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街を歩いて10分程すると、俺達は商店の前についた。
「本屋じゃないんだな」
「本屋とは本専門店のことですか?それならないですね。
本は大変貴重なので、王都にでも行かないと専門店はありません」
活版印刷や木版印刷もないのか?たしか商人組合で同じ紙を見た気がしたが。
「印刷ってわかるか?」
「本を刷る事ですか?」
どうやらあるようだ。まだまだ普及していないだけか、単純に高いだけか。
「とりあえず入って見てみよう」
カランカランッ
店の中は至って普通だった。
綺麗に整理された商品棚、通行の邪魔にならないように配置された商品テーブル、広さは教室くらいだろう。
「セイさん。高価な品は別室にあると思うので、店の方に聞いてみましょう」
ミランの言葉にそれもそうか、と納得した俺は、入り口の反対のカウンターにいる男性の所へと向かう。
「いらっしゃいませ。いかが致しましたか?」
「実は魔導書を探しています。こちらにあるかもしれないと伺ったので尋ねさせてもらいました」
商人は人の懐具合を見抜くって言うからな。殊更丁寧に喋った。
一度こちらを窺った店の人は、申し訳なさそうに口を開いた。
「あります。ですが、大変高価なものですので、一見の方には……」
言い淀む店の人に俺は畳み掛ける。
「どうすれば拝見できますか?」
と言い、さらに大銀貨を握らせた。
「これは?」
「閲覧料です。足りなければ……」
そう言いながら、金貨を見せびらかすように革袋を開いて漁る。
「結構です。どうやら冷やかしではないようですね。
こちらはお返し致します。
暫しお待ちを」
店の人は奥へと消えていく。
それを見計らい、ミランが話しかけてきた。
「流石商人さんですね。私だけだと本があることすら聞けなかったかもしれません」
「ミランはまだ見た目が相応に若いから仕方ないな。
でも、俺よりは上手くやるだろう?」
実際ミランに任せていても、何とかしそうだしな。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
店の人が代わりの店番の人を連れてきて、俺達に付いてくるよう促してきた。
着いて行くと、俺達は店の奥にある一室へと案内された。
部屋の中は6畳程で、ソファとテーブルがあるだけだった。
「そちらにお掛けください。こちらが魔導書になります」
勧められたので、ミランと並んでソファに座る。そんな俺たちの前に待望の魔導書が。
硬めのソファで腰に優しい……
「これが魔導書……」
目の前には如何にもな本が1冊置いてある。
ハードカバーの表紙には、幾何学模様のイラストが書いてある。
「手にとっても?」
俺が伺うと、
「構いませんよ」
許可が降りたので持たせてもらった。
「インク?いや何かわからんな。模様に凹凸があるな。
裏面は何か魔法陣の様なものが…」
読める。魔法陣が読めるって何?
自分で言っていておかしいけど、魔法陣の意味は『封印と保存』だった。
一旦テーブルの上に本を戻した後、一番重要なことを聞いた。
「これはおいくらでしょうか?」
俺の当たり前な問い掛けに、店主は言いづらそうに口を一度引き締め、再度開いた。
「実は…これは売り物ではありません。少し語弊があるかもしれませんが、正確に言うと魔導書として機能しません。
ですので、魔導書としてお売りすることはできません。
変わった本のコレクションとしてであれば、お売りすることはできますが」
ん?
