少し泣いたあと、すちの胸の中で落ち着きを取り戻したみことは、ぽかぽかとした空気の中で目をこすっていた。
そこへ、ひまなつがタオルを片手にそっと近づく。
「みこちゃん、お顔べたべただよ。拭いてもいい?」
ひまなつはしゃがみ込み、優しく声をかける。
みことは最初、少しだけすちの服をぎゅっと掴みながらためらう。
でも、すちがにっこりと頷いて「大丈夫、ひまちゃ…なっちゃんは優しいよ」と言うと、 みことはゆっくりと首を縦に振った。
「……なっちゃ、やさしぃ……」
小さな声でそう呟きながら、タオルでそっと頬を拭かれると、みことはふにゃっとした笑顔を浮かべる。
「なっちゃ……ありがと」
「うわぁ、かわい……! いい子だねぇ、みこちゃん!」
ひまなつはたまらず笑いながら頭を撫でる。
すちの腕の中にいたみことは、気づけば自分からひまなつの方へ手を伸ばしていた。
「なっちゃ、すき」
その言葉に、ひまなつは思わず顔をほころばせる。
しかしその様子を見ていたすちは、少しだけ頬を引きつらせた。
「……みこちゃん、ひまちゃんのこと好きなの?」
「うんっ! すちのつぎに、なっちゃ!」
満面の笑みでそう答えられ、すちは一瞬言葉を詰まらせる。
「そっか……“つぎに”ね……」
ひまなつが苦笑いしながら「いやいや、順番つけなくていいから」と慌ててフォローするが、 すちは小さくため息をついて、みことの頬をぷにっとつまむ。
「みこと、あんまり“なっちゃ”ばっかり見てたら、俺、やきもち焼くよ」
「やきもち……?」
「そう俺の“みこと”だからね?」
みことは首を傾げながらも、ちょこんとすちの胸に頭をくっつけて、
「すちだいすき…!…なっちゃも、すき!」
と、にこにこ顔でまとめてしまった。
「……うん、まあ……いっか」
頬を緩ませながらも、どこか照れくさそうに笑うすち。
遠くで見ていたらんがぽつりと漏らす。
「すち、完全に親バカの顔してんな……」
「いや、恋人バカだろ」
いるまがぼそりと返し、 こさめは笑いをこらえきれずに肩を震わせた。
ひまなつたちが作った煮込み料理のいい匂いが漂ってくる。
リビングの照明が少し落とされ、テーブルの上には湯気の立つ皿が並び始めていた。
「みこちゃん、これ座布団ね〜。こっちに座ろっか」
こさめが笑顔で案内すると、みことは少し不安げにすちを見上げた。
「大丈夫、俺が隣にいるから」
すちは小さく頷いて、みことを自分の隣の椅子に座らせる。
テーブルの上には、すちが持参した小さなスプーンとフォーク、 そして軽くて割れにくい子ども用の食器が並べられていた。
「これ、みこと用?」
「うん。もしものために家から持ってきた」
「……すち、なんでも準備してんね」
すちは苦笑しながら、煮込みハンバーグを小さく切り分け、 ふうふうと息を吹きかけてからスプーンですくい上げた。
「熱くないよ。はい、あーん」
みことは最初、口を開けるのをためらっていたが、 すちのやさしい目に見つめられ、ゆっくりと「あむ」と食べた。
「おいしい?」
「……おいしい……すちのふうふうのあじする」
みことの頬がほんのり赤くなり、テーブルの周囲から「かわいい……!」という声が漏れる。
「よかった。ほら、次も――」
すちはそのまま何度もスプーンを口元へ運ぶ。
けれど、三口目を食べたところで、みことはぷくっと頬を膨らませた。
「……じぶんでたべられるもん」
スプーンを持つ小さな手をひょいと伸ばして、 みことは自分で掴み取ろうとする。
「できるの。だって、おっきかったとき、じぶんでたべてた」
その言葉にすちはハッと目を瞬く。
――おっきかったとき。
ほんの少しだけ、記憶の端に残っている“元の自分”の姿。
みことは小さな眉を寄せながらも、 手をぷるぷる震わせてスプーンをすちの皿に突っ込む。
上手くいかない。少しこぼしてしまう。
「あっ……」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとこぼれただけ」
すちは慌てずに手を拭いてやり、
それでも「やるの」と主張する彼の手を包むように持った。
「じゃあ、一緒にやろっか」
「……うん」
すちの大きな手の中に、みこの小さな手が重なる。
スプーンを一緒に握って、すちがゆっくりと導くように口元へ運ぶ。
その動作を見ていたらんが、思わずふっと笑う。
「やっぱ、親子みたいじゃね?」
「まぁ確かに?」
「でも、いいな。なんか、ほっこりする」
みことは、すちと手を重ねたまま、
小さな声で「すち、だいすき」と囁く。
「俺も、みことがだいすきだよ」
その返事に、みことは照れたように笑い、またスプーンを口に運んだ。
夕食の湯気の中、 笑い声と優しさが、ゆっくりと混じり合っていった。
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