夕食を終えたあと、ひとしきり笑い合いながら後片づけを終えると、リビングにはふんわりとした静けさが戻っていた。
ソファに座るすちは、みことを膝に乗せたまま、ゆっくりと彼の髪を撫でていた。
「いっぱい食べたね、みこと」
「ん……おなかぽかぽか……」
みことはすちの胸に顔をうずめながら、うとうととまどろむ。
そのまま、ちいさな身体がさらに沈み込むように、ふわ、と眠りの世界に落ちていった。
すちはその温もりを胸に感じたまま、いつの間にかまぶたを閉じていた。
「……あー、充電切れたな、完全に」
らんが苦笑混じりに言うと、ひまなつが「だな」と肩をすくめる。
こさめといるまもそっと毛布をかけ、リビングの照明を少し落とす。
「みんな泊まってけよ」
「助かる。すち、限界っぽいしな」
そのとき――
すちの胸の中で眠っていたみことが、ゆっくりと目を開けた。
「……すち?」
眠たげな声で呼んでも、すちは微動だにしない。
すうすうと安らかな寝息が聞こえるだけだった。
「……ねてる……」
小さな手で頬をつん、と触れ、何度か呼んでみるけれど、すちは起きない。
その様子を見ていたひまなつが、そっと近づいた。
「みこちゃん、お風呂入ろっか? すちは疲れちゃってるから、なっちゃんと入ろ?」
「……すちがいい」
「うーん…でもね、すち、がんばりすぎちゃったみたい。ちょっとだけ、寝かせてあげよっか」
ひまなつは腰を落として、目線を合わせるように話す。
みことは小さな手でぎゅっと服の裾を握りしめて、うつむいた。
ほんとは、すちと入りたかった。
すちのあったかい手で髪を洗ってもらって、背中をなでてもらいたかった。
でも――
ソファで眠る彼の寝顔を見ているうちに、
“いま起こしたらかわいそう”という気持ちがふと芽生える。
「……すち、ねむいんだよね」
「うん。すち、がんばってたからね」
しばらく迷っていたみことは、やがて小さく頷き、 そのままひまなつの裾をきゅ、と掴んだ。
「なっちゃ……おふろ、がんばる」
「……そっか。えらいねぇ」
ひまなつは優しく微笑み、 みことの頭を撫でながら、そっと抱き上げた。
その瞬間、眠っているすちの手がふわりと宙を彷徨い、 まるで無意識にみことを探すように指先が動いた。
それを見て、らんが小声で呟く。
「……ほんと、離れたくないんだな、このふたり」
こさめがくすっと笑って、「どっちもお互いが支え合ってるんよ」と返す。
ひまなつはそのやりとりに小さく頷く。
「じゃ、みこちゃん、お風呂いこっか」
「……うん」
小さな腕がひまなつの首に回る。
その温もりは、確かに“すち”とは違うけれど、 どこか同じようにやさしかった。
湯気がゆらゆらと立ち上がるバスルーム。
湯船の中で、みことはぷかぷかと浮かびながら、 ひまなつの手の中でしゃぼんを掬っては、ぱしゃん、と笑っていた。
「きもちいね、みこちゃん」
「うん……なっちゃのて、あったかい」
ひまなつは微笑んで、みことの髪に泡をつけて優しく撫でる。
(すち、いつもこんなふうにしてるんかな……)
自然とそんな想像が浮かび、 思わず“保護者みたいだな”と小さく笑ってしまった。
そんなとき、みことが突然、首を傾げて言った。
「なっちゃは……むらさきのおにいちゃんが、すきなの?」
「――っ!?」
ひまなつの手がぴたりと止まる。
みことは何も気づかず、湯の中で足をぱたぱたさせながら続けた。
「さっきね、みたの。なっちゃとむらさきのおにいちゃん、おはなししてるとき……
ふたり、にこにこしてた。やさしいおかおだった」
ひまなつの胸が、どくんと跳ねた。
(……まさか、子どもの姿でも、そこまで見てるとは)
泡のついた指先を見つめながら、ひまなつはふっと笑みをこぼす。
「……みこちゃん、するどいなぁ」
「するどい?」
「うん。よく見てるってこと。そうだよ、なっちゃん、紫のお兄ちゃん――いるまが好き」
「ほんとに?」
「ほんと。前からずっと」
ひまなつが照れたように微笑むと、 みことはまるで自分のことのように嬉しそうに、湯船の中で身を乗り出した。
「おんなじ! すちがいちばんすき!」
声が弾んで、湯の表面に波紋が広がる。
ひまなつは笑いながらその小さな頭をなでた。
「そっか。みこちゃんも、すちがだいすきなんだね」
「うん。すちはやさしいの。あったかいの。すちのこえ、すき」
「……ふふ。なんか似てるね」
「なにが?」
「好きなひとの話するときの顔」
その言葉に、みことは一瞬ぽかんとしたが、 すぐににこーっと笑って、ひまなつの頬に湯のしずくを飛ばした。
「なっちゃも、いいおかおしてたよ」
ひまなつは少し照れながら「ありがと」と笑い返し、 そっとタオルを取って、みことの濡れた髪を優しく包み込む。
湯気の中で二人の笑顔が柔らかく溶け合い、 まるでお湯ごと、心まであたたまっていくようだった。
コメント
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すっちーもいるまくんもみんな幸せ者だねぇー( ´˘` )良き良き(*´꒳`*)