「機能していないとはどういうことでしょうか?」
「この本は開けません。確かに本であり、魔導書だとは思うのですが、開くことが出来ないのです」
「糊か何かで閉じられているということでしょうか?」
ミランが代わりにきいてくれた。
「いえ。そうではないと思います。魔法的な何かが原因ではないかと、譲ってくれた方が言っていました」
それでもその本が気になった俺は、交渉へと入る。
「構いません。いくらでしょうか?」
「魔導書としての価値はありませんが、魔導書と同じ古代文明の遺産です。ですので、少し高いです」
そう前置きした男は、こちらの懐具合を考えてから口を開いた。
「320,000ギルになります」
「買います」
即答してしまった。だって僕お金持ちなんだもん。
「「えっ!?」」
店の人とミランの声が被った。
「本当ですか?コレクターの方でもなければ、タダの置物ですよ?」
店の人は俺の正気を疑うが……
「こちらでいいですね?」
俺はお金をテーブルに並べた。
「本当に良かったのですか?そんな高価な無駄遣いをして」
店を出た俺に中々辛辣な言葉がやってきたが、後悔はない。
「ここだけの話。実は裏側の魔法陣が読めたんだ。
読んだ内容は、封印と保存という意味だった。
もし、封印を解くことが出来たら、格安で魔導書が手に入るから物は試しだな」
「そうだったのですか。確かに魔導書はこの本の何倍も高いですから、もし封印を解くことが出来たら儲けものですね。
解けなかったらお金を捨てたのと同じですが」
くそっ!俺はなぞなぞとかパズルは得意だったから必ず解いて、その馬鹿を見る冷めた目を驚きに変えてやるんだからっ!!
一部の紳士には美少女の冷めた視線はご褒美かもしれないが、俺は違うからなっ!
今日は早々に宿へと帰り、魔導書と睨めっこすることにした。
「なるほど。ここをこうすれば封印を消すことが出来るんだな」
宿に帰った俺は地球から持ってきていたノートにペンで魔導書の魔法陣を描いて、封印の場所を消した後の魔法陣を探していた。
「何かわかったのですか?」
「ああ。多分この形に本の魔法陣を書き換えれば、本が閲覧出来るようになるはずだ」
そう言って俺は自作魔法陣をミランに見せた。
「うーん違いがわからないですね…あっ。こことここが違いますね!」
あのー。間違い探しを作ったわけじゃないんですけど……
「ただ、この本に使われているインクや、それに準ずる物がないから、書き足すことが出来ない。
何とか削る方法で作れる魔法陣を見つけて改変するか、インク等を探すか…」
「インクはないと思います」
「そうなのか?」
「はい。古代文明の遺物ですので、手に入れるのは不可能に近いと思います」
異世界あるあるの古代文明にはロマンを感じるけど、こういう時は邪魔だな……
地球の古代文明は、歴史のテストで苦い思い出があるからただただ嫌いだけど。
いい解決方法が出ないまま夕食を食べて、転移出来る時間になった。
「悪いな。こんなに遅くまで付き合ってくれて」
時刻は21時をとっくに超えている。娯楽の少ない異世界では、大人でも寝ていて不思議じゃない時間だ。
「いえ、仲間ですから私だけ休むなんて出来ません」
これは寝ていたらデザートが食べられないと考えて起きていたな。
「デザートなら心配するなよ。常温でも美味しいものはいくらでもあるから、寝てていいぞ」
「そうなんですか!じゃあ……いえ。仲間ですから」
取り繕えてないぞ。
「とりあえず部屋へ戻ってな。俺は転移するから間違っても近づかないようにな」
「はい。お気をつけて」
ガチャ
バタン
ミランが出ていったのを確認して、慣れたお願いをする。
「地球に帰りたい」
シャワーを浴びて服を着替えた俺は、聖奈さんに連絡した。
「もしもし。今帰ったぞ」
『あっ。聖くん。私ももうすぐ帰るから待ってて』
そう言ってすぐに切れた。
「こんな時間まで動いているんだな。何かお礼や労いをしないとな」
人間関係は、節目より日々の小さなことの積み重ねの方が大切だと俺は思う。
何が嬉しいんだろうな?
