛れた肌がブクブクと波打っていく。
視界が歪み、男の意識は薄れ始めた。
「⋯⋯や、め⋯っ!」
命乞いの言葉は
掠れた声にしかならない。
琥珀色の瞳が
静かに男を見下ろしていた。
冷酷な笑みが
ゆっくりと彼の口元に広がる。
「⋯⋯まだ、始まったばっかりだぜ?」
そう呟いた声は
まるで地獄の底から響くような
低く冷たい声だった。
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ソーレンは静かに笑う。 血飛沫と絶叫に染まる森で、獲物を痛めつけ、炙り出す。 情けも慈悲もない。 ただ冷たく、無慈悲に。 ──死神が、歩く。