テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
297
ドアノブ
気付けば。
二人とも、そのまま少し眠っていたらしい。
窓の外は薄暗く、部屋には夕方の気配が落ちている。
日本が先に目を覚ました。
「……ん」
ぼんやりした頭で身動ぎすると、すぐ隣から低い声が落ちる。
「起きたか」
「兄さんも起きてたんですか」
「今だ」
日帝は壁へ背を預けたまま、日本を見下ろしていた。
寝癖が少し跳ねている。
珍しい。
日本はそれを見て、思わず吹き出した。
「……何だ」
「いえ、兄さんでも寝癖つくんだなって」
「放っておけ」
「写真撮りたい」
「やめろ」
即答だった。
日本はくすくす笑いながら布団へ潜り直す。
熱はかなり下がっていた。
身体も、朝より軽い。
「腹は減ってるか」
「少し」
「そうか」
日帝は立ち上がる。
だが、その瞬間。
ぐらり、と身体が揺れた。
「兄さん?」
「……問題ない」
「問題ある人の揺れ方でしたよ今」
「気のせいだ」
「座ってください」
「平気だ」
「禁止ワード」
「…………」
日帝は露骨に顔をしかめた。
日本は半ば呆れながら兄の腕を引く。
「ほら」
「子供扱いするな」
「兄さんが倒れたら困ります」
「倒れん」
「私もそう言いました」
「……」
完全に言い返せなくなり、日帝は黙り込む。
日本はその様子を見て、少し笑った。
「兄さん、昔からそうですよね」
「何がだ」
「自分のことになると雑」
日帝は答えない。
代わりに、小さく息を吐いて日本の額へ手を当てる。
「熱は下がったな」
「話逸らしました?」
「逸らしていない」
「絶対逸らしました」
日本が言うと、日帝はわずかに眉を寄せた。
それから。
「……お前が無茶をするからだ」
ぽつりと、そんな声が落ちる。
「え?」
「昔から、お前は限界まで我慢する」
低く静かな声。
「熱があっても笑う。倒れるまで言わん。だから目を離すと面倒になる」
日本は少し目を瞬いた。
兄がこうして、長く話すのは珍しい。
「……心配、してたんですか」
「当たり前だ」
即答だった。
あまりにも自然な返事に、日本は逆に固まる。
日帝は数秒後、自分の言葉へ気付いたらしい。
わずかに視線を逸らす。
「……いや」
「兄さん?」
「その顔をするな」
「どの顔です?」
「にやつくな」
日本は堪えきれず吹き出した。
「だって兄さん、今すごい素直でした」
「忘れろ」
「無理です」
「今すぐ忘れろ」
「録音したかったなぁ」
「日本」
低い声で名前を呼ばれ、日本は笑いながら布団へ逃げ込む。
日帝はそんな弟を見下ろし、深くため息を吐いた。
だが。
その手は自然に、日本の頭を軽く撫でていた。
撫でられた瞬間。
日本はぴたりと動きを止めた。
「……兄さん」
「何だ」
「今、無意識でした?」
日帝の手が止まる。
数秒の沈黙。
「……知らん」
「絶対無意識だ」
「うるさい」
日帝は手を引こうとした。
だが、日本はその袖を軽く掴む。
「もうちょっと」
「子供か、お前は」
「病人です」
「治りかけだ」
「でも病人です」
妙に真面目な顔で言われ、日帝は眉間を押さえた。
「……面倒な時だけ甘えるな」
「兄さんが甘やかすからですよ」
「甘やかしていない」
「じゃあ何です?」
「……放置すると悪化する」
「それ、昔から言ってますよね」
日本は布団へ頬を埋めながら笑う。
兄の愛情表現は、昔からずっと変わらない。
心配だとも、大事だとも、滅多に言わない。
ただ。
熱があれば看病して、無茶をすれば叱って、放っておかない。
それだけ。
でも日本には、それで充分分かってしまう。
「兄さん」
「何だ」
「私、昔ちょっと嬉しかったんですよ」
「何がだ」
「風邪ひいた時、兄さんがずっと隣にいてくれるの」
日帝は黙った。
「起きたら毎回いたじゃないですか」
「……放っておくと勝手に動くからな」
「それもあるでしょうけど」
日本は少しだけ笑みを深くする。
「兄さん、不安そうだった」
「…………」
「熱測る時、毎回眉間寄ってましたし」
「見ていたのか」
「見てました」
日帝は視線を逸らし、深く息を吐く。
「……お前は昔から妙な所ばかり見ている」
「兄さんの弟なので」
「便利な言葉だな、それは」
「便利ですよ」
日本はくすくす笑う。
その様子を見て、日帝は少しだけ肩の力を抜いた。
部屋には静かな夕暮れが落ちている。
遠くで、やかんの沸く音がした。
「……腹が減ったな」
ぼそりと日帝が呟く。
日本は目を瞬く。
「兄さんから言うの珍しいですね」
「お前に付き合っていたら、私まで食事の時間が狂った」
「それ絶対、私のせいだけじゃないですよね」
「……さてな」
日本は少し考えてから、兄の袖を引いた。
「兄さん」
「何だ」
「今日は一緒に食べません?」
「毎回食べているだろう」
「ちゃんと座って、です」
日帝は一瞬だけ目を細める。
それから、小さく息を吐いた。
「……分かった」
短い返事。
でも日本は、それだけで少し嬉しくなる。
兄は昔からそうだった。
大事なことほど、短く答えるのだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!