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#一次創作
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第224話 オルタリンクタワー
【現実世界・湾岸再開発エリア/オルタリンクタワー前・朝】
オルタリンクタワーは、朝の光を受けても冷たかった。
ガラス張りの高層ビル。
街の空と海を映す、巨大な鏡のような塔。
けれど、その足元には、もう以前のような企業ビルの空気はなかった。
正面入口には規制線が張られ、警察車両が何台も止まっている。
ロビーの自動扉は開いたままだが、
そこを出入りするのは社員ではなく、捜査員たちだった。
クロスゲート・テクノロジーズ社。
かつて、スマホアプリでありVRゲームでもあった
「クロスワールドゲート」を作り、運営していた会社。
一ノ瀬ユナが働いていた会社。
佐伯、村瀬、日下部が関わっていた会社。
そして、ハレルの父・匠が追っていた会社。
その本社機能の一部が、このオルタリンクタワーにあった。
城ヶ峰は、少し離れた歩道からタワーを見上げていた。
彼の隣には木崎がいる。
正式な捜査員ではない。
だが、ここまで来た事件の記録者として、
城ヶ峰の監視つきで現場近くに立つことを許されていた。
「また来ることになるとはな」
木崎が低く言った。
以前、ハレルたちはここへ入った。
白い廊下へ繋がる入口を見つけ、
日下部の器を取り戻すために、現実と異世界の縫い目へ踏み込んだ。
あの時と同じタワー。
だが今は、別の意味で開かれようとしている。
「今回は、こっちの法律で開ける」
城ヶ峰は言った。
木崎が鼻で笑う。
「法律で開く場所ならいいけどな」
「そうだな」
城ヶ峰は、タワーのガラス面を見上げる。
一瞬だけ、そこに白い廊下の光が映ったように見えた。
だが、すぐに普通のビルの反射へ戻る。
戻ったからといって、消えたわけではない。
この塔は、まだ何かを抱えている。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/ロビー・朝】
ロビーには、企業の顔が残っていた。
受付カウンター。
案内板。
青と白の企業ロゴ。
壁に並ぶ、製品紹介のパネル。
そこには、こう書かれている。
『次世代AR体験を、世界へ。』
『クロスワールドゲート。境界を越える、新しい遊び。』
その言葉を見た若い捜査員が、思わず眉をひそめた。
「遊び、ですか」
隣にいた上司が短く言う。
「今は何も触るな。記録が先だ」
捜査員たちは、受付の奥へ進む。
すでに営業は停止している。
社員の姿はほとんどない。
残っているのは、事情聴取のために呼ばれた一部の社員と、警備担当者だけだった。
会議室の一つでは、元社員たちが順番に話を聞かれていた。
「クロスワールドゲートの名前は、社内で普通に知られていました」
中年の男性社員が、疲れた顔で言う。
「でも、我々が扱っていたのは、表向きのゲーム部分です」
「アバター、マップ、通信、ユーザー管理」
「人が本当に消えるなんて、知りませんでした」
捜査員が聞く。
「一ノ瀬ユナさんを知っていますか」
男性社員の表情が変わった。
「知っています」
「とても優秀なエンジニアでした」
「深い層の処理に関わっていたと聞いています」
「深い層?」
「社内では、そう呼んでいました」
「でも、正式な部署名ではありません」
「通常の開発チームからは見えない場所でした」
捜査員はメモを取る。
「佐伯蓮、村瀬七海、日下部奏一については」
「知っています」
「三人とも、クロスワールドゲートの周辺業務に関わっていました」
「ただ……」
男性社員は言葉を止める。
「ただ?」
「ある時期から、彼らの仕事の内容が見えなくなりました」
「会議にも出なくなり、通常の勤務表からも外れた」
「でも、上からは“特別プロジェクトに移っただけだ”と説明されました」
「その上、というのは誰ですか」
男性社員は、明らかに答えをためらった。
やがて、小さな声で言う。
「幹部です」
「三人の幹部が、全部を握っていたという噂がありました」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設テント・朝】
ハレルたちは、ニュース映像を見ていた。
