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白い天井。消毒液の匂い。
身体の奥に残るだるさは、
毎朝の目覚めと一緒にやって来る。
俺、大森元貴は、また今日も病室のベッドの上。
すぐ横には仕切りカーテン、その向こうに涼ちゃんがいる。
柔らかい声と気配が、隣に人がいる安心をくれる。
でも、俺が今日も
生きてるんだなって一番実感するのは——
「おーい、元貴。起きてんだろ?」
低くてちょっと軽い声が、
病室の扉をノックもなく
開けて入ってくる瞬間だ。
赤髪で背の高い、白衣がやたら似合う人。
若井滉斗。
病棟中の看護師さんや患者さんに
「若井先生〜!」
って黄色い声を浴びてるカリスマ医師。
「今日も体調どうだ?
熱は……ん、昨日よりちょっと
下がってんじゃん。えらいな」
俺の額に触れながら、
若井は勝手に体温計も見て笑う。
いや、医者なんだからそれは
仕事だってわかってるけど……。
でも、距離近いんだよ。
俺は顔を少し背けて「別に普通」とだけ返した。
その時、ちょうど廊下を通りかかった
ナースステーションから、声が聞こえた。
「若井先生、今日もかっこよすぎる!」
「赤髪って普通なら派手なのに、
あの先生は似合うんだよね〜」
「外来でも
若井先生指名の患者さんばっかりよ?」
……そう。
この病棟には、通称
「若井先生ファンクラブ」
っていうのが存在するらしい。
看護師さんたちや、長期入院してる
女子患者さんを中心に、
みんなで若井を追いかけてキャーキャーやってる。
俺からすると、あんなに注目されてるのに、
どうして毎日わざわざ俺の病室に寄るのかがわからない。
というか、なんで額に触れたりとか、
肩に毛布かけ直したりとか…
…俺にだけそんなに近い?
「……先生、外の人にやってあげればいいのに」
ぼそっとつぶやいた俺に、若井がにやりと笑った。
「は? 俺がわざわざあの
ファンクラブに混ざって愛想振りまくと思う? 俺は——」
ぐっと顔を近づけて、耳元で囁く。
「元貴がちゃんと飯食ってんの確認する方が百倍大事」
心臓が跳ねて、反射的に毛布を握りしめた。
……なんだそれ。
俺が返事に詰まってると、
仕切りの向こうから涼ちゃんが
小さく笑う声がした。
「ふふ、朝から賑やかだね。
大森くん、先生にここまで言わせるなんて、
ちょっと羨ましいな」
「……からかわないでください、藤澤さん」
隣のベッドの涼ちゃんは、俺より3つ年上で金髪。
落ち着いてて、話し方も優しい。
だけど時々こうやってさらっと人を
ドキッとさせることを言うから、油断できない。
一方で若井は、俺の隣で涼ちゃんの
言葉を聞き流したみたいに肩をすくめ、
カルテにさらさらと書き込んでいる。
「じゃ、検査の時間になったら迎え来るから。
……元貴、ちゃんと待ってろよ」
そう言い残して部屋を出て行くと、
廊下からまたファンクラブのざわめきが響いた。
「若井先生〜!今日も行ってらっしゃいませ!」
「先生、今度一緒にお昼どうですかー?」
それを聞きながら、俺は布団に潜り込む。
……あんなに人気者なのに、
なんで俺にだけこんなに構うんだろう。
答えはわからないけど、
胸の奥がじんわり熱くなっていくのを
止められなかった。