テラーノベル
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担架に乗ったアレクシスは、ロバ宰相の元へ運ばれるため、バイキングと二人の女たちが先導して地下水路の奥へと消えていった。残ったのは、私、レオン、リバー、そして要塞の仲間たち二十名。短剣が鞘の中で光り、戦斧が肩に載る。剣、槍、弓……それぞれが無言で武器を構え、靴音が石畳に響いた。
レオンが私の横に並び、静かに囁いた。
「行くぞ、オランジェット……今夜で、全部終わらせる」
私は頷いた。廊下の突き当たり、王宮の最上階へ続く秘密の螺旋階段。その上には、
ヴィンセント公爵が待っている。そして、ミランジェットの笑顔が待っている。私はマントを脱ぎ捨て、ドレスの裾を最後に引きちぎった。
もう、令嬢じゃない。もう、犠牲者じゃない。私は、獅子頭橙子であり、オランジェット・ドナーであり、今夜、この手で全てを奪い返す女だ。階段を駆け上がる。二十の足音が、1つの咆哮となって王宮を震わせた。さあ、決着だ。
扉が蹴破られた瞬間、轟音と共に二人の衛兵が吹き飛んだ。ガシャン!甲冑が床に激突し、血の飛沫が大理石に散る。バイキングの戦斧が振り下ろされる寸前、衛兵の喉元に槍が突きつけられた。「現国王陛下を、あの毒で蝕んだのはお前たちだろ」低く、怒りで震える声。
槍を持つ男の瞳は、家族を疫病で失った民の代表だった。回廊の左右で弓弦が鳴る。ビュン! ビュン!矢は正確に、黒百合の紋章を付けた衛兵たちの右腕を貫いた。剣を落とし、悲鳴を上げて膝をつく彼らを、私たちは踏み越える。矢を放ったのは、かつて王太子暗殺の濡れ衣で家族を処刑された者たちだ。その矢に込められたのは、国民の溜まりに溜まった不満と怒りそのものだった。
「道を開けろ」
レオンが低く唸るような声で言う。衛兵たちは波が引くように両脇に後づさった。すると蝶番の音が鈍く響き、玉座の間の大扉が、ゆっくりと開かれた。中央に据えられた黄金の玉座が、燭台の火を受けて鈍く光る。
その上に座るヴィンセント公爵は、黒と銀の礼装を纏い、まるで夜そのものを形にしたような静けさを漂わせていた。紫の瞳が、私たちを、いや、私だけを、じっと見据える。口元が、ゆっくりと弧を描いた。
「遅かったね、オランジェット嬢……いや……今は、獅子頭橙子、だったかな?」
嘲笑とも慈愛ともつかぬ声が、玉座の間に響く。レオンが剣を半分抜き、リバーが短剣を握りしめた。仲間たちの背後で、弓が引かれ、戦斧が低く唸る。私は一歩だけ前に出た。
「ヴィンセント・ド・ランフォード……てめぇは今夜、ここで終わりだ」
公爵は小さく笑い、玉座から立ち上がった。黒いマントが波のように広がり、階段を、一段、また一段、降りてくる。
「終わり? いいえ、始まりだよ……私の王座への、第一歩が」
その瞬間、玉座の両脇の扉が開き、黒百合騎士団の重装兵が、壁のように立ち塞がった。ヴィンセントは最下段で立ち止まり、私に向かって優雅に片手を差し出した。
「さあ、オランジェット嬢。最後の舞踏を、踊ってくれないか?」
燭台の火が、紫の瞳に妖しく灯る。
「テメェ!何が最後だ!」
ミランジェットが、ヴィンセントの背後からゆっくりと現れた。白いドレスに、プラチナブロンドの髪を高く結い上げ、まるで人形のように完璧な微笑みを浮かべている。でも、その瞳は、狂っていた。
「オランジェット……やっと来たのね」
薔薇のように可憐な声。
「あなたはここで死ぬの。私がドナー伯爵家の後継……そして、王妃になるの」
でも、底に這う毒が、私の皮膚を粟立たせた。
私は一歩、また一歩と前に出た。
「王妃?」
私は、はっきりと笑った。
「ヴィンセントに捨てられたら、お前はただの“使い終わった人形”だよ、ミランジェット」
彼女の微笑みが、ピクリと歪む。
「黙って!」
ミランジェットが叫び、ヴィンセントの袖を掴んだ。
「公爵様!早くこの女を!この汚らしい裏切り者を!」
ヴィンセントは、振り向かない。ただ、静かに、冷たく、言った。
「ミランジェット嬢。君の役目は、もう終わったよ」
瞬間、ミランジェットの顔から血の気が引いた。
「……え?」
「王太子は死んだ。つまり、君はもう必要ない」
ヴィンセントはアレクシス王太子が毒で死んだと思い込んでいる。ヴィンセントが初めて、ミランジェットに振り返る。その紫の瞳に、感情は一滴もなかった。
「さあ、退いてくれ。邪魔だ」
ミランジェットの唇が震え、次の瞬間、彼女は私に向かって、狂ったように叫んだ。
「嘘よ!私が……私が王妃になるって約束したのに!」
私は、静かに短剣を抜いた。
「約束?あんたは最初から、捨て駒だったんだよ」
そして、はっきりと言った。
「ミランジェット・ドナー。お前の罪を、今ここで清算する」
私は一歩で距離を詰め、ミランジェットの長いプラチナブロンドを左手で鷲掴みにした。
「この世界舐めると、痛い目見るぜ!」
短剣が弧を描く。ザシュッ!美しい髪が束ごと宙を舞い、白い頬に赤い線が走る。刃は皮一枚、浅く裂いただけなのに、血がぽたぽたと大理石に落ちた。
「きゃあああああああっ!」
ミランジェットは両手で顔を覆い、壁の大きな鏡に映る自分の姿を見て、絶叫した。髪は肩より上でばさばさに切り揃えられ、右頬に真っ赤な傷が走っている。完璧だった仮面が、たった一太刀で、崩れ落ちた。
「いや……いやぁぁぁっ!! 私の顔が! 私の髪が!!」
彼女は床に崩れ落ち、鏡に向かって這いずりながら、狂ったように泣き叫ぶ。私は短剣を逆手に持ち替え、冷たく見下ろした。
「痛いか?怖いか?これがお前が私にしたことの、百分の一だ」
ヴィンセントは静かに拍手した。
「素晴らしい。だが、まだ終わっていないよ、オランジェット」
私は振り返らず、ミランジェットの髪をさらに強く引っ張り上げた。
「次はお前の番だ、ヴィンセント……この妹を使って、私を殺そうとした罪……、王太子殺害の罪、全部、吐いてもらう」
燭台の炎が激しく揺れ、ヴィンセントの暗い紫の瞳を照らし出した。
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