テラーノベル
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夜の東京。静かな部屋に、街の賑やかな声はよく響いた。キラキラと光るネオンライトの店の看板がやけに眩しくて、そっと目を閉じた。
指先に、まだ彼の体温が残っている。東京のアパートの狭い部屋の、小さなベッドに2人。俺は小さな窓から夜を見ているけど、貴方は違った。
ベッドサイドの棚に積まれた漫画を手に取っては、寝っ転がったままそれを読む。きっと、それは今の関係が始まった頃から変わんない。
夜に招いて、体を重ねて、そのまま翌朝までは何もしないで、ただ隣にいるだけ。好きでもない、辛くもない。簡単で単純な関係。
でもそれは、いつからか変わり始める。
彼が居ないと寂しくて、夜を見ていて不安になる。嗅ぎなれていたはずの、どこか遠いタバコの匂いが、その時だけは息苦しく重く感じる。
「好きにはならない」って決めたのに、なんでだろうね。
体を重ねるだけの関係、言わばセフレ。「好き」なんて言葉はいらない。楽で互いに都合がいい時にだけ会える、すごく求めていた関係だったのに。それが、すごく辛い関係になったのは、きっと彼のせい、相手のせいだった。
「ねえ、若井」
名前を呼んでみる。3秒の沈黙。
「ん?」
目線もくれない、漫画を見たまま。その短い返事が、俺は好きだった。
「俺らってさ、どんな関係だと思う?」
「…なにそれ、セフレじゃないの?」
「そう、セフレ、だよね」
若井が体を起こして、漫画をパタンと閉じる。毎回それで俺に「どこまで読んでたっけ」なんて聞かれても、分からないよ。
若井の腕が、俺の腰に巻き付き、そのままぎゅっと柔く引き寄せられる。その体温は、さっきのままだ。
「なに、もう飽きちゃった?」
「違うよ、飽きるわけないじゃん」
彼を安心させるように、そっと頭を撫でてやる。すると彼は、俺の首元に顔を埋め、ゆっくりと深呼吸をした。
「俺、元貴といると落ち着くよ」
「元貴優しいし、おもしろいし」
それは、俺を引き止める言葉なのか、それともただ、彼の本当の思いなのか。それがずっと、ずっと分からないまま。
「ねえ、若井」
「俺、もっと遠くに行ってみたいと思ってる」
「…遠くって?」
「東京を超えて、日本を超えて、世界を超えて、もっともっと、遠いとこ」
それって宇宙に行きたいってこと?と、彼は不思議そうに、それでいて穏やかに笑った。
うん、そうだよ。宇宙に行けば何も無い。きっと人はいないし、そもそも生き物もいないだろう。そうすれば、貴方には会わなくて済む。きっと、セフレって関係よりも、楽だと思うんだ。
「それいいね、面白そう」
「元貴とだったら、一緒に行ってみたいかも」
「宇宙」
「…一緒に来てくれるの?」
「うん、俺ここに居てもなんもないし」
「元貴についていってみようかなって」
俺に懐いてくれている、のかな。なんだか大きな犬を相手しているみたいで、笑ってしまう。
あーあ、こうやって、なんにもない時間がずっと続けばいいのに。
貴方と、ずっとくだらない話をしていたい。貴方と、ずっとくっついていたい。貴方のそばに居たい。好きって伝えたい。伝えてみたい。でも、好きって伝えたら終わっちゃうから、俺は伝えない。だから代わりに、ずるい終わらせ方をするね。
「わかい」
「ん?」
彼が顔を上げた瞬間に、そっと、彼の唇に自身のそれを押し付ける。窓から入ってきた夜風が、ふわっと俺たちの髪を揺らした。
どこか甘い匂いは、きっとシャンプーの匂い。俺と同じ匂い、おそろい。俺たちには、恋人がするみたいなおそろいがない。そりゃそうだ、だって恋人じゃない。セフレだもの。性格も違う、持ち物も違う。顔も違う、思いも違う。だから、このおそろいの香りが、たまらなく嬉しくて、寂しかった。
ゆっくりと、唇を離すと、少しだけ驚いたような表情の彼と目が合う。泣くな、泣いたらかっこ悪いじゃないか。必死に作り笑顔を貼り付けて、不安そうに俺の服を掴む彼の手を、そっと優しく離してやる。
「……もとき」
