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虹執事
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「クソっ! 何なんだ一体!」
そう叫んでいた上官も、しばらくすると再び地面へ倒れ込んだ。
今度こそ、動かない。
辺りは妙に静かだった。
つい先ほどまでの騒々しさが、まるで嘘だったかのようだ。
「……」
俺はしばらく周囲を見回した。
けれど、やはり誰もいない。
その時。
足元に何かが落ちていることに気づいた。
「……ん?」
拾い上げてみると、 それは小刀の鞘だった。
(……なんで、こんなところに?)
頭の中が疑問符だらけになる。
まさか、小刀の柄だけがひとりでに動いて暴れ回った……なんてことはないだろう。
そんなのは魑魅魍魎の類だ。
普通の人間にできる芸当じゃない。
……いや。
この軍には、普通じゃない奴もいる。
第二部隊には妖狐の兵士がいる。
不思議な力で人を惑わせて遊ぶことがあるらしいが、あいつがこんな回りくどいことをするとは思えない。
ユリなら、もしかしたらできるかもしれない。
けれど、あいつは能力を使いたがらない。
もう一人いるのだが……
もしこの場を見ていたとしても、こんな回りくどい真似はしないだろう。
きっと、能力なんて使わずに直接斬りかかる。
(……さすがに違うか)
結局、答えは出なかった。
ただ。
この鞘のおかげで助かったのは間違いない。
少々不気味ではあるが、捨ててしまうのも気が引ける。
ポケットからハンカチーフを取り出し、鞘を丁寧に包み、 そのまま懐へしまった。
持ち主は……目視では確認できない。
(いつか、直接礼が言えたらいいんだけど)
そんなことを考えながら、俺はまだ地面に倒れたまま動かない上官を一瞥した。
(……まあ、こいつは置いていこう)
そうして、俺は自分の部屋へ戻ることにした。
その姿が建物の中へ消えていく。
それを確認してから。
塔の上に佇んでいた影が、ふっと息を吐いた。
「……ふぅ」
眼下に広がる広場を見下ろす。
先ほどまで、あの子がいた場所。
無事に戻ったことを確認すると、その人物は小さく喉の奥で笑った。
「ふふっ……」
頭から被った白い布を、さらに深く被る。
「今日は月が綺麗ねぇ……」
そう呟く。
そして。
一歩、踏み出した。
当然、その先に足場などない。
目も眩むような高さから、悠々と身を投げる。
けれど、落下するはずの巨体は途中でふわりと身を翻した。
月明かりの中を舞う、長い耳。
白い布が風を孕んで大きく揺れる。
そしてその姿は、まるで夜の闇と月の光へ溶け込むように、静かに消えていった。
コメント
1件
第8話、読み終えました! 不気味だけど確かに助けになった鞘、そして塔の上から見守る白い布の影…この対比がすごく面白かったです。主人公が「直接礼が言えたら」と思いながらも正体を掴めないもどかしさと、最後の「月が綺麗ねぇ」からの舞うような消失シーンがとても美しくて、妖狐やユリの名前も出てきたので今後の伏線として気になります。続きが楽しみです!