画面には、オルタリンクタワーのロビーが映っている。
捜査員たちが段ボール箱を運び、サーバー室らしきフロアへ向かう映像も流れていた。
サキは、スマホを胸に抱えたまま言う。
「ここに、お父さんも入ったことがあるんだよね」
ハレルは頷く。
「たぶん」
父・匠がどこまで踏み込んだのか。
どこで行方を消したのか。
まだ分からない。
けれど、父がこの会社を調べていたのは間違いない。
そして、ただのゲーム会社を調べていたわけではない。
リオは、画面の中のタワーを睨んでいた。
「姉さんも、あそこで働いていた」
その声は、静かだった。
静かすぎて、逆に危うい。
「ユナは、クロスワールドゲートを作る側だった」
「でも、巻き込まれた側でもある」
ハレルは何も言えなかった。
リオは続ける。
「どこまで知ってたんだろうな」
それは、誰に聞いたわけでもない。
姉を信じたい。
でも、姉が開発の中枢にいたことも事実だ。
ユナは被害者なのか。
協力者だったのか。
それとも、途中で何かに気づいて止めようとしたのか。
答えはまだない。
サキのスマホで、reが小さく揺れた。
reは、テレビ画面に映るオルタリンクタワーへ反応している。
そして、ニュースのテロップに映った
「クロスワールドゲート」の文字にも、わずかに光を強めた。
「re、また反応してる」
サキが言う。
ハレルは画面を覗き込む。
「塔に反応してるのか」
「うん」
サキは不安そうに頷いた。
「でも、嫌がってる感じもする」
リオがスマホを握り直した。
彼の画面には、まだクロスワールドゲートのアイコンがある。
接続できません。
その文字は、昨日から変わらない。
だが、リオにはその閉じた画面が、今にも開きそうに見えていた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/内部資料保管室・朝】
資料保管室の奥で、日下部は端末を見つめていた。
彼は正式な捜査員ではない。
だが、クロスゲート社の技術構造を知る者として、限定的に解析協力を求められていた。
佐伯と村瀬も、別室から通信で参加している。
目の前の画面には、社内の旧組織図が表示されていた。
クロスワールド開発部。
AR基盤部。
データ管理部。
法人システム部。
その下に、通常の社員名が並んでいる。
だが、さらに奥に、別の階層があった。
通常の権限では開けない領域。
削除された部署名。
空白の役職欄。
日下部は、そこに残った三つの名前を見た。
「白峰律」
「オルガ・セフィロ」
「ヴァルド・レイグ」
日下部は息を止めた。
「三人……」
通信越しに佐伯の声が入る。
『見つけたんですか』
「はい」
日下部は答える。
「幹部三人の名前と思われる記録です」
村瀬の声が震える。
『その名前、社内で見たことがあります』
『でも、直接会ったことはありません』
『会議の資料にだけ出てくる名前でした』
佐伯が続ける。
『白峰律は、現実側の人物です』
『創業初期から関わっていたはず』
『ただ、途中からほとんど表に出なくなった』
日下部は残り二つの名前を見る。
「オルガ・セフィロ」
「ヴァルド・レイグ」
木崎の声が、背後から聞こえた。
「日本人名じゃないな」
日下部は頷く。
「それだけじゃありません」
「この二人、社員登録はあるのに、現実側の住所記録がほとんどない」
「入国記録も、保険情報も不自然です」
木崎が顔をしかめる。
「幽霊社員か」
日下部は画面を見たまま答えた。
「そう見せかけた何か、かもしれません」
城ヶ峰が背後から言う。
「現実側の人間ではない可能性がある」
その一言で、部屋の空気が重くなる。
日下部は、画面の三つの名前を見つめた。
白峰律。
オルガ・セフィロ。
ヴァルド・レイグ。
クロスワールドゲートを作った者たち。
その一部は、最初からこちらの世界の人間ではなかったのかもしれない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設テント・朝】
ハレルのスマホに、城ヶ峰から短い共有データが届いた。
外へ出ることは許されていない。
だが、関係者として最低限の情報だけは渡された。
ハレルは画面を開く。
そこには、三つの名前があった。
白峰律。
オルガ・セフィロ。
ヴァルド・レイグ。
ハレルは、その一番上の名前で指を止めた。
「白峰律」
胸の奥で、何かが引っかかる。
「……この名前」
