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「どうし…」
「しっ…!」
怪訝な顔をするノアに向かって、僕は人差し指を唇に当てる。
まずい。心音が聞こえるんじゃないかと思うくらいに心臓が激しく鳴ってる。指先も震える。震えを止めようと固く握りしめた手のひらに汗がにじみ出る。
その時、背後から声をかけられた。
「おい、そこの少年。俺達は咎人を捜している。珍しい銀髪の、おまえと同じ年頃の少年だ。見なかったか?」
「え?」
僕は机の上に置いた両手を更に固く握りしめた。だけどすぐに弛めて、ノアに微笑んだ。
ノアが僕を匿う理由はない。素直に話してくれて構わない。とっくに覚悟はできてたんだから。
ノアは僕の目を見つめると、視線を上げてはっきりと言った。
「見てないです。そいつ、何したんですか?」
「そうか。だが見かけたらすぐに知らせてくれ。俺は数日この街にいる。理由は知らなくていい」
「わかりました」
ノアが頷くと、数頭の馬の足音が遠ざかり、緊張に包まれていた空間が穏やかになった。
僕は細く長い息を吐き出してノアを見る。
「ノア、ありがとう」
「なにが?」
「僕のこと黙っててくれて…」
「あれってフィルのことだったのか?だって銀髪は珍しいけど他にもいるだろ?」
「ノアは…優しいね。あの男が捜しているのは僕だよ」
ノアは無言で残りの料理を平らげ、お金を置いて僕の腕を引きながら店から離れる。建物と建物の間の人気のない路地に入ると、ようやく足を止めて僕を見た。
「フィルは悪人に見えないけど」
「うん、悪人じゃないよ。自分で言うのもなんだけど」
「じゃああいつはなんでおまえを咎人って言ってるんだ?」
「…僕がまだ生きてることが罪だから」
「はあ?なんだそれ?そもそもおまえとあいつの関係って…」
「悪いな、少年」
「あっ!」
ノアが僕の頭上を見て声を上げる。
突然背後から伸びてきた手にフードを脱がされた。慌てて振り向いた僕の目の前に、よく知る男が立っている。先程の騎士だ。
「やはりあなたでしたか。捜しましたよ王女様。…いや、王子様だったかな?」
「トラビス…どうしてここに」
「俺の部下があなたの始末に失敗をしましたからね、俺が自らあなたを始末する為に捜してたんですよ。まさか隣国にまで逃げていたとは」
「僕は国には帰らない。何も話さない。だから放っておけばいいだろう」
「王の絶対命令が出ているので無理です。それに俺が!あなたを放っておけない!」
「僕に負けっぱなしだから?」
僕の言葉にトラビスの表情が一瞬で変わる。皮肉るように少し笑っていた顔が、なんの感情も見られない人形のようになった。
「…そうだ。男のくせに女だと騙していたことも許せない。そんなにひ弱な体つきのくせに俺に屈しなかったことも許せない」
「ただの僻みだな」
「うるさい」
トラビスの手が動き僕は素早く剣を抜く。鉄がぶつかる高い音が響く。
「くっ…!」
「おや、どうしました?これくらい簡単に弾き飛ばしていらっしゃいましたよね?」
「ノアっ、逃げろっ!トラビス、存分に相手をしてやる…だからノアには手を出すな」
「ダメです。そいつはあなたを匿って…」
「トラビス!ノアに…手を出すな」
トラビスの動きが止まる。僕が刃を自身の首に当てたからだ。
それを見たトラビスが舌を打つ。
「チッ…わかりましたよ。おいおまえ、早くここから去れ。そして今見たことは忘れろ、いいな?」
「でもっ」
「ノアっ、行って!本当にありがとう。感謝してる」
「フィル…」
ノアはしばらく戸惑っていたけど、唇を噛みしめると踵を返して走り去った。
「さて、ようやくあなたに勝てると思うと気分が昂るな」
