戦場の花

☕ 第七章：相談と嫉妬、団長の静かなる苦悩団長室の「異常」な光景

その日、エルヴィンは執務室で大量の報告書に目を通していた。朝食を摂る時間も惜しみ、冷えたコーヒーを飲みながら作業を続けていると、廊下から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「…いいか、サクラ。この食器の置き方はな、汚れが落ちにくい角度なんだ。なぜ理解できねぇ。一から教え直してやる」

「ごめんなさい、兵士長！でも、昨日の訓練メニュー、増やしてもらったので、今日は少し眠くて…」

「眠いだと？…仕方ねぇな。今日は午前中の訓練は体術だけにしろ。午後から俺がお前に最適な**『休憩計画』**を立ててやる」

それは、リヴァイとサクラの声だった。彼らが共にいることは日常だが、その会話の内容は、まるで新婚夫婦の日常のような、穏やかで私的な空気感をまとっていた。

エルヴィンは立ち上がり、扉を少し開けて外の様子を窺った。

リヴァイは、サクラの小さな頭に優しく手を置き、その表情は極度に穏やかだった。リヴァイ兵士長が他の誰かに見せることのない、**極めて私的な「愛情」**の表情。サクラもまた、リヴァイの小言に辟易しつつも、心から彼を信頼している様子が伺えた。

その光景に、エルヴィンの心臓は、書類整理では感じることのない、静かで重苦しい嫉妬に支配された。

（リヴァイ…君は、彼女が最強の兵士だと分かっているはずだ。それなのに、あの溺愛は変わらないのか）

エルヴィンは、サクラが**『人類の希望』であると同時に、『自分自身の心の支え』**であると信じていた。しかし、サクラの最も自然な笑顔を引き出しているのは、自分ではなく、リヴァイのように見えた。

ハンジへの相談

その日の午後、エルヴィンはハンジを執務室に呼び出した。

「ハンジ。緊急で相談したいことがある」

エルヴィンが私的な感情でハンジを呼び出すのは極めて異例なことだった。

「どうしたんだい、エルヴィン？顔色が優れないよ。巨人との新たな脅威かい？」ハンジはいつもの通り眼鏡を光らせた。

エルヴィンは冷静さを装い、両手を組んだ。

「リヴァイとサクラのことだ。私は、サクラを戦略の核として考えている。しかし、リヴァイは、彼女の強さを目の当たりにした後も、私的な庇護の感情を捨てていない」

「ああ、あれかい。リヴァイはサクラちゃんに対して異常なほど過保護だよね。まるで雛鳥を育てる親鳥のようだ」ハンジは笑いながら言った。

「その『親鳥』の行動が、私の計画の障害になりかねない。彼のサクラへの接近は、必要以上に多く、プライベートに及んでいる。君は、どう思う？」

ハンジは、エルヴィンの顔をじっと見つめた。彼女は、エルヴィンが語る「計画の障害」という言葉の裏に隠された**『個人的な感情』**を鋭く見抜いた。

「エルヴィン。それは、本当に『計画の障害』かい？それとも、キミがリヴァイの存在を邪魔だと感じているだけかい？」

エルヴィンは微かに目を見開いたが、すぐに表情を戻した。

「…私の懸念は、二人の関係が兵団の規律を乱すことだ」

「フフフ。規律なんて、キミが最も気にしないことの一つだろう。リヴァイとサクラちゃんは、互いに心を開き、最高のパフォーマンスを発揮している。キミは、サクラちゃんが持つ**『純粋な安らぎの要素』**を、リヴァイに奪われていると感じているんだろ？」

ハンジの直接的な指摘に、エルヴィンは沈黙せざるを得なかった。彼は、人類のために尽くす冷静な団長だが、同時にサクラという存在を精神的な拠り所として強く求めていた。

「ハンジ。私は…リヴァイがサクラに示す『特別扱い』が、時に過剰で、不必要だと感じている。彼女はもう、私たちが守らなければならないか弱き存在ではない。彼女は、戦える。そして、私の傍で、情報分析という重要な役割を担うべきだ」

エルヴィンは、**「自分の傍にサクラを置きたい」という本心を、「戦略的必要性」**という言葉で懸命に覆い隠していた。

ハンジはため息をついた。

「エルヴィン。キミたち二人は、サクラちゃんという存在を巡って、戦場とは別の場所で戦っているんだよ。溺愛しているのは、リヴァイだけじゃない。キミも、彼女の全てを独占したいと思っている。…それを解決するには、キミ自身が、彼女に率直な気持ちを伝えるべきじゃないかい？」

ハンヴィからの予期せぬ「恋愛相談」のような助言に、エルヴィンは、硬い表情のまま、冷えたコーヒーを飲み干した。

「…君の言いたいことは分かった。だが、私には、人類のためにすべきことがある。個人的な感情で、戦略を曲げるわけにはいかない」

しかし、エルヴィンの目は、リヴァイとサクラが仲睦まじくしていた廊下の方向を、じっと見つめていた。彼の心の炎は、リヴァイへの嫉妬と、サクラへの深い愛情によって、静かに燃え上がっていた。