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「若井〜、起きてる?」
玄関の戸が締まる音で、夢の中にあった意識が覚醒する。カーテンから差し込む光がやけに眩しく、自然と眉間に皺が寄る。
「お、居た。今起きた?」
「…起きた。」
扉から顔を覗かせる姿に掠れた声でそう発すればズキズキと鋭い痛みが頭に走る。乱雑に机に散らかった缶を見れば状況は一目瞭然だろう。正直半分飲んだ辺りから記憶が無い。
「酷い顔してるよ。また飲んだの?」
「少しだけ。」
無理やり声を出せば喉が揺れる。込み上げてくる咳を抑えるでもなく苦しげに吐き出せば背中に優しく手が添えられた。
「ほんと学習しないよね。ほら、とりあえず陽の光浴びて、なんか作ってあげる」
手際よくカーテンを開けられて、ベッド全体が明るい陽に包まれる。雲ひとつない空が忌まわしく覚えて、舌打ちをすれば微笑まれた。
「自業自得。食欲あるでしょ?起きて。」
手を差し出され、力なく頷けば重い身体を起こしてもらう。
「…ありがと。」
小さく呟き、しっかりと目線を合わせると驚いた様な表情を浮かべられる。
「大したことじゃないよ。水持ってくるからゆっくりしてて。」
何から何までやってもらい申し訳ない気持ちはあるのに甘えてしまう。きっと家に来るのだって気分で、いつまでも来るとは限らないのに。
「…はぁ。がんばろ。」
当たり前になることがどれほど辛いのか、分かっているからこそ頑張らなくてはいけない。節々が痛む身体を無理やり動かし、リビングへと歩みを進めればキッチンに立つ涼ちゃんと目が合う。
「あ、今行こうとしてた。…てか胸元開きすぎ、だらしないよ。」
「ごめん。」
指摘され、自身の服へと目を落とせば慣れた手つきで胸元のボタンを留め、謝罪の言葉を述べる。
「別にいいんだけどね。そのままでも。軽くご飯作ったから、食べれるなら食べて。」
卓上に置かれた食べ物にごくりと喉が鳴る。ふわふわとした雲のような生地にキラキラと光る蜂蜜がかかったパンケーキが胸を躍らせる。いくら調子が悪くても食欲は衰えないようだ。
「ありがと、食べる。」
大人しく席につけば向かいにも同じく座り、反応を待つようにキラキラとした瞳を向けてくる。
「そんな見られたら食べにくいよ。」
「えー?だって、見たいじゃん。」
逸らされない瞳に諦めて、目の前の食事へと集中すれば美味しそうな香りが鼻を通る。
「…美味そう。」
意識せずに零れた言葉にはっ、とする。
「ほんと?嬉しい。」
屈託のない笑みで返され、自然と胸が高鳴る。
「いただきます。」
フォークとナイフを持ち、器用に口へと食べ物を運べば満足感が身を包む。口いっぱいに頬張り、咀嚼していればふと声がかかる。
「なんで若井の家って時計ないの?不便じゃない?」
「…特には。」
意味が無いわけなかった。時計がない生活は確かに不便だ。明るさで時刻を把握するなんて現代には有り得ないだろう。
「じゃあ今の時間は?」
ふと投げかけられた質問を頭の中で考える。
「…十三時。」
「え!なんで分かったの。凄いね。」
スマホで時刻を確かめ、顔を上げると驚いた声を上げる。
「適当。」
特別興味もなさそうに呟き、食事を再開する。何も適当じゃなく、しっかりと理由もあった。けど、それを伝えるのは少し難しい。
「勘ってこと?何それ、凄い。」
疑うことも無くにこにこと人懐っこい笑みを向ける。
「あ、そういえばね。明日ちょっと忙しくて、ここ来れないかも。ごめんね。」
「…そっか。」
「ほんとごめん。明後日は絶対来るから待ってて。」
寂しさを隠す様に控えめに頷く。別に居なくても生きていける、そう思ってるのに。きっと気付いてないだろう、決まった時間に来ていることに。
君が居ない明日は、時間が分からない。