前にお土産を渡した時は喜んでくれたし、やっぱり物がいいよな。
こういう時は喜ぶかどうか人それぞれのサプライズをするより、いるかどうかハッキリ分かるように、本人に聞くのがベタだよな。
ガチャ
「ただいま!」
「おかえり。さっそくだけど、こっちは変わったことは何一つなかったぞ。
そっちはどうだ?」
向かい合わせにソファに腰を下ろして、報告会を始めた。
「そっかー。それは何よりだね!私の方も順調だよ。
報告としては、明日から正式にバイトの子達に働いてもらえることになったんだ。
そういうのの兼ね合いと、秘密の計画があるから聖くんにもこっちで纏まった日にちを確保して活動して欲しいけど、どうかな?」
「ミランはどうする?俺の代わりに聖奈が行くのか?」
「ミランちゃんには、暫くバーンさんの所のお手伝いをしてて貰いたいの。
多分、人手は欲しいだろうから。
それにミランちゃんもその方が安全だしね」
「なるほどな。じゃあ、戻ったらお金とデザートを渡して伝えてくるわ」
俺の提案に、聖奈さんがストップをかけた。
「待って。私がミランちゃんに伝えるから、お土産を買ったら連れて行って欲しいな」
「構わないよ。じゃあ、ミランの家族の分も買いたいから出掛けるか」
俺達はコンビニに行き、ミランが喜びそうな物を購入した後、異世界へと向かった。
「じゃあミランちゃんと話してくるから待っててね」
「ああ」
聖奈さんにお土産とミランに渡すお金を渡した。
side聖奈
コンコン
「はい」
「ミランちゃん。私。セーナだよ」
「セーナさん?」
ガチャ
「ただいま。少し話したいことがあるから、お部屋にお邪魔してもいいかな?」
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとう」
部屋に入った私とミランちゃんは、ベッドに腰掛けて話を始める。
「これはミランちゃんに。それとこれはミランちゃんとご家族に」
私はさっき買ってきたデザートと、焼き菓子の詰め合わせを渡した。
「ありがとうございます!セーナさん達の世界のお菓子はとっても美味しいですよね!」
初めて見る年相応の笑顔に、こっちまで嬉しくなっちゃった。
「ふふ。喜んでくれて嬉しいよ。
それで、話なんだけどね。実は向こうの世界でセイくんと二人でしないといけないことが出来たの」
それを聞いたミランちゃんは顔を青くしてしまう。
「ち、違うの!ずっとじゃないから安心して。多分半月も掛からないと思う。
冒険者パーティを組んでまだ何も出来ていないのに、こんなことになって申し訳ない気持ちで一杯なの」
「戻ってきたらまた一緒ですよね?でしたら半月なんて何でもないですよ。
私も付いていけたらいいのですが、それは難しいので。
こちらで待っていますね」
なんて健気なの……
「ありがとう。迷惑かけてごめんね。
でも、帰ったらいろんなことをしようね!」
「はい!」
「それでね。それまでのことなんだけど、宿代は2部屋の一月分渡しておくね。でも、お家に帰りたかったら好きにしてくれればいいからね。
後、明日からお父様のお仕事の手伝いに行ってくれないかな?」
「それは構いませんよ。宿代は明日支払っておきます」
「ありがとう。あと、これはこれまでの商人の仕事を手伝ってくれた分のお給料だよ」
「えっ!こんなに頂けません!宿代まで出してもらってるのに、たったあれだけのことで金貨なんて…」
「ダメだよ。私達はたまたま運良く大金が簡単に稼げているの。
でもそれには色々なリスクもある。ミランちゃんならわかるでしょ?
そのリスク代も含まれてるから貰ってね」
「ありがとうございます」
「ホントは山分けにしたいんだけどね。
後、セイくんはどうだった?」
「山分けは流石に……
セイさんですか?どうとは?」
「気になるんだよね?」
ミランちゃんは顔を真っ赤にした。
可愛いぃ!食べちゃいたい!
「べ、べ、別に、き、気になっては…」
「わかったよ。じゃあそういうことにしといてあげるね」
「もう!揶揄わないで下さい!
それに、セーナさんのお付き合いしてる人ですよ」
「ふふふっ。ごめんごめん。でも異世界って奥さんの数は一人じゃなくてもいいんだよね?」
この情報は、以前ミランちゃんの口から聞いたものだから間違いないはず。
「そうですけど……お金持ちやお貴族様、高ランク冒険者といった限られた人たちくらいですけどね」
「セイくんはお金待ちだよ?」
そう告げると、ミランちゃんはまた顔を赤くした。
白いお人形さんのような子が顔を赤くするのは見てて可愛かったけど、時間もないからそれを堪能するのはここまで。
「じゃあ、明日からお手伝いよろしくね。
出来上がった家具は半月後くらいに取りに行くから、お父様によろしく伝えておいてね」
そう告げて部屋を出ると、聖くんの待つ部屋へと移動した。