まずはシロにお願いしてベッドの周りに遮光の結界を展開させる。
「大丈夫だよ。ゲンパパもシロ兄 (にぃ) もスゴイんだから」
目をつむり震えているキロの手を、メアリーがやさしく包みこみ励ましている。
――よし、いってみるか。
俺は左手をシロの背に、右掌をキロの瞼の上にそっと乗せイメージを固めていく。
『リカバリー!』
狭い部屋だし、今回は声に出さずに心の中でとなえた。
すると、キロの両目の部分が淡い光で覆われていき……そしてゆっくりと消えていく。
『――鑑定!』
(うん、もう異常はないようだな)
「さあ、ゆっくり目を開けてごらん。まだ何も見えないと思うけど大丈夫だよ。少しずつ明るくしていくからね」
キロに説明しながら周りを徐々に明るくしていく。すると、
「あっ、……ああっ、うううっ。せっかく見えているのに、……涙でぼやけちゃう。ごめんなさい」
メアリーはそんなキロに寄り添い、ハンカチで涙を拭ってあげている。
「どうだ外の世界は。こからたくさん綺麗なものが見れるぞ。楽しいことだっていっぱいできるようになる」
「は、はい、ありがとうございます。ありがとうございます。ううぅうううっ……」
「今までよく頑張ったな。これからはみんなと楽しくやっていこう」
やさしく頭を撫でてあげた。
ドドドドドドドッ!!
もの凄い足音が近づいてきている。
――ガチャ!
部屋の扉がはね開く!
「キロ、大丈夫なのか!? 泣いてるじゃねーか! てめぇ、キロに何しやがったぁ――――っ」
(フウガ…うるさい)
この部屋狭いんだから大声だすなよぉ。
「シロ~」
するとシロは怒りの形相で向かってきたフウガの足をポイっと足払い。
ずっこけさせると、うつ伏せに倒れているフウガの背に前足をのせてガッチリと制してしまった。
フウガはじたばたしているが、まったく動けない。
「ふふふっ、お兄ちゃん何やってるの? ゲン様に向かっていくなんて。でも可愛そうだからシロさんお兄ちゃんを放してあげてください」
キロの言葉を受け、シロはフウガの背から足を下ろす。
フウガはその場に立ちあがると、
「キロ! おまえ見えるのか? 目、見えてるのか?」
「うん、見えてるよ。なんだか神様の奇跡みたい。かっこいいお兄ちゃんの姿も、ちゃんと見えてるからね」
ベッドの上で身体を起こし両手を広げているキロ。
駆け寄ったフウガはやさしくキロを抱きしめ、
「良かったなぁ。良かったなぁ」
呟くように何度も言っていた。
俺たちは再び温泉施設に戻ってきた。
休憩室にある大きな丸テーブルをみんなで囲んでいる。
なにせ、この大人数だからな。
テーブルの上にはシュガードーナツとミルクティーが用意された。
「では、改めて紹介するぞ。今日から俺たちの仲間になった狼人族のフウガとキロだ! みんな仲良くしてやってくれ。そして、こちらからだな…………」
フウガとキロにナツ親子共々みんなを紹介していった。
この後は親睦を深めようと、再び温泉に入ることにした。
まぁ俺が入りたかっただけなんだが……。
メアリーたちはキロの手を引っ張って滑り台の方へ行ってしまった。
子供たちは仲良くなるのが早いな。
熊人族の従業員に子供たちを任せると、俺はシロを連れて露店風呂に向かった。
バスローブを張り出した岩に引っ掛け、かかり湯をして湯舟に浸かる。
はぁ――――っ、やっぱこれでしょう。
シロとゆったり浸かっていると、
「ご主人。入ってもいいか?」
フウガである。
「おう、ここではなんの遠慮もいらないぞ」
温泉はみんなのものだし、これこそ裸のつきあいなのだよ。
するとフウガは、かかり湯をして静かに湯舟へ入ってくる。
タオルもぎゅっとしぼって頭の上にのせた。
三角耳の間にあるタオルがなんとも……、コレジャナイ感を醸し出しているが。
お風呂のマナーはちゃんとできていた。
メアリーはここまでしっかり教えていたんだな。
デレクの町の ”温泉ソムリエ” に認定しておこう。
「どうだ、温泉は気持ちいいだろう?」
「ここは凄いよ。あっ、いや、すごいです。はい」
「なんだそりゃ……。まぁ今はいいが、しっかり敬語は覚えろよ。俺はどうだっていいが周りの人間が困ることになるからな」
「おう! いえっ、はい! 敬語は頑張って覚えますご主人様」
「これが温泉なんですね。入ったのは今日が初めてです。だいたい風呂というのも初めてのことで……。少々面食らってますです。はい」
「そうか初めてか。冬に入る温泉は最高だぞぉ。ここにはちょくちょく来るから、また連れてきてやろう」
「はい、お願いします! それと…………」
「んっ、なにか言いたいことでもあるのか?」
「キロの目をありがとう、ございます。生まれた時から見えてなかったみたいで、家の中でしか生活ができなかったんだ。いやっ、です」
俺はうんうん頷きながらフウガの話をただ聞いていた。
「親が亡くなってからは、俺が冒険者として稼ぎながら生活していたんだ。ところがある日、依頼先で出会った他国の行商人から『エリクサーがあれば、どんな病気でもたちどころに治る!』と聞いたんだ。だから俺は大事にしてきた剣も、親が残してくれた家や畑も、さらに借金までして薬を手に入れた」
「…………」
「しかしダメだった。 手のあかぎれや足の擦り傷なんかは治ったんだが肝心の目には効かなかったんだ。それで後になって知りあいの冒険者に聞いたんだが、その薬は色や効き目からして劣化したハイポーションだろうと……。 はははははっ、ダメな兄貴だよなぁ。妹まで巻き込んじまってよぉ」