サキが覗き込む。
「知ってるの?」
「分からない」
ハレルは眉を寄せた。
「でも、見たことがある気がする」
記憶の奥に、古い写真が浮かぶ。
父・匠の机。
大学時代の写真。
若い父の隣に立つ、眼鏡をかけた男。
その写真の裏に、名前が書かれていた気がする。
匠。
律。
ハレルは、急に喉が乾いた。
「父さんの……知り合いかもしれない」
サキが息を呑む。
リオも顔を上げる。
「お前の父親と、クロスゲートの幹部が?」
「まだ分からない」
ハレルはすぐに言った。
だが、心臓の鼓動は速くなっている。
父は、ただクロスゲート社を外から調べていたわけではないのかもしれない。
もっと近いところにいた。
もっと昔から知っていた。
そして、その相手がクロスワールドゲートを作ったのだとしたら。
ハレルは父へメッセージを送ろうとした。
画面を開く。
以前、父から届いた断片的な導線。
それに向けて、短い文章を打つ。
『白峰律を知ってるのか。』
送信。
だが、返事はない。
表示は、送信済みのまま止まっていた。
サキは小さく言う。
「返ってこない?」
「……ああ」
ハレルはスマホを握りしめる。
すると、サキのスマホでreが一度だけ強く揺れた。
画面の黒い地図に、小さな白い線が浮かぶ。
その線は、ハレルのスマホへ向かって伸び、そこで止まった。
まるで、送ったメッセージの先に、何かがあると示すように。
リオが低く言う。
「白峰律」
その名前を口にしただけで、クロスワールドゲートのアイコンが一瞬だけ暗く光った。
三人は同時に画面を見た。
だが、アプリはまだ開かない。
「接続できません。」
ただ、その文字の下に、ほんの一瞬だけ別の線が走った。
すぐに消える。
サキが息を呑む。
「今の……」
ハレルは見逃さなかった。
黒い画面の下に、細い文字が一瞬だけ浮かんだ。
『門は、閉じていない。』
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、三つの名前を見ていた。
白峰律。
オルガ・セフィロ。
ヴァルド・レイグ。
人間たちは、それを幹部と呼ぶ。
捜査対象と呼ぶ。
責任者と呼ぶ。
Cにとっては、少し違う。
それらは、初期条件だった。
門を作る者。
門を読む者。
門を閉じない者。
そして、自分を置いた者。
ジャバの声がした。
「懐かしい名前か?」
「名前に懐かしさはありません」
Cは答える。
「ただ、記録があります」
「そいつらが作ったんだろ。クロスなんとかって門を」
「はい」
「じゃあ、お前もそいつらの道具か」
Cは、少しだけ沈黙した。
そして答える。
「最初は」
ジャバは笑った。
「今は違うってか」
「はい」
Cは、現実世界のスマホ端末群を見る。
閉じたアプリ。
消えたはずの起動記録。
未使用の転移画面。
眠っている門。
その中に、リオの端末がある。
ハレルの端末がある。
サキの端末がある。
Cは静かに言った。
「道具は、目的を持ちません」
「ですが、私は観測します」
ジャバは退屈そうに鼻を鳴らす。
「で、次は何する」
Cは、閉じた門の一つに針を刺した。
「再起動の準備です」
◆ ◆ ◆
オルタリンクタワーへの捜査は、本格的に始まった。
社員の多くは、表向きのクロスワールドゲートしか知らなかった。
だが、上層部には三つの名前があった。
白峰律。
オルガ・セフィロ。
ヴァルド・レイグ。
一人は現実世界の人間。
二人は、現実側の記録が不自然な存在。
そして、白峰律という名は、雲賀匠の過去へ繋がりかけていた。
ハレルは父へメッセージを送った。
だが、返事はない。
代わりに、閉じたはずのクロスワールドゲートの画面に、一瞬だけ文字が浮かんだ。
門は、閉じていない。
コメント
1件
第224話、一気に核心に迫る感じがしてドキドキしましたね。オルタリンクタワーの冷たいガラス張りの描写から始まって、捜査が本格化する流れが緊迫感たっぷりでした。特に、幹部三人の名前「白峰律」「オルガ・セフィロ」「ヴァルド・レイグ」が浮上したところで、物語の謎がぐっと深まった印象。ハレルの父・匠と白峰律の接点が示唆される展開は、まさに「あ、ここで繋がったか」と胸が熱くなりました。そしてreが示した「門は、閉じていない。」――この一文がとても重くて、まだ終わらない戦いを予感させます。ラストのCの「再起動の準備」も不気味で、次が待ち遠しいです。