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第3章『ポピーの香りと、子どもみたいな瞳』(なおきり視点)
合宿所のテラス。
夜の風はひんやりとしていて、なおきりはマグカップを両手で包んでいた。
中身は、ハーブティー。控えめなポピーの香りが、神経をゆるやかにほぐしてくれる。
「なおきりさーん!ここにいたんだ」
背後から聞こえてきた軽やかな声。振り返らなくても分かる。ゆあんくんだ。
「どうしたの?」
そう聞くと、彼は椅子にぴょこんと腰かけて、足をぶらぶらさせた。
「なんか、部屋の中暑くて。みんなワチャワチャしてるし、ちょっと外で風に当たりたくて…」
「そう。ここ、静かでいいよ」
「……うん」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
それでも不思議と気まずくならないのは、彼が“素直”だからだと思う。
言葉を飾らず、そのままをぶつけてくる。
「ねえ、なおきりさんってさ」
ふいに、ゆあんくんが言った。
「グループの中で一番“おとな”だよね。いつも冷静で、優しくて、なんか、ずるいくらい完璧」
「……完璧なんかじゃないよ」
なおきりは、少し苦笑するように答えた。
「人見知りだし、配信じゃテンション合わせるのも正直、苦手。
だからこうやって、みんなを支える側に回ってるだけ」
「…ふーん」
ゆあんくんが、じっとこちらを見る。
その瞳が、やけに真剣で、心がざわつく。
「でも、俺はそういうなおきりさんが好き」
その“好き”が、どんな意味かなんて――
確かめる勇気はなかった。
「…ありがとう」
なおきりは、そう返すのが精いっぱいだった。
けれど。
その後、ゆあんくんがそっと寄りかかってきたとき、
心臓が、痛いくらいに高鳴った。
風が、ポピーの香りを遠くに運んでいく。
そして、なおきりは知った。
――この気持ちは、もう“守りたい”だけじゃない。