テラーノベル
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六平千鉱に言っていないことが一つある。
『なんで父さんを殺した……!』
その叫びに対する回答。千鉱の父親を殺したのは俺が真打を振るう為。そして……。
青年が一人、寝台に横たわる。
その青年……、六平千鉱は生まれたままの姿で、俺にひたすら頭を撫でられている。時折、頬にさらりと触れると、千鉱は甘えるように私の手に頬擦りをする。
瞳は蕩けており、警戒や嫌悪といった感情は一切有りはしない。
存外柔らかな千鉱の髪、千鉱の頬を今度は少し強めにガシガシ擦ってやると、千鉱の瞳は愉悦さえ浮かんだ。
「幽さん、痛い」
「痛くはしていない」
私の名を呼ぶ声も、親しき者のそれだ。
手を滑るように移動させ、耳を触る。優しく撫でて耳の後ろをかりかりと掻くと、流石に官能が呼び起こされてしまうのか、千鉱から待ったがかかったように私の手を掴んだ。
その手には、毘灼の刺青。
「もう一度……いいだろう?」
「もうくたくたですよ」
「俺がもう一度したい、ダメか?」
「……ずるい」
「なにがだ?」
「命令すればいいのに」
「恋人に命令はしない」
「…………ぅん」
少し赤い顔を隠すように、私の首に腕を絡ませ、肩口に顔を埋めてしまった千鉱の背をゆっくりと撫でると、期待なのかブルッと震えた。
ああ、たまらない。
「幽、また千鉱を独占してる」
いつもの通り、昼彦が私を非難する。
形式的な、非難だ。言葉の戯れと言っていいレベルの。
「恋人同士なのだから、仕方がない」
「俺だって友達同士なのに。千鉱寝ちゃったからまた遊べない」
「起きてから遊べばいい。時間は掃いて捨てるほどある」
「そう言いながら、一年が経っちゃって、俺も千鉱ももう19だよ。俺も恋人”設定”にすれば良かったかな」
「一年の間、遊んでいた日もあっただろう?」
「もっと遊びたいの」
そう、一年。
千鉱を毘灼に迎えて一年が経っていた。
記憶を弄るのは呆気ないほど簡単だった。
千鉱は元々、精神に作用する妖術に驚くほど弱い。
記憶を弄って安定するまでの1ヶ月は不安定だったが、3ヶ月も経った頃には、突発的に記憶を取り戻し、私に攻撃を仕掛けることも無くなった。
神奈備が早々に千鉱に見切りをつけ殺そうとしてくることで、弄くられた記憶との齟齬が無くなったのも良い方に作用している。
あとは柴登吾……ヤツさえなんとかできれば千鉱の記憶を心配する必要は二度と訪れないだろう。
千鉱の憎しみは全て神奈備に集約していると言ってよい。
あの日毘灼が起こした六平親子襲撃の場面、その千鉱の記憶を少々弄らせて貰った。毘灼は神奈備と敵対している。襲撃の犯人を神奈備にし、千鉱の復讐の目を神奈備に向けさせるのに、さほど苦労はしなかった。
千鉱の本質は変わらない。だからこそ、美しい。
一般人は殺そうとしない千鉱が悪鬼の如く神奈備の人間を切り捨てる。神奈備を悪だと定めてしまったから。
柴登吾が元神奈備であった事実は、ヤツの信頼を失墜させるのに一役買っていた。ありがたいことだ。
先の戦いで、神奈備に渡ってしまった妖刀も、六平親子襲撃の時に神奈備に強奪されたものとした。六平国重が神奈備を信用していなかったこともあり、千鉱はこれを疑うことはなかった。
俺が育てた毘灼への憎しみの種ははそっくりそのまま神奈備へと結実した。まあ、俺に向けられるのも一興ではあったがな。
千鉱が毘灼に入って一年ではあるが、千鉱の記憶の中では15歳で襲撃されてからの四年を我々と過ごしていることになる。
昼彦とは急激に距離を縮めていた。