彼の少し不安そうな、それでいてもう全てを悟っているような声が、俺の名前を呼んだ。でも、俺は遮るように言葉を紡いだ。
「ごめん、俺、好きな人できちゃった」
「バイト先の人でさ、すっげー可愛いの」
「なんかバンドが好きらしくて、今度フェスとか一緒にどうかって、話してたの」
次々と言葉を繋げる俺に、若井は少しだけ優しい笑みを浮かべた。それは、もう諦めているというか、「応援するよ」って意思表示みたいで、さらに遠く感じてしまった。
「そっか」
「頑張ってね」
「うん、ありがとう」
「じゃ、俺帰んなきゃか」
若井はそう言って、机の上に置いたスマホやらの荷物を手に取り、ベッドから立ち上がる。時刻は2時。まだ、いつもだったら彼が隣にいる時間。今日は、もうさよならの時間。
玄関のドアノブに手をかけた彼に、「待って」をかけた。
「合鍵、返してくれない?」
それは、本当の終わりの合図だった。彼は俺の言葉に、ポケットに手を入れ、合鍵を取り出す。そして、優しく、俺がちゃんと受け取れるように軽く投げてくれた。それは決して、適当なもの、苛立ちをぶつけたようなものではない。ただ、いつも通りの感じ。
「ありがとう」
「うん、頑張ってね、応援してる」
彼がまた、前を向いてドアノブに手をかけるけど、なんとなく彼の手は動かないまま。早く行って。じゃないと、さっきのは嘘って引き止めちゃうから。
「もとき」
彼の、優しい声が俺の名前を呼ぶ。
「なに?」
彼はこちらに振り向くと、いつもの優しさに、さらに優しさをプラスしたみたいな笑顔で
「また、漫画読ませて」
「まだ12巻の途中までしか読んでないから」
その言葉に、積み重なった漫画たちを見つめる。そっか、この漫画、30巻ぐらいあるのか。それなら、もう会わないためにも彼にあげてしまおうか。そんなことを思ったけど、それはやめた。
「うん、いいよ」
俺は、彼がくれた笑顔みたいに、「ありがとう」の意味を込めた俺の中での最高の笑顔で、そう答えた。
また会う理由になってしまう。でも、きっと彼はもう「会いたい」なんて言わないだろう。「漫画読ませて」なんてことも、きっと言わない。それだけは、俺もちゃんと分かってる。彼は、そんなちっぽけな男じゃないもの。
きっと、彼なりの最後の「ありがとう」だったに違いない。
「じゃ、またね」
「うん、また」
そう言って、彼は重そうにドアノブを回して、部屋を後にした。
その背中も、最後の笑顔も、もう見れない、見なくていいはずなのに。本当なら忘れたいはずなのに、なぜか忘れなきゃいけないっていう感覚の方が強かった。
馬鹿だな。つくづくそう思う。俺に対しても、彼に対しても。
さっきまでの夜風が、少しだけ冷たく感じる。もう一度、外から夜を見てみるけど、うるさいなぁ、としか感じなかった。
目を瞑ったのは、街の光が眩しかったから。
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少し久しぶりの短編作品…!実は今回のお話、ずっと書きたかった歌詞パロなんです🎶マカロニえんぴつさんの楽曲なんですけど、「これかも…?」って思ったらぜひコメントで教えてください☝🏻🌟(激ムズ) こういう切なくて儚いお話、大好きなので書いててすごく楽しかったです!
あとあと!フォロワー様700人突破ありがとうございます!!ᐡ⸝⸝> ̫ <⸝⸝ᐡまさかここまで書き手として皆様に認めて貰えるとは…本当に思ってもいなかったのでめちゃくちゃ嬉しいです😌🎊この調子で1000人目指していきますので、これからもよろしくお願いします!!❤️🔥
ではまた次のお話で^^
コメント
4件

ブルーベリーナイツですか……?違かったらごめんなさい💦
絶対お互い好きだったよ🥲でもそれは多分お互い分かってないような... あと、12っていう数字に見覚えあって、ダーリンの歌詞の最後にくり返されてる「Darling」がちょうど12回なんですよね🤔もしかしたら、それを意味してるのかな?とか勝手に思っちゃったりしてました!!今回も最高です!!💞