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深くゆっくりになる呼吸、上がって来る体温、力が抜けていく体…
無陀野が安心したように寝入っていると感じたのが、5分程前のこと。
それから鳴海は彼を起こさないよう、部屋をせっせっと片付けベッドに潜る。
静かに布団をかけると、鳴海はそのキレイな寝顔から目が離せなかった。
うつ伏せになりながら頬杖をついて、穏やかに眠る無陀野を見つめる鳴海。
特徴的な鋭い三白眼が閉じているため、普段が想像できない程にその顔は幼く見えた。
そんな意外な表情に笑みが漏れた鳴海は、そっと彼の左頬に触れる。
体に入っている刺青のことは知っているが、顔の2本線についてはその経緯を聞いていなかった。
「(いつか話してくれる日が来るかな…ていうか寝顔可愛い)」
聞いたところで自分に何かができるわけでもないが、あれだけ自分に厳しい無陀野を少しでも支えられるなら…
その日までにいろんなことを受け止められる大きな人間になろうと、鳴海の心に1つの決意が生まれた。
そのタイミングで電話が掛かってきてゆっくりとベッドを出た瞬間、その手が無陀野によって掴まれた。
「!」
「……鳴海…?」
「起こしちゃった?」
「…な……」
「ん?」
「俺を置いて…どこにも、いくな…」
まだ眠そうな目でそう囁いた無陀野は、鳴海の手を握ったまま再び眠りに落ちていった。
“どこにも行くな”という単語は、鳴海が意識不明だった時の一年間だろう。
あの時の話を花魁坂から聞いたが見るに堪えなかったらしい。
もう置いていかないよと思いつつも、鳴海は一気に顔に熱が集まるのを感じた。
一旦リフレッシュしなければと立ち上がりかけたが、彼の手はしっかりと捕らえられたまま。
電話を諦め、再びベッドに潜り込んだ鳴海は、今までの出来事を何とか消化しようと頭を巡らせるのだった。
外が徐々に明るくなって来た頃、鳴海はうっすらと目を開ける。
すぐに感じたのは柔軟剤の優しい匂いと、温かな体温だ。
そして聞こえてきた低音ボイスが、自分の名を呼ぶ。
「…鳴海、?」
「おはよ、無人。まだ早いから寝てていいよ」
「んぅ…」
無陀野は何も理解できないまま、聞こえてきた指示に首を縦に振る。
胸元に擦り寄ってくる無陀野の写真を何枚か収めたあと、鳴海はベッドから抜け出した。
それから数時間後…
どこからか聞こえてくる電子音に引っ張られるように、無陀野は目覚めた。
鳴っていた目覚まし時計を止め、しばらく起きた直後のフワフワした状態を楽しむ。
横にいるはずの鳴海がおらずまだ覚醒しきっていない頭で身体を動かし寝室を出てふらふらとキッチンへ向かう。
キッチンに着くと鳴海は朝食を作っているところだった。
ゆっくりと近づきその大きな背中に抱きつく。
「おわ…って無人くん!おはよう」
「おはよう…タイマーありがとう…」
「ん?暗いとこで設定したけど大丈夫だったみたいだね」
「ん”ん”…っ」
「顔洗っておいでよ」
「ん…」
「パンと米どっちがいい?」
落ち着いた声でそう問いかけられた鳴海に対する無陀野の返答はパン。
「悪かったな。片付けできなくて」
「気にしなくていいよ。俺にも非はあるから」
「本当か?」
「誘ったの俺だし…無人くん疲れてたみたいだから」
「…昨日はありがとう。鳴海のお陰で、久しぶりにゆっくり休めた。」
「根詰めするのも程々にね」
背中にぐりぐりと頭を押し付けながら、ぎゅうと彼を抱きしめる無陀野。
シンクと鳴海の間に割り込み、無陀野は何とも色気のある声で話しかける。
「またやろうな?」
「無人くんがすっごい疲れてる時にね」
「…」
「ふくれっ面しないの〜」
「ちゃんと週末には帰ってくるから」
「うん」
「今さら面倒だと思っても、もう遅いからな。」
少し体を離して目線を合わせると、無陀野はそう言って少し口角を上げた。
2人でテーブルを囲み朝食を食べながら、無陀野はこの後の予定について話し出す。
午後の授業に関する打ち合わせをするから、1時間後に会議室に来て欲しいとのこと。
「四季ちゃん達に伝えとく?」
「いや、打ち合わせに出るのはお前だけだ。」
「さいですか」
「あぁ。今回の授業、鳴海はオブザーバーだ。お前がいるとあいつらが甘えるし、内容的にも簡単になりそうだからな。」
「なるほど〜」
「懐かしい奴らも来てるぞ」
「ほんと?えー誰だろ?鉄拳ちゃん(※鳴海の部下)かな?」
