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※死ネタ
※未来捏造
手紙、よし。
愛刀、よし。
破棄の手順の覚書、よし。
財布、中身、よし。
一つずつ確認を終えたイチは最後にもう一度だけまた確認をして、今度こそ完璧だと頷いて。窓を開けて箒に触れた。箒は嫌だと言うように床から離れないが「分かってくれ」と困った顔で笑いかけると渋々と言った様子でふわりと浮いてくれた。跨ってトンと床を蹴り、夜空にびゅんと駆け出して行く。魔法で窓を閉めて鍵を閉めて、最後に一度だけマンチネル魔女協会を振り返り。イチはさよならと呟いて、月に向かって夜空を駆けた。
協会から離れた場所にある鏡に降り立ち、触れて、鏡渡りミラージュで移動して。景色が変わる度に夜空を飛んで、また鏡に向かって、降り立って。それを10回は繰り返した辺りでイチは一度休憩を取った。ふうと息を吐き、近くにあったベンチに腰を下ろす。地面にぱた、た、と血が落ちたのを見て鼻を押さえる。
「子鼠」
「……はんへかい。ちょっと、まっへくれ、今鼻血が」
「知ってる」
隣にふわ、と姿を現した反世界が椅子に腰を下ろして足を組んだ。止まるまで待ってくれるらしい。イチは鼻を摘んだおかしな体勢で、鼻血が止まるのを待った。
自分はもう長くないな、と気付いたのは、今から四年は前の事。様々な事が起こり過ぎた程に沢山起きて、紆余曲折あって、七転八倒して、死闘が繰り返されて、反世界の魔法を習得したのが五年前の事。それから以前と比べれば随分とは平和な日々が一年過ぎて、ある日魔法を使った直後に目眩がした。そんな事は今まで無かったのに、だ。それから段々ゆっくりと、四年を掛けて、体に不調が出始めた。感じる味が遠くなり、頭痛がし、上手く手足を動かせないと感じる日が増えた。イチは、あぁ自分はもう長くないな、と悟った。恐らく身体を酷使し過ぎたのだろうな、とは思う。保ってあと二、三年だろうとイチは理解し、受け入れて。このままでは問題があるな、と、気が付いて、ある日魔法心円マジックサークルに居るウロロと反世界を呼び出した。
「師弟血判状、って知ってるか?」
「あ? あ~……なんか昔あったな。お前らも使ってただろ」
「それがなんだ」
「それを破棄する方法、知らないか? 破棄する為の道具でも良い」
「なんだ急に」
「俺は保ってあと二、三年なんだが。このままだと、デスカラスも死んでしまう」
これまでの数年で、イチは昔よりうんと魔法について学んでいた。調べれば調べる程に奥深く面白い事が多く、その内魔女の遺産に辿り着き。師弟血判状の、真実を知った。彼女はそれだけの覚悟を持ってイチと家族になってくれたのだと、その時は嬉しかった。その覚悟に報いなければとも思った。けれど、今は違う。昔より随分と平和になった。命を賭ける事も、あそこまでの死闘も、きっともう無い。だというのに、イチの身体の都合で、デスカラスを巻き込む訳には行かない。イチとて死にたい訳では無いが、これはもう治療や薬ではどうにもならないものだと直感で分かっていたから。
「俺は、デスカラスには、長く生きて欲しいんだ。俺の家族になってくれた、大事なひとだから。その為にはこの血判状を破棄しなければならない」
「……お前がもうすぐ死ぬのは良いとしてよぉ。なんでそれが分かるんだ」
「自分の身体の事だ。分かるよ。俺はもう長くは無い。……だから、反世界。血判状を破棄して、最後の最後、俺が限界になった時、お前諸共俺を殺して欲しいんだ」
「……」
「えぇ……巻き込むなよ俺を」
「俺が習得した魔法はどれも危険過ぎる。お前も、反世界も。俺諸共変滅して全員消えなければとは考えていたんだ」
「分かった」
反世界は一言、そう言った。ウロロは納得していない様だったが、かと言って反論も無かった。よし、とイチは頷き。
「じゃあ破棄する方法を教えてくれ」
「いや知らん」
「俺も知らない」
「えっ」
と、そんな事はあったが。どうにか破棄する為の方法自体は、時間は想定よりも掛かってしまったが、見つける事は出来た。それではいざ、と構えた所で、イチは気が付いた。保ってあと一年だろうな、という時期の事だった。
「これ、破棄したら、デスカラスにバレる可能性は?」
「ありそうだな」
「あるんじゃないか」
「だよな……んん……」
さて、どうするか。イチは一晩考えて、決めた。手紙を置いて、協会を出て、何処か遠くへ行こうと。気ままに外を歩き、空を飛び、反人類魔法と対峙したならば習得して。限界が来たその時に破棄をして、そして死のう、と。
そうしてきちんと準備をして、飛び出して来て、今に至る。
「……、よし」
鼻血も無事止まった所で、イチは隣の反世界を見た。反世界もイチの顔をじっと見て、それから。
「まずはどこに行くんだ」
そう尋ねて来た。そうだな、とイチは考えて。
「とりあえずデスカラス達から逃げながら、色々周ろう」
「逃げるのか」
「手紙は置いて来たけど、多分納得されずに追いかけに来ると思うから」
「……」
「反世界。最期まで、よろしく」
「あぁ」
差し出した手を、反世界は軽く握る。そして。
「お前と共に潰えるのが、楽しみだ」
柔く微笑んで、そう言った。
*****
イチが唐突にマンチネル魔女協会を出て、かれこれ一年が経とうとしていた。デスカラス班は任務を休ませてもらい、イチを探しに各地を飛び回っている。目撃情報こそあれどその姿はいつまで経っても見当たらず、クムギもゴクラクも、肩を落としてばかりだ。その中で一人デスカラスだけは気丈に振る舞っていたが。
あの日、あの朝。イチの部屋に置かれた3枚の封筒を思い出す。中身は手紙だった。昔に比べて随分と綺麗にはなったがやはり歪な文字でそれぞれへの感謝の言葉、健康に気を付けて欲しいと言う言葉、そして、少し旅に出る、という締めくくり。もぬけの殻になった部屋で呆然としたのは記憶に新しい。
呆然とはしたけれど、それでも、デスカラスは知っている。イチはまだ生きている。だからこそ、こうしてまだ前を向いてイチを探せているのだ。
「さっさと見つけて、説教してやんねぇとな」
デスカラスの言葉に、クムギとゴクラクも頷いた。二人も言いたい事は沢山あるのだ。さて今日は何処まで探しに行こうかと地図を開いた所で。
──ふ、と、なにかがきれた。
「……あ?」
デスカラスの背中に冷たい汗が流れる。左胸、心臓の辺りに手を置いた。なんだろう、何かが、ふつりと切れて、冷たくなった様な、そんな。
「……」
「デスカラス様?」
「どうしたの?」
青い顔をして黙り込み、固まったデスカラスを二人が覗き込む。は、は、と呼吸が荒くなり、冷たい汗が背中に流れていく。まさか、そんな。だって。私が生きている、から、イチはまだ。
そのはずだろ。
──変滅した、身元不明の遺体が、遠く遠く離れた山の中で見つかった、と。
そんな話を聞いたのは、次の日の事だ。