テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第225話 消えた入口
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
仮設通信室といっても、元は職員用の会議室だった。
長机の上に端末が並び、壁には簡易アンテナと白い光具が取り付けられている。
現実側の機械と、異世界側の術式を無理やり同じ部屋に置いたような場所だった。
ハレル、サキ、リオは、そこでイヤーカフの通信を待っていた。
画面には、城ヶ峰から送られてきた三つの名前が表示されている。
白峰律。
オルガ・セフィロ。
ヴァルド・レイグ。
その横に、クロスゲート・テクノロジーズ社の旧組織図。
さらに、オルタリンクタワーの上層階にあった役員区画の配置図。
ハレルは、白峰律の名前を見つめた。
父・匠の古い知人かもしれない男。
クロスワールドゲートを作った可能性がある男。
そして、父が追っていた門の奥にいたかもしれない男。
「ノノに繋がるか」
リオが聞く。
日下部の声が端末から返った。
『細いですが、繋がります』
『長時間は無理です。必要な情報だけ送ります』
画面の端に、ノノの通信表示が浮かんだ。
『聞こえる!』
『こっちはイルダ分析室!』
『ハレル、サキ、リオ、無事?』
ハレルは少しだけ息を吐いた。
「無事だ」
「そっちは?」
『ユナさんは安定。医療棟でイデールが見てる』
『ただ、昨日よりCの残りみたいなノイズが薄く出てる』
『まだ危険域じゃないけど、気持ち悪い感じ』
リオの表情が硬くなる。
「ユナに何かあったらすぐ言え」
『分かってる』
『だから、今はこっちも準備してる』
ハレルは、三つの名前のデータを送った。
「ノノ、この三人に心当たりはあるか」
少し間があった。
白峰律。
オルガ・セフィロ。
ヴァルド・レイグ。
データが異世界側へ渡る。
ノノの声が、一瞬だけ止まった。
『……白峰律は、知らない』
『現実側の人?』
「たぶん」
ハレルは答える。
「父さんの知り合いかもしれない」
『そっちは後で調べる』
『でも……』
ノノの声が、明らかに変わった。
『オルガ・セフィロと、ヴァルド・レイグは知ってる』
リオが顔を上げる。
「王都の人間か」
『うん』
『知ってるどころじゃない』
ノノは、いつもの早口を少し抑えた。
『オルガ・セフィロは、元分析官』
『私が今いる分析系統の、もっと上にいた人』
『直接の上司だった時期もある』
サキが息を呑む。
「ノノの上司……?」
『うん』
『すごく頭が切れる人だった』
『境界地図、観測ログ、名前の揺れ、薄点の反応』
『そういうものを読むのが、異常なくらいうまかった』
ノノは、少しだけ声を落とす。
『でも、ハレルが最初にイルダへ来て、カシウスのことが明るみに出るよりもっと前』
『オルガは王都から消えた』
『行方不明扱いになったけど、詳しい調査記録は途中で止まってる』
リオが低く聞く。
「ヴァルド・レイグは」
『結界術士』
『王都でもかなり有名だった』
『門を閉じる、境界を縫う、通路を固定する』
『そういう術なら、王都でも上位に入る人』
ハレルは画面の名前を見る。
分析官。
結界術士。
そして、現実側のプログラマー。
それぞれの役割が、あまりにも噛み合いすぎている。
ノノは続けた。
『ヴァルドも、オルガが消えたのと同じ時期に王都からいなくなってる』
『当時は、二人が一緒に何かを調べていたって噂があった』
『でも、正式には何も発表されなかった』
サキが小さく言う。
「じゃあ、その二人は……」
『クロスワールドゲートの向こう側に行った可能性がある』
ノノが答えた。
『それも、かなり早い段階で』
部屋の空気が重くなる。
三人の幹部。
一人は現実世界から。
二人は異世界から。
クロスワールドゲートは、最初から二つの世界の裏切り者たちによって作られていたのかもしれない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/上層階・クロスゲート社役員区画・朝】
オルタリンクタワーの上層階は、静かすぎた。
受付。
会議室。
ガラス張りの役員フロア。
高級そうな椅子。
壁にかかった企業理念。
そこには、まだ会社の顔が残っている。
だが、人の気配はなかった。
城ヶ峰は、役員区画の奥にある広い会議室へ入った。
長いテーブル。
壁一面のモニター。
端には、クロスワールドゲートの古いプロモーション映像が停止したまま残っている。
木崎は、部屋の隅から写真を撮った。
「きれいに片付けてあるな」
日下部が端末を見ながら答える。
「ログはほとんど削除済みです」
「残っているのは、表向きの契約書、広報資料、運営報告書」
「本命のデータはありません」
城ヶ峰は驚かなかった。
「当然だな」
木崎が鼻で笑う。
「あんたも期待してなかっただろ」
「ああ」
城ヶ峰は言った。
「カシウス側の人間が、こんな上層階に重要なものを残すはずがない」
日下部は、役員専用端末の中身を確認していた。
「幹部三人の名前は出ました」
「白峰律、オルガ・セフィロ、ヴァルド・レイグ」
「ただし、活動記録は不自然に薄いです」
「消したのか」
木崎が聞く。
「消したというより、最初からここには置いていなかった」
日下部は答えた。
「このフロアは、表の会社を成立させるための場所です」
「株主向け、社員向け、世間向け」
「本当の開発や実験は、別の層でやっていたはずです」
佐伯の声が通信で入る。
『上層階は、会社の顔です』
『働いていた頃から、そうでした』
『本当に深い処理に関わる話は、ここでは出ません』
村瀬も続ける。
『社員証で入れる場所と、入れない場所の差が大きかった』
『入れない場所は、そもそもフロアマップに表示されていませんでした』
