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第七章 いつもと少し違う夜
結城家に帰ってから一時間ほどが過ぎた。
ソファで眠っていた千弥は、ゆっくりと目を開ける。
「……ん。」
「おはよう。」
すぐ隣には千景が座っていた。
書類を読んでいた手を止め、優しく笑いかける。
「にぃに……。」
「よく眠れた?」
「うん……。」
まだ少しだけ眠そうな顔。
千弥は抱きしめていたくぅちゃんを見つめると、小さく笑った。
「くぅちゃんも、おきた。」
「そうだね。」
千景は弟の髪をそっと整える。
「喉は渇いてない?」
「ちょっと。」
「お水持ってくるね。」
コップに常温の水を入れて戻ると、千弥は両手で大切そうに受け取った。
「ありがとう。」
「ゆっくり飲んで。」
ごく、ごく……。
飲み終えると、ほっと息をつく。
「おいしい。」
「それならよかった。」
午後七時。
キッチンからいい匂いが漂ってくる。
今日の夕食は、千弥の好きなものばかりだった。
・クリームシチュー ・チキンソテー ・サラダ ・ふわふわのパン ・いちご
「いただきます。」
「いただきます。」
千弥は嬉しそうにパンをちぎる。
「おいしい。」
「今日はたくさん食べられそう?」
「うん。」
千景は安心したように頷く。
ところが——。
半分ほど食べた頃。
「……。」
千弥の手が止まった。
スプーンを持ったまま、小さく俯いている。
「ちひろ?」
「……。」
「どうした?」
「ちょっと……。」
「うん。」
「ねむい……。」
「眠いだけ?」
「たぶん。」
千景は少しだけ表情を引き締めた。
(帰りの車でも寝ていたのに……。)
疲れが残っているだけならいい。
でも、千弥は体調を崩す前も、こうして急に静かになることがある。
「無理しなくていいよ。」
「……うん。」
「少し休もうか。」
𝐀𝐘𝐀_

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メイ
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「でも、ごはん。」
「あとで食べよう。」
千弥は素直に頷いた。
食後。
ソファへ移動する。
くぅちゃんを抱きしめると、自然と表情が柔らかくなる。
千景はブランケットを掛けてあげた。
「寒くない?」
「へいき。」
「少しだけ体、触るね。」
「うん。」
毎晩の健康チェック。
まずは額に手を当てる。
(……少し熱い?)
気のせいかもしれない。
念のため体温計を持ってくる。
「ちひろ。」
「ん?」
「熱測ろう。」
「いつもの?」
「うん。」
ピッ。
数十秒後。
『36.9℃』
「平熱だね。」
「ごうかく?」
「もちろん。」
その言葉を聞いて、千弥はほっと笑った。
「やった。」
千景も笑い返したものの、胸の中の小さな違和感は消えなかった。
その後、お風呂へ入る時間になった。
「にぃに。」
「どうした?」
「きょうね。」
「うん。」
「いっしょ。」
千景は少し笑う。
「今日は一緒に入りたいの?」
「うん。」
子どもの頃から、体調が少しでも不安な日は甘えん坊になる千弥。
そのことを千景は知っていた。
「じゃあ一緒に入ろう。」
「やった。」
お風呂では他愛のない話をした。
大学で見つけた小鳥のこと。
図書館で読んだテディベアの本のこと。
会社でもらったクッキーのこと。
千弥は嬉しそうに話し続ける。
その笑顔を見ていると、違和感は思い過ごしだったのかもしれないと、千景は少し安心した。
午後九時。
寝る準備を終えた千弥は、いつものようにお気に入りのパジャマへ着替えた。
ベッドの上には、たくさんのテディベア。
「今日は誰と寝る?」
千景が尋ねる。
「みんな。」
「みんな?」
「さみしいから。」
「ふふ。」
結局、両脇に二匹、腕の中にくぅちゃんを抱いて布団へ入る。
「おやすみ。」
「おやすみ、にぃに。」
千景は部屋の電気を消そうとして——
「……にぃに。」
振り返る。
「どうした?」
「ぎゅー。」
「いいよ。」
ベッドへ腰掛け、そっと抱きしめる。
千弥は安心したように目を閉じた。
「……あったかい。」
「ちーちゃんも温かいよ。」
数分もしないうちに、静かな寝息が聞こえてきた。
「おやすみ。」
千景は額へそっと髪をよけ、小さく微笑む。
しかし、その夜。
午前一時。
ガタッ——。
物音で千景は目を覚ました。
「……?」
急いで千弥の部屋へ向かう。
ドアを開けると、ベッドの上で苦しそうに身を丸める千弥の姿があった。
「ちひろ!」
千景は慌てて駆け寄る。
「どうした?」
「……にぃに。」
いつもより熱っぽい声。
頬はほんのり赤く染まり、呼吸も少し速い。
千景は急いで額に手を当てた。
「……熱い。」
夕方には平熱だったはずなのに。
「ちーちゃん、熱を測ろう。」
体温計を取りに向かう千景の胸には、不安が静かに広がり始めていた。
ーーー
第七章 終わり
第八章へ続く。
コメント
2件
第七章、お読みいただきありがとうございました
あおいです🌷 第七章、読み終わりました。途中まで本当に穏やかで優しい夜だったのに、最後の“ガタッ”で一気に心臓が縮みました。千景さんの違和感、読んでる私も同じように感じていたので、現実になってしまったショックがリアルでした。体温は平熱で「合格」って嬉しそうに笑う千弥くんの無邪気さが余計に切ないです。ぬいぐるみみんなで寝るところとか「ぎゅー」って言う甘え方とか、全部が愛おしい…次の夜が心配で続きが気になります😢