「髪切ってくれないか??」
「はい。」
あれからお付き合いすることになり、同居するため2人で決めた新居へ引っ越した。
「切っていきますね。」
カバーをかけ、霧吹きで髪を濡らしハサミを入れていく。
「やっぱ好きだよ、カットしてる時の凛とした佇まい。」
「お店でカットしてる時も、そんなこと思ってたりしました??」
「まぁな。」
洗面所の鏡越しに、そんな会話をする。お互いの業界の裏話などお店ではできない話で盛り上がる。
「ロシア語は独学で??」
「いや、さすがに教室に通った。」
「ロシア語の教室ってそうないですよね??」
「そうなんだよ。でも上司の奥さんがロシア人で、教室やってるからってそこへ。」
「すごいつてを辿りましたね。」
「ほんとな。良かったらやってみない??」
「そうですね。休職中の気分転換にちょうど良いかもです。前髪切りますよ…。」
化粧ブラシで髪を払っていると、あの時見たいに目が合った。
「髪セットしてない杢太郎さんもカッコいいです。施術中ずっと思ってました。」
「それは初耳。」
「お互い下心ひた隠しにしてたんですね。」
「みたいだな。」
「ホットタオルいりますか??」
「お願いします。」
「はい。」
「これ終わったらおやつしよう。何飲む??」
「この前買ったコーヒー飲みたいです。」
「分かった。」
自分が後片付けをしている間、彼はおやつの準備をする。
「コーヒー入ったぞ…!?」
背後の声に気づかず腰を抜かしかけた。
「すまん!!びっくりしたよな…。」
「大丈夫…。自分の世界に入っててぼーっとしてました。」
片手で額を覆い、もう片方で差し出された手を取る。あれ以来、誰かが背後にいることに過敏になって身構えてしまうようになった。
「おやつの準備できたぞ。」
「はい。」
2人してソファに座り、コーヒー片手にテーブルの上のお菓子をつまむ。
「美味しい。コーヒーもお菓子も。」
「良かった。」
肩がこわばってるのが居心地悪くて、結んでいる髪をほどいて深くソファにもたれる。
「髪、触って良いか??」
「私の??良いですよ。」
「まじまじと、見ることも触ることもないから。ほんと、綺麗な髪だ。」
「私も、美容師の友達以外の人に触られるの初めてです。」
「サラサラだし。あ、痛かったら言って。」
「大丈夫ですよ。」
「髪、染めたりしないの??」
「学生の頃は、皆の練習台になって色んな色に染めてましたね。」
「写真ある??」
「ここにはないですね、実家にある前のスマホにあります。」
「今度見せて。」
「良いですよ。友達にまた染めてもらおうかな、何色がいいですかね??」
「金髪、見てみたかったりする。」
「分かりました。」
コーヒーカップをテーブルに置き、彼にそっともたれてみる。
「また嫌なこと思い出した??」
「いや、こうしたかったんです…。」
肩に腕をまわしてくれて、その中に収まる。
「あの時、ちゃんと言葉に出して伝えれて良かったです。だから今凄く幸せです。」
彼は嬉しそうに目を細めて。
「この先もずっと、幸せでありたいな。」
「そうですね…。」
絶ち切れなかった思いが実ったこの関係を決して手放すまいと思いながら、2人してまどろみ始めた休日の昼下がり…。
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