部屋に備え付けられた水槽からこぽこぽと音が鳴るのを千鉱は聞き入っていた。金魚を泳がせているわけでもなく、金魚鉢でも無いが、この水の音が千鉱は一等気に入っていた。
「ねえねえ、千鉱、いいことを思い付いたんだ」
楽しげに寄ってきた昼彦に、千鉱は飲んでいたコーヒーのカップを置いて向き直った。
「なんだ?」
その目は友達というよりは、兄弟を見る目に近いように思う。
「聞いた?今度の計画」
「ああ、神奈備の奴らが集まってきている。だから本部を叩くのに、絶好の機会だって」
「そう!ねえ、千鉱、どっちが多く神奈備のやつらを殺せるか競争しようよ」
「……昼彦」
千鉱は少々じっとりとした目付きをする。いつものことなので、昼彦も慌てはしない。むしろ、千鉱からのアクションはなんだって好んでいる。
「まあまあ、千鉱がこういうの好きじゃないのは知ってるけど、競争は神奈備限定で……ね?いいだろ?」
神奈備限定。
すなわち、千鉱の中での悪しか斬らないということ。殺しを遊びと形容することはあり得ない千鉱だが、その赤々と燃えた復讐心といつも通りの友の提案が千鉱の道徳心を曖昧にさせる。
「……………………、……負けない」
「!!!
ふふ、俺も負けないよ!」
多かれ少なかれ千鉱は俺たちに影響を受けていて、俺も昼彦も笑いが止まらない。
こみ上げる笑みを隠そうともしない俺と昼彦を千鉱は不思議に思うこと無く、俺を少々上目遣いで見上げた。
「幽さん、勝手にそんなことをして構いませんか?」
「構うわけないだろう。期待している」
「……はい」
幽”さん”ーーー
千鉱は俺のことをさん付けで呼ぶ。
何回幽と呼べと言ったことか。しかし、さん付けだけは矯正が不可能であった。
千鉱の記憶には無いはずの、千鉱と柴登吾が過ごした三年がどうやらそうさせるらしい。千鉱は俺を柴登吾と重ねてはいないようだが、柴登吾への執着やらなにやら感情が残っているようで少し不快だ。
俺だって嫉妬くらいはするものだ。
早く呼び捨てにさせて柴登吾への記憶に無い想いを捻り潰したい。
もっともっと、堕ちてこい。
お前が断ち切れないなら、こちらが引導を渡してやる。
そう、俺は六平千鉱を根幹から殺したい。
「沢山殺したな?」
血溜まりの中、呆然と立ち尽くす千鉱に後ろから声をかけた。
千鉱はチラリと俺を視界に入れたが、すぐに前へと視線を戻す。
「はい…………たくさんころしました」
血溜まりの血も、全身に浴びた血も、全ては神奈備のもの。
「どうした?」
「敵は一様に、俺に目を醒ませって言って死んでいきました」
「それがどうした?」
「わかりません。何かぼんやりするんです」
何か捉えらない実態をはかりきれず、気持ちが悪いようだ。
それは記憶。そんなものは、千鉱には必要が無い。
必要が無いものを拾う必要など、有りはしない。
「千鉱」
「はい……」
「六平千鉱」
「……幽さん?」
咎めるような俺の声に、千鉱の睫毛が不安気に揺れる。
俺だって、嫉妬くらいはする。
ゴトッ……
「え?」
唐突に、俺が放った輪に千鉱の視線は釘付けになる。
血で濡れたそのリング。柴登吾のブレスレット。
ひゅっと千鉱の呼吸が止まる。
ーーーーー
痛い痛い痛い。
俺は確かにこれを知っている、ガツンと殴られたような衝撃に頭を抱えた。
思い出そうとすればするほど、頭が割れるように傷んだ。でも、思い出さないといけない。
俺はこれを、思い出さなきゃ……思い出したい……思い出したい…………………
「ぐうぅぅ!いっつぅ…ぅ、ゆらさ……ん」
柴さん
「え…………」
ちょっと待て。柴さん。俺は柴さんを知っている。俺の大事な人。
ずっと味方になってくれた大事な人。
思い出していいのか?
