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私は隠し部屋で、ブルーノとグレンのやり取りを聞いていた。
私はブルーノがスティナとグレンの子供だと知っていたが、あの二人が当人に打ち明けるとは思わなかった。壁の外から否定するブルーノの声が聞こえたが、悲痛な叫びのように感じた。
遂に三人の生活を始められると浮かれていたスティナはその気でないグレンに殺されたようだ。
元々、グレンにスティナに対する愛情はなかった。
ソルテラ伯爵家の内情を知るために、スティナを利用していただけ。
(グレンはブルーノを必要としている)
ブルーノも殺されるのではと不安だったが、彼はオリバーの次に秘術を放つことのできる逸材。
保護する価値があるとグレンは言った。
ブルーノの身の安全は約束される。
彼の気持ちはどうあれこの場から生き残れる。
(グレンが言ったことが本当なら、オリバーさまはマジル王国に保護されている)
秘術を放ったオリバーの行方が気になっていたが、彼はマジル王国に保護されているらしい。
だから、水晶が青白く光らないわけだ。
【時戻り】を起こしてこの場から逃げることもできない。
「エレノアさま、そちらにいらっしゃいますね」
「……」
壁の向こう側でグレンが私に語り掛けている。
私は沈黙を貫いた。
「アリアネ元帥も心配しております。さあ、マジル王国へ共に帰りましょう」
私の居場所はスティナが伝えてしまった。
もう、私の逃げ場はないんだ。
覚悟を決めた私は、肩掛けバックの紐をぎゅっと掴み、隠し部屋から一歩出た。
「あ、ああ……」
凄惨な光景を目にし、自然と声が漏れる。
オリバーの部屋にいたというのに、周りはソルテラ伯爵邸の跡形もない。
二発の遠隔兵器のせいで、屋敷が無くなってしまった。
この惨状だと、メイド長を除く同僚は皆、亡き者となっているだろう。
「ひどい、どうしてこんなことを……」
私は怒りをその場にいたグエルにぶつける。
グエルはずっと笑みを浮かべており、気味が悪かった。
「それはマジル王国の繁栄のためです」
「だからって、カルスーン王国を攻撃しなくてもいいでしょ!!」
「元帥の娘であるあなたが、何を言っているのです?」
グレンは私の発言に驚いていた。
私は元帥である父に、戦争になった場合、敵国が再建不能になるまで攻めること、他国の文化はマジル王国に有益なもの以外、全て滅ぼすことと教え込まれていた。
そんな私が、マジル王国の行いに激怒したのは、カルスーン王国へ家出をし、ソルテラ伯爵邸のメイドとしてオリバーや同僚と生活を共にしてゆくうちに考えが変わったからなのかもしれない。
「お前……、マジルの人間だったのか?」
「ブルーノさま……。その通りでございます」
グレンの後ろにブルーノがいた。
ブルーノは憎悪の表情で私を睨んでいる。
私はブルーノの言葉に肯定した。
「屋敷に攻撃が来ることも知ってたよな、お前、俺たちの情報をマジル王国に売っていたのか?」
「違います! 私はーー」
「お前さえいなければ母さんは!!」
ブルーノは私に近づき、暴力を振るおうと拳を振り上げるも、グエルが私たちの間に割り込んだ。
「このお方は、本来僕たちが口をきける相手ではない。立場をわきまえろ」
「……」
グエルがブルーノを制する。
ブルーノは顔をしかめ、拳を下ろした。
「さあ、アリアネ元帥の元へまいりましょう」
「……分かりました」
グエルは私に手を差し出した。
この手を取れば、私はマジル王国アリアネ元帥の娘としての生活に戻ることになる。
私はそれが嫌だったから、カルスーン王国にソルテラ伯爵家のメイドとして働いていたのに。
もう、逃げ場はない。
私はグエルの手を取った。
これで私の家出は幕を閉じたのだった。
☆
その後、私たちは資料室に身を潜めていたメイド長を瓦礫の山から救出し、遠隔兵器で壊されたソルテラ伯爵邸を出た。
そこから少し歩くと、巨大な飛行艇が一隻停泊していた。
この飛行艇はマジル王国が誇る技術の結晶。
空を高速で移動できる乗り物で、マジル王国からここまでなら半日で到着する。
「グエル諜報員」
私たちの目の前に、武装した大勢の兵士を連れた筋肉粒々な大柄の男が現れる。
一般兵とは違う豪華な上着を身に着けており、周りとは位が違うのだと一目でわかる。
白髪が混じった栗色の髪をかき上げ、前髪を整髪料できっちりまとめ上げている。眉は太く、それはいつも吊り上がっており、鋭い眼差しと相まって、常に睨まれれば殺されそうな強面な表情を生み出している。
そんな男が、渋い声でグエルを呼んだ。
「はっ」
グエルは私の手を放し、その男に向けて敬礼をする。
「二十年に渡るカルスーン王国への潜伏、そして元ソルテラ伯爵夫人の篭絡、ご苦労であった」
「元帥の激励、身に染みる想いです」
「そなたとメリルの情報は、ソルテラ伯爵の動向と思惑を把握するのに非常に役に立った」
「お初にお目にかかります」
メリルというのは、メイド長の名前である。
グエルとメリルにねぎらいの言葉をかけた男は、マジル王国軍元帥カリオン・ビール・アリアネ。
私の父だ。
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