フウガは俯き加減で愚痴のようにこぼすのだった。
「…………」
「…………」
俺は両手で指鉄砲を作ると湯舟の湯をフウガの顔に当てた。
「うふぇっ!?」
「ダメなんかじゃない。上を向け! おまえが妹を大事にする気持ちと、その想いが ”俺とシロ” を呼び寄せたんだよ」
驚いて顔をあげたフウガに、俺は指鉄砲を作ったままニカッと笑ってやった。
するとどうだろう、
フウガの顔はだんだんと明るくなっていき、バシャンと両手で顔を洗うと、
「死ぬまでついて行くぜ。ご主人!」
「…………」
……だ か ら、お前は奴隷だろうが。 それと敬語なっ。
――やれやれ。
ナツ親子と別れた俺たちは王都のツーハイム邸に戻ってきた。
シオンに二人を購入したことを告げ、しばし打ち合わせをおこなう。
フウガとキロの部屋は母屋の地下にある、使っていない一室に決まった。
それで良かったのかとシオンに尋ねると、
「奴隷はゲン様の所有物扱いになります。ですので近くに置くことは問題ありません。ただ、家人の目がございますので一緒に食事を召し上がる事などはお止めください」
まあ、そうなんだろうね。
そして翌日。
フウガとキロには俺の身辺警護と雑用をしてもらうようにした。
二人を従えて俺たちはデレクの町を練り歩く。(朝の散歩です)
まあ、従えるといってもキロは子供たちと手をつないで先を歩いてるし、フウガはシロの影を踏まないようにして後をついてまわっている。
――三尺下がって師の影を踏まず――
(そろそろこちらにも居 (きょ) を構えないとなぁ)
………………
そしてツーハイム邸に戻った俺たちは、いつものように朝練を行なう。
訓練に参加しているタマとトキにも二人を紹介しておく。(影の軍団候補)
これからはフウガとキロにも朝練に参加させようと思っているのだ。
「得物は何を使うんだ?」
フウガに尋ねてみたところ、ひと通りはなんでも使えるそうだ。
基本は片手剣だという。
俺が使っているバスターソードのレプリカと、神様ショートソードのレプリカをインベントリーから取り出して提示した。
それらを見たフウガは剣の完成度の高さに驚きつつ、
恐る恐る、それぞれの剣を振って試していた。
「俺は手数で勝負するタイプだからコレがいい」
フウガはショートソードを選んでいた。
できれば盾も欲しいそうだ。
「おまえ馬には乗れるか?」
「大丈夫だ。遠方での依頼の時には借りて使っていた」
問題なく乗れるようだ。
それならばと、馬上でも扱いやすいよう ”カイトシールド” を出して渡した。
軽くて丈夫なミスリル合金製の盾だ。
「はっ?…………」
んっ、フウガが固まっている。
「こんな高価なもの奴隷が持てるかー!」
そりゃそうか、キラッキラだからね。
こんなもの持って冒険者ギルドなんかに行こうものなら……。
即、絡まれるだろうな~。
盾を戻そうとしてくるフウガに「今はそれしかないから」と無理やり押し付けた。
それにこの盾には裏にクナイが2本仕込んであるんだ。
隠し装備つきの優れものだぞー。
それとは別に、鎧やヘルムなどの装備に何か希望はあるかと聞いてみると、
「俺もあの黒いのが良いな!」
と、指差す先にはタマがいた。
おぉ~、わかってるじゃないか。
男ならやっぱり憧れるよね。 影の軍団!
耳付きチェインヘルムも黒の艶消しで額金つき、鼻と口も隠れているからめちゃかっこいい!
デレク (ダンジョン) に頼んですぐに用意してやるからな。ついでに盾も黒く塗っておいてやろう。
そして次の朝。
俺とシロ・メアリー・フウガ・キロは散歩する前にデレクの町にある教会を訪れていた。
シスターマヤは、すでに起きだして教会の前を掃除している。
「おはよー。お祈りさせてもらうよ」
そう声をかけ、懐から金貨を取り出しマヤに手渡した。
みんなを連れて教会に入っていく。
「さあ、みんなで女神さまにお祈りするぞ」
礼拝堂へ進み、片膝を突いて祈りの体制にはいる。
するとシスターマヤも小走りで中へ入ってきた。
「…………」
俺は手招きしてマヤを近くに呼び寄せると、
「マヤも隣で一緒に祈りな」
「あぁ、はい!」
――両手を組んで祈りを捧げる。
………女神さまが顕現されることはなかった………
しかし、シスターマヤをはじめフウガやキロの身体が光っているようであった。
シロを見やると、何故だかうんうん頷いている。 ――可愛い。
『おお~、よしよし』
シロの頭を撫でてから立ちあがる。
「ありがとうございました。神の声が聞こえたような気がします」
「そうか……、それは良かったな。マヤの頑張りに女神さまが答えてくれたんだろう」
俺を祈るように両手を組んだままのシスターマヤ。
「孤児院について少し話があるんだ。また後で寄るからその時にな!」
さーて、今日もお散歩行きますかー。
おもてに出ると雪がチラチラ舞っていた。
(おぉ雪か……。こちらでは初めて見るなぁ)
ここは山の中だから雪が降るのも早いのだろうが……。
――急がないとな。
その後はログハウスに立ち寄り、子グマ姉弟を誘って朝のデレクの町を一緒に巡っていく。
キャッキャ言いながら、手をつないで前を行く子供たち。
子供は風の子、元気だよなぁ~。(シロもね)
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