テラーノベル
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英国邸での一件から、数日が経った。今日は、日本が新作の菓子を提案する日らしい。
本来ならば、日本の成功を祈ってなければならないのだが、イギリスにはずっと日本の『好き』が頭の中で響いていた。
(好き‥‥か)
思い出すたび口角が上がってしまう。
勿論、イギリスの好きとは違う、お世辞や友好の好き‥
否、特に深い意味はない好きだということは分かってる。
でも、それでも、イギリスにとっては十分だ。
その言葉は本当の自分を認めてくれた言葉なのだから。
紅茶を一口飲む。
今日の紅茶は紅色だ。
ピコン
スマホの通知が鳴る。
(誰だ…‥?私の至福のティータイムを邪魔して…‥)
渋々メールを開く。
「‥!」
『イギリスさんへ
突然のご連絡失礼いたします。
この度は、イギリスさんのおかげで、新商品の提案が受理されました。誠にありがとうございます。
つきましては、ささやかではございますが、お礼を兼ねて新商品を召し上がっていただきたいのです。
もしよろしければ、来週末にご都合はいかがでしょうか。
良いお返事を待っています。
日本より』
液晶に写った文字列は、日本からのメッセージだった。
(私が、日本君の家に……?)
私に行く資格などあるのだろうか。
紅茶に反射する自分を見て思う。
社交辞令として誘ってるだけなのではないか?
日本の家でもし,不敬を働いてしまったら?
紅茶が揺らいでいる。
さっきまで香っていた安心する紅茶の香りはどこかに消えてしまった。
そこに、先程と同じ機械音が鳴った。
『これはただの私情になってしまうのですが、
また、一緒にイギリスさんと紅茶を飲んで談笑したいです。
イギリスさんと一緒にいるのは私にとってとても楽しいんです。』
(……私は、また、思い違いをしていましたね。)
カップを丁寧におく。
紅茶は波ひとつ立っていない。
「さて、手土産でも買って行きますか」
帽子を軽く被り、ロンドンの街へと駆け出した。
レンガ造りの、人通りの少ない商店街。
ここはイギリスの密かなお気に入りスポットだ。
歩くだけで心が安らぐ。
入って5番目にある、赤色の旗を下げた扉の前に立つ。
ほのかなクッキーの匂いが香る。
扉を開けると、色とりどりのクッキーが棚の中に並んでいた。
(日本君が好きそうな、クッキーは…………)
バニラ?ーー王道すぎるか…。
いちご?ーー子供っぽすぎるか?
抹茶?ーー日本君開発の商品の味と被ってしまうな……
……これは?
目に付いたのは淡い桃色だった。
表には美しい桜のイラストが描かれていた。
(…桜?)
この前のことを思い出す。
『私、好きなんですよ、桜。』
(では、これにしよう)
棚に手を伸ばそうとした瞬間、頭の中の理性がそっと囁く。
ーーでも、一言一句覚えてるなんて、気持ち悪くないか?
目につけていたモノクルの度数が合わなくなったみたいに視界が揺らぐ。
ーー受け取った日本は重いと感じるかもな?
手の先が震える。
ーー日本はお前のこと、嫌いだと思うかもしれないな?
その途端先日の切り傷が痛み出した。
微かに桜の絆創膏の後が見えた気がした。
傷口の跡を撫でる。
あの時の暖かさが再熱する。
ーいや、桜が好きだと話すあの子の笑顔は……確かに本物だった。
桜のクッキーを両手で大事に抱える。
あぁ、週末が待ち遠しい。
クッキーから懐かしい日本の桜の香りがふわりと広がった。
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あああああもう!! なんなんだこの甘酸っぱい感じ!! 癖になっちゃうじゃないですかー!! ↑作品読み直し5回目