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翌日。朝早くから開いている花屋でたくさんの花を買って病室へ向かった。
「おはようございます。体調はいかがでしょうか?」病室を覗いて声をかけた。
「新藤さん、ご足労頂きありがとうございます。ご迷惑をお掛けしてしまって本当にすみません」
「私はなにもしていませんよ。お辛い中頑張っておられるのは律さん、あなただ」
俺のねぎらいの言葉なんか、なんの役にも立たないだろうけど。
「お子様に花を手向けてもよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」
用意した白い花をエンゼルボックスの中に入れた。空色たちの子は苦しむ顔ではなく、安らかに眠っていた。叶うならその産声を聞きたかった。他人の俺でさえこんなに苦しい気持ちになるのだ。当事者はどれほど辛い思いを抱えているのだろうか。
彼女たち夫婦に、どうかこれからも希望が訪れるようにと願いを込めて花を手向けた。
空色と子供を乗せ、手続きのために区役所へ向かった。俺は車で待機し、彼女が戻るのを待った。
無事に書類を受け取り、手続きが完了したので予約した斎場へ向かった。このあたりではこの斎場しかないため、予約が集中するのだろう。火葬が今日の午前中しか空いていないなんて。
それにしても世の中は、亡くなった子供に随分辛い仕打ちをするものだと思った。空色が入院していた病院はまだいいが、死産した子はそのまま斎場へ運ばれ、火葬の手続きまで一連でやるところもあるらしい。
悲しみに暮れる間もなく、辛い手続きをこなさなければならないなんて。生き地獄としか言えない。
斎場で受付を済ませ、火葬の順番を待合ロビーで待った。
名前を呼ばれ、火葬炉が並んでいる専用の部屋に案内された。棺の中の子に間違いが無いか確認が行われた。
別れを告げながら子供の頬を撫でていた空色の手が止まった。彼女の目にみるみる涙が浮かび上がってくる。
「詩音っ!! 生きてるのっ!? ねえっ、どうして目を閉じてるのっ! 起きてっ、ねえ、おきて……」
悲痛な叫びが辺りにこだまする。彼女の思いが、子を思う母の気持ちが、痛いほどに伝わってくる。
神は、残酷だ。
母娘にこんな悲しい別れをもたらすなんて。
「詩音っ、まだ間に合うからっ!! 目、覚ましてよおっ! うわあぁあぁ――――っ!!」
静かな火葬炉がいくつも並んでいる空間内に、彼女の半狂乱の悲鳴がこだました。
泣き叫ぶ彼女を抱きしめ、落ち着いて下さい、と声を掛けた。
「うっ……しおんっ――…………」
「お子様をお見送りして差し上げましょう」
俺に諭された彼女は小さく棺に向かって手を振った。職員の手によって棺が閉められ、火葬炉の中に飲み込まれていく。
ふらふらと一緒に火葬炉の中へ行こうとする空色の身体を強く抱きしめた。
お前は行くな。
そこはまだ行くべき場所じゃない。
「律さんがそんな状態ではお子様が悲しみます。さあ、行きましょう」
もう手続きを進めていただいて結構です、宜しくお願いします、と頭を下げた。無情な役は、他人の俺にぴったりや。
彼女を連れ、振り返らずにその場を後にした。
外に出ると休憩室やほかの待合はいっぱいだった。建物の外に設置されているひとけの無い空いているベンチに座った。
子供の火葬は一時間もかからないと職員から説明を受けた。終わったら大人と同じように骨を拾うらしい。
骨壺を買って戻ってきた空色が、ベンチに座って声もなく静かに泣いていた。
こんな時、他人の俺はなんの役にも立たない。ただ、彼女に寄り添うしかできなかった。
プルルルル プルルルル
この静寂を切り裂くように彼女のハンドバッグの中から着信音が響いた。
空色の動作でわかる。スマートフォンの画面を見て目を開いていた。着信の主は恐らく――旦那。
もうすぐライブのリハーサルが始まるのだろう。だからその前に一度連絡をと思ってかけてきたのだ。
間が悪い。どうせなら最後まで放っておけばいいものを――余計な時に彼女にまた負担をかけるのか。
なにも知らない彼は悪くないとわかりつつも怒りが向く。伴侶がこの世で一番苦しく、一番傍にいて欲しい時を知りもせずにライブに向けて準備しているのだ。
どうしようもないが、俺もこの感情をどう処理していいのかわからない。
やるせなさだけが静寂に溶けるように鎮座した。思わず握ったこぶしに力が入る。