木崎はカメラを下ろす。
「じゃあ、肝心なのはやっぱり下だな」
城ヶ峰は頷く。
「地下層だ」
オルタリンクタワーの地下。
以前、ハレルとサキが日下部のコアを奪還するために踏み込んだ場所。
現実側の地下観測制御層。
そして、異世界側のオルタ・スパイア最深部と重なった中枢。
城ヶ峰は無線を開いた。
『地下搬入口へ向かう』
『前回確認した南東サービス導線を再確認する』
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー/南東サービス導線前・朝】
南東の搬入口は、以前と同じ場所にあるはずだった。
正面エントランスから離れた、業務用の裏口。
荷物を運び込むための通路。
表のガラス張りの華やかさとは違う、無愛想な金属扉。
木崎は、その位置を覚えていた。
雨の夜。
濡れた床。
黄線。
排水溝。
鉄柱の基部。
その下を走っていた青白い線。
あの時、ここから入った。
「この角のはずだ」
木崎が言う。
だが、そこには扉がなかった。
金属製の搬入扉もない。
黄線もない。
社員用ロッカーへ続く通路もない。
あるのは、ただのコンクリートの壁だった。
木崎は数秒、言葉を失った。
「……おい」
日下部も端末を見た。
「位置は合っています」
「図面上も、前回の記録上も、ここです」
城ヶ峰は壁へ近づいた。
灰色のコンクリート。
塗装の跡。
ひびもない。
継ぎ目もない。
まるで、最初からここに扉など存在しなかったような壁。
木崎はカメラを構えた。
レンズ越しに見る。
前回は、レンズを通すと青白いノイズが見えた。
石畳の円陣。
地下へ続く補助線。
搬入口の下に走る枝線。
だが今は、何も見えない。
「線がない」
木崎は低く言った。
日下部が端末を壁へ向ける。
「反応なし」
「物理的にも、観測的にも、入口が消えています」
佐伯の声が通信越しに震えた。
『消えた?』
「はい」
日下部は壁を見たまま答える。
「塞がれたんじゃない」
「入口そのものの履歴が消されています」
村瀬が息を呑む。
『前に入った事実ごと、消したってことですか』
城ヶ峰は短く言う。
「可能性はある」
木崎は壁を軽く叩いた。
鈍い音が返る。
ただの壁の音。
その普通さが、気持ち悪かった。
「前回ここに入った俺の記録はどうなる」
日下部は端末を見た。
「映像記録は残っています」
「でも、現在のタワー構造とは一致しません」
木崎は吐き捨てるように言った。
「またかよ」
また、場所がずらされている。
ただし今回は、建物の中で道が変わったのではない。
入口そのものが、存在しなかったことになっている。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/仮設通信室・朝】
日下部から送られてきた映像を見て、ノノは息を呑んだ。
画面には、ただのコンクリート壁が映っている。
だが、ノノはそこに何もないとは思わなかった。
「……消してる」
ハレルが聞く。
「何を?」
『入口の記録』
ノノは答えた。
『扉を閉じたんじゃない』
『搬入口の役割ごと抜いてる』
『こっちで言うなら、通路から“通れる”という意味を消した状態』
サキはスマホを握りしめる。
「そんなことできるの?」
『普通はできない』
ノノの声は硬い。
『でも、ヴァルド・レイグなら、近いことはできる』
『結界術士として、通路や門の意味を書き換えるのが得意だった』
リオが言う。
「じゃあ、オルタリンク側の入口を消したのは、そのヴァルドか」
『本人か、本人の術式か、本人が作った構造かは分からない』
『でも、結界の匂いは近いはず』
ハレルは拳を握る。
「現実側から入れないなら、どうする」
ノノはすぐには答えなかった。
そして、少しだけ声を低くする。
『対応している場所を見る』
『オルタリンクタワーの地下層は、異世界側のオルタ・スパイアとリンクしていた』
『現実側の入口が消えたなら、異世界側の入口にも何か起きてるはず』
リオの目が鋭くなる。
「アデルたちに行ってもらうのか」
『うん』
『今、連絡する』
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/分析室・朝】
ノノは、すぐに通信を切り替えた。
オルタ・スパイアの地図を開く。
以前の潜入記録を呼び出す。
最深部。
昇降環。
裂け目状通路。
重なった中枢。
どれも、あの時のまま残っているはずだった。
けれど、地図の一部に黒い欠けが出ている。
「……やっぱり」
ノノは歯を食いしばる。
通信が繋がる。
『アデル!』
『聞こえる?』
少しノイズの後、アデルの声が返った。
『聞こえる』
『今、警備局だ』
『オルタ・スパイアを調べてほしい』
『現実側のオルタリンク地下入口が消えた』
短い沈黙。
それから、アデルの声が低くなる。
『消えた、とは』
『塞がれたんじゃない』
『入口だったという記録ごと消えてる』
『こっちの対応点も変わってる可能性が高い』
ヴェルニの声が遠くから入る。
『またあの塔かよ』
アデルが言う。
『行く』
即答だった。
ノノは続ける。
『気をつけて』
『オルガ・セフィロとヴァルド・レイグの名前が出た』
『ヴァルドの結界術が残っているかもしれない』
通信の向こうで、空気が変わった。
アデルも、その名前を知らないはずがなかった。
『ヴァルド・レイグか』
その声には、わずかな警戒が混じっていた。
ヴェルニも軽口を止めた。
『王都の結界術士の名前が、現実側の会社の幹部にあるって?』
『冗談じゃねえな』
アデルは短く言った。
『冗談ではないから行く』
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア外縁/朝】
オルタ・スパイアは、王都の外縁に立っていた。
細く、高く