「ん。また後でな。」
そう言って無陀野が先に自宅を出てから自宅を出た鳴海。
約束の5分前に会議室のドアをノックすれば、そこには既に彼以外の参加者が顔を揃えていた。
自分が最後だったことに焦り、鳴海は申し訳なさそうな顔をする。
「やだ…俺最後?恥ずかし〜!」
「まだ5分前だから気にするな。」
「そうそう!俺らが早かっただけだから。ここおいで?」
大きな机の議長席に座る無陀野に続き、その斜め左に座る花魁坂も声をかけてくる。
彼がポンポンと叩く隣の席にお礼を言いながら腰を下ろすと、鳴海は机を挟んだ向かいに座る見覚えのある2人の男性に目を向けた。
目元がすっかり隠れているマッシュヘアの男と、先程から咳と共に血を吐いている長髪の男。
「あ!猫ちゃんと幽ちゃんだ!」
「わざわざ来てくれたんだぞ」
「ホント!?えー!久しぶり〜!!元気だった?」
「お久しぶりです鳴海先輩。元気そうでなによりです」
「お久しぶりです。先輩の活躍は噂で聞いてますよ。ゲホッ。」
「結婚おめでとうございます。式に参加出来なくてすいません」
「忙しいかったんでしょ?なら仕方ないよ」
「でも参加したかったです」「先輩の綺麗な姿見たかったです!ゴブッ。」
そうして一通り騒ぎ尽くすと、無陀野が午後の授業について話し始める。
最近、少しずつ冷え込みが強くなってきた鬼ヶ島。
羅刹学園の裏手にある山には既に白いものが降り積もっていた。
その雪山を利用して、午後は登山をしながら実践的な修行をするとのこと。
必要最小限の飲み物と食べ物を与え、全員で24時間以内に頂上へ到達するのが目標だ。
「だがただ登るだけでは何の修行にもならない。だからお前たち2人にはその邪魔をしてもらいたい。」
「「分かりました。」」
「京夜は救護班として山頂に待機しててくれ。」
「オッケー!」
「俺は?」
「お前は俺と一緒に、あいつらを離れた位置から見守る。途中で致命傷を負うようなことがあれば…出番だ。」
「らじゃ!俺頑張る!」
その後1時間程かけて、細かい部分の取り決めや対応を話し合う5人。
と言ってもほとんど4人で話し合いが進んでおり、鳴海はひたすら愛用のノートに内容をまとめていた。
「こんなところか。じゃあまた現地で。解散。」
無陀野の一言で、スパっと打ち合わせが終わった。
準備のため早々に会議室を後にする無陀野と花魁坂を見送ると、猫咲の様子が途端に変化する。
隠れていた目が現れ、髪の毛が猫耳のように立ち上がり…そして口調が悪くなった。
「やっと行ったか…無陀野の野郎、こっちは忙しいっつうのに、変なことに巻き込みやがって。」
「素が出てるよ猫ちゃん」
「鳴海も大変だな。俺がお前なら絶対ぇアイツの嫁になんかならねぇ」
「無人くんは誰もあげないって…まじで二重人格かと思うよ」
「こっちが本当の彼ですから。」
「猫かぶりが上手いことで」
「つーか、お前それ何書いてんだ?」
「僕も気になってた。随分熱心に書いてますよね。」
「これはこの後の修行の流れとか、皆の能力のこととか、自分がどう動けばいいかとか…ちゃんとまとめておかないと、俺忘れちゃうの」
「「!」」
「皆の邪魔にならないのはもちろんだけど自分の身を守るためにも、いろいろ書いておかないと不安なんだよね〜。」
“忘れっぽくて”と苦笑する鳴海を、後輩2人はさっきまでと違う目で見つめる。
血で戦えるとはいえ、今の彼はそれをまだ使いこなせる程の体力は戻ってないと聞いた。
それでも現場は常に彼を必要としている。
そんな状況で過ごしていれば、今鳴海が取っている行動は、身について当然の習慣だった。
だがどれだけ情報を整理し、心身を鍛えていても、不安や恐怖を完全に取り除くことは不可能だろう。
「…お前、すげーな。」
「え?」
「普通ならもうとっくに心折れてんだろ。」
「確かにそうだ。本当に素晴らしいですね先輩!」
「いや、1回心折れちゃってるからそこまでだよ」
「うんうん、その人たちの気持ちが分かる!」
「だな。…気に入った。前に守ってくれたから次は俺らがお前のこと守ってやるよ。」
「えっ!」
「今回の修行に関してじゃないですよ?これから先、もしも一緒に現場に出ることになったらの話です。」
「ギブ&テイクだ。よろしくな、鳴海。」
「え〜!嬉し〜!!」
こうしてまた心強い仲間が増えた鳴海。
ノートを書き終えるまで待っててくれた後輩2人と共に、彼は雪山へと向かうのだった。