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この作品は梶井基次郎「檸檬」を元ネタに書いたオマージュ読切です。
『序章』
得体のしれない不吉な塊が僕の心を始終押さえつけていた。
お酒を浴びるように飲んだ次の日の二日酔いのような、
あぁ。なんて気持ちの悪い。
今抱えてる問題の大半は関係ない。
ただただこの不快感が一番嫌なんだ。
好きな音楽を聴いても治らないどころか、途中で飽きさせる。
おまけに病気は悪化して食べ物が喉を通らない始末だ。
あぁ。
居ても立ってもいられなくなる。
あぁ。
私はいつの間にか、また街を歩きだしていた。
街に出るとそこにはかつて僕の目を引いたものの数々があった。
僕はみすぼらしくて美しくないものが嫌いだ。
しかし、かつては僕の目を引いた物も今はその「みすぼらしい物」に見えた。
例えるなら光を失った蛍みたいに。
あーあ。あぁ。
退屈だ。
《だから僕は今日こそは本物の爆弾を持参した。》
『分岐点』
おっと。
脅しではないぞ。
見るんだ、この美しい形を。
弧を描いた綺麗な輪郭、鮮やかに彩られた表面。
「今に皆殺しにしてやる」とでも言わんばかりの凶悪な雰囲気。
「爆ぜたら一瞬で終わってしまうだろう?」だって?
何を言うか。
爆ぜてからが本番ではないか。
またたく間に襲いかかる爆炎、立ち上がる黒煙はもちろんのこと。
泣き叫びうずくまり阿鼻叫喚と化す街。
ここまでいってからの美しさ。
ああ、想像するだけで胸が高鳴る。
夢見心地の妄想に胸を膨らませる。
どうだ。これが爆ぜれば大変楽しいと思わないか?
ゲホッ、ゲホッ。
…熱弁でむせてしまったようだ。
おや、「思わない」だって?
では今からそこの本屋で実演することとしよう。
文字通り目に焼き付けるがいい。
ところで僕の爆弾は変わった姿をしているだろう?
紡錘形、と呼ばれるこの形は何をイメージしたか。
君も色でわかるだろう?
そうさ、檸檬だ。
あの日果物屋で見たとき一目で心奪われた。
この形こそが僕が求めた「みすぼらしくない、美しい物」だと確信したね。
僕は少し前に檸檬を爆弾に見立てて置いたことがある。
その時の気分は爽快だった。
不思議に思うだろう。
確かに僕はその時体の内の憑き物が存在しない爆風で吹き飛んだ気がしたんだ。
でも完全に落ち切ってなかったから今ここにいる。
それが「本当に」爆発したら、僕の心のモヤは取りきれるんだろうね。
さあ、始めよう。
『終章』
彼は自らが持ってきた爆弾に自ら被爆した。
時は深夜。
わざわざ人がいない時間帯に私たちは街を歩いていることに違和感があった。
思い返せば紡錘形の形の爆弾には導火線がついていなかった。
最初から誰かを殺すつもりなんてなかったのかもしれない。
私は彼がしたことの理由がわからなかった。
自殺行為と言うよりは自殺そのものだったようにも見えた。
ただ煙がはけた刹那、見えた彼の顔には微かな笑みが浮かんでいた。
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僕は死にたくなんてなかった。
それに爆風が頬を伝う刹那、「やらなきゃよかった」と思ってしまった。
が、これでいい。
僕の動機は実質は自殺になるのかもしれない。
2日程前、医者は僕に余命を告げた。
もう動くことさえ難しくなる、とのことだ。
どうだい?
病室でゆっくり静かに死ぬ。
そんな人生のエンドロォルを迎えたい奴なんているだろうか。
感性を大切にした一生だ。
死ぬ瞬間まで私も芸術の1ピースでいたいのさ。
こんな動機がアーティスティックと言えるかはよく分からないが僕自身は大満足だ。
なんせ芸術は他人が認めることが条件ではなく、個人がどう受け取るかである。
僕にとって僕の死はダヴィンチやダリの絵画よりも遥かに美しく写った。
あぁ、
次は檸檬を元気に齧れるくらい健康な身体に生まれたいものだ。
コメント
1件
リオンです。読了しました。 梶井基次郎の「檸檬」を、ただのオマージュで終わらせず、“本当に爆発させる”という拡張解釈——これにはちょっと痺れましたね。原典では「爆弾に見立てる」という比喩と感覚の遊びだったものが、本作では文字通りの爆弾であり、かつ♡♡♡でもある。その二重構造が、語り手の「感性を大切にした一生」という台詞に鮮やかに収束していく終盤の流れは、読んでいて背筋が冷たくなるような美しさがありました。 「病室で静かに死ぬより、芸術の1ピースでいたい」という倒錯した美学に、僕は完全に引き込まれました。良い読切でした。
莉雨@riu
2,296
陽向
184
8