思い出さなきゃならない。だって、柴さんは大事な人。
思い出していいのか?
このブレスレット、真っ赤だ。おびただしい血だ。
きっとこの人……………………死んでるよ?
ーーーーー
「あ、あああ………柴さッ……柴さんッ!!……あア……ッ」
遂に千鉱は膝をついた。
『敵』である俺の前で膝をつくなんて、あってはならないことだろう?
何かしらわけの分からない叫びを撒き散らしている。このままでは、2つの相反する記憶を脳は綺麗さっぱり消すだろう。
「千鉱、大丈夫か?」
焦点の合っていない目で俺を見上げる千鉱に近づく。
千鉱は淵天を抜いた。
「おまえッ!!!」
そちらの記憶を選ぶことは、俺は許していない。
「久しいな、六平千鉱」
あえて、意地悪をしてみようと思う。
自分で言うのもなんだが、俺は好きな子は虐めるタイプだ。
淵天を持った左手を俺はやすやすと掴み取り、折らんばかりに力を込める。
「いッ…!!」
愚かにも、六平千鉱は淵天を取り落とした。
全く本気だとは思えない力で俺の拘束を解こうともがく。
記憶はハッキリしていても、どうやら身体がどっち付かずであるらしい。
「くそッ、お前、柴さんは、柴さんは生きてッ……いるのか!?」
「希望を持って俺を見るのを止めろ。生きているわけないだろう。六平千鉱、全てはお前のせいだ」
絶望に染まる千鉱の瞳。嗚呼、俺はこれが好きだと、眼球をペロリと舐める。
楽しいな、俺の千鉱。
俺はそっちにお前を逃がす気は無い。
もう、身体に力が入らないのだろう。千鉱は俺にもたれ掛かってくる。しかし、意識はハッキリしている。
これぞ生き地獄というものだ。
早く楽にしてやらなければ。
「いい機会だ、教えてやろう。六平千鉱、お前の父親を殺したもう一つの理由を」
「……!?」
「俺が真打を振るう為……。そして、絶望したお前を毘灼に迎える為だ」
「……ッ……ど…いう……」
「お前は実に芸術的に踊ってくれたな。全てが計画通りだ」
「……ア…」
最初から千鉱を手に入れるつもりの計画だ。
その為にわざわざ父親を殺した。
六平国重を殺さない可能性はあった。妖刀は生まれれば生まれる程いい。しかし、俺は見つけてしまった。六平千鉱という存在を。
この小さな六平千鉱が欲しいという欲、それに従ったまでのこと。
六平国重を生かすメリットと、六平千鉱をものにする欲、2つを天秤にかけて、後者を選んだ。ただそれだけのこと。
「つまり全てはお前のせいだ、千鉱。全て、な」
父親が死んだのも、神奈備が死んだのも。さん付けをすることで俺が柴登吾に手をかけたくなったのも、全て。
溶けたハチミツを流し込むような、優しい優しい声色で言った。
「ーーーーー殺してくれ」
全てを絶望した千鉱が弱々しくつぶやく。
「殺して……」
「いいだろう」
自らの死を願った者への、精神攻撃は効果がひとしお。
柴登吾はそんなことも教えてくれなかったのか?
「おはよう千鉱、汗がすごいぞ」
「…………」
「酷い顔だが、何か怖い夢でも見たか?」
「……ゆ…め?」
「随分魘されていたみたいだが」
「……………覚えていない」
「なら、忘れてしまえ」
「……ああ、ありがとう、幽さ……ん?」
「どうした?」
「幽さ…ん………なんか……しっくりこない」
「幽でいい」
「え」
「幽だ。そろそろ呼び捨てにできるだろう?」
「…………ああ、………………ありがとう、幽」
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