ある街で、薄暗い路地を歩いていたハルとクロエ。街灯の光はまばらで、冷たい風が二人の頬を撫でる。
そのとき、かすかな泣き声が聞こえた。
クロエが足を止め、耳を澄ませる。
「……誰かいる」
小さな声。女の子の声だった。
ハルも振り返るが、街は人気がなく、声の主は見えない。
クロエは迷わず声の方へ走る。
「大丈夫! おいで!」
女の子はすすり泣きながら現れた。
「お母さんがいなくなったの……」
彼女の手は震えている。
言葉は途切れ途切れで、目は真っ赤だった。
ハルはすぐに警察に連絡を入れたが、応対は形式的で冷たい。
「事情はわかりましたが、夜間の単独捜索は……」
通報だけでは動いてくれない現実に、二人の胸は締め付けられた。
「……待ってられない」
クロエの声は震えていたが、決意に満ちていた。
「助けに行こう。私たちにできることは、今、ここでしかない」
ハルは深く頷く。
二人は女の子を連れて、街の暗がりを進む。
女の子が小さく指さした方向に、廃屋があった。
窓から漏れる微かな光、そしてかすかな人の気配。
クロエは静かに窓から覗き込む。
そこには、恐怖に震える女性の姿。
彼女は何者かに監禁され、助けを求める目でこちらを見ていた。
「大丈夫、今助けるから」
クロエは低く囁き、慎重にドアを開ける。
ハルも後に続き、二人で女性を外へと導いた。
犯人は慌てて逃げ出したが、通りすがりの人々や近くの交番の協力で捕まり、女性と女の子は無事に保護された。
女の子がクロエの手を握り、涙をこぼす。
「ありがとう……助けてくれて」
クロエはそっと微笑み、肩を小さく叩いた。
「助けてって声を無視したくなかった。それだけだよ」
ハルはその言葉に胸を打たれた。
ただの自由な放浪者ではない。
クロエは、自分の信じる正義と優しさに従って行動できる強さを持っている。
その夜、二人は路地裏で小さく息を整え、川沿いを歩きながら静かに笑った。
「……やっぱり、君と一緒にいると世界が少し優しく見えるな」
「ふふ、ならいいじゃない」
クロエは微笑み、ギターケースを肩にかけた。
夜空には青い蝶がひらりと舞い、街の灯に溶けていった。
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