トラビスが切っ先を僕に向けながら笑う。
僕も剣を首から離し、顔の前に構えて深呼吸をする。
「そう?ラズールに鍛えられたから僕は強いよ?」
トラビスが口角をにぃ…と上げる。
「そうそう、そのラズールだが、あなたがいなくなってすぐに王女様の側近になったぞ。王女様の一番のお気に入りで片時も傍を離れん。呪われた王子を捨てて上手いことやったよなぁ」
「……そう」
僕の胸がズキンと傷んだ。胸を刺されたのかと思うほどに痛い。わかってたことだけど実際に聞くと辛いな。ラズールだけはずっと僕の味方だと信じていたから。もう僕の味方は誰もいない。
そう思ったから伸びてきた剣先を弾こうとも避けようともしなかった。
腕を狙ったらしいトラビスの剣は、吸い込まれるように僕の右腹を貫いた。
僕は腹を見てトラビスを見上げた。
自分で刺したくせに、なぜかトラビスは驚いた顔をしている。
やっと勝てたんだからもっと嬉しそうにすればいいのに…と目を細めた直後に僕は力尽きた。立っていられなくなった身体を誰かに支えられた気がするけどよくわからない。意識を失う直前に、魔獣や盗賊に殺されるよりは知っている人に殺されるならいいか、と安堵した気がする。
朦朧とする意識の中、身体を拭かれ、口の中に液体を入れられ、傷口をひどく弄られた気がする。傷口を弄られた時の痛みは尋常じゃなく、僕は意識のないままに暴れた。その時に何度も「大丈夫だ」という声を聞いた。リアムの声に似ていた。でもきっと違う。リアムは今頃トルーキルに向かってる。というか痛みがあるということは僕は死んでないの?でもトラビスが僕を助けるなんて有り得ない。もしかしてノア?また助けてくれたの?
「ちょっと!それ大丈夫なんですかっ!すっげー痛そうですけどっ」
「深い傷だから麻酔の薬草が効きづらいんだ!だが大丈夫だ。最高の治癒を施してる。絶対に死なせない!」
「ああっ、こんなに汗かいて涙も出てる!フィルっ、頑張れっ、おまえは強いぞ!」
「君、向こうに行ってくれないかな。うるさくて医師が困ってる」
「くっ…、フィルを死なせたらあんたを許なさいからな!」
「少年っ、なんて口を…!」
「いい。わかってるから早く行け」
どかどかと鳴る足音の後に扉が閉まる音がする。
騒がしいのとあまりの痛みに、僕は覚醒した。ぼんやりとする頭でノアの声がわかった。すごく怒っていた。でも、あと二つの声がしたな。そのうちの一つは…リアム?
「…リア…ム?」
「フィル?気がついたのかっ」
とてもゆっくりと瞼を開けると、白くぼやける視界にリアムの綺麗な金髪と紫の瞳が見えた。
もう二度と会えないと思っていた人が目の前にいる。嬉しくてもっとよく見たいのに、僕の視界が更にぼやける。
「どうした?辛いのか?痛いよな…」
リアムが手のひらで僕の頬を拭う。
僕の目からは次から次に涙が溢れて止まらない。
「ちがっ…どうして…」
「ん、詳しくはフィルが元気になってからな。今は早く傷を治すことだけを考えろ」
「うん…いっ」
「痛いよな…ごめん。助けるのが遅れてごめん…」
僕が痛みに顔を歪ませていると、ギシッと音が鳴りリアムが僕の隣に寝ころんだ。そして手を振って白い服を着た男の人を部屋から退出させる。その手で僕の頭を抱き寄せて、銀髪に唇を寄せて囁く。
「もう大丈夫だ。俺の心音を聞いてろ。だんだんと痛みが引いてくる」
「うん…」
不思議だ。あんなに痛かったのに、リアムの体温と匂いに包まれたら嘘のように痛みが引いていく。それにとても心地いい。もしかするとこれが幸せというものなのかな。
「フィル、俺は…迷ってるんだ」
「ん…?」
リアムが何か言ってる。
でも瞼がとても重くて、何のことかを聞けないままに、僕はまた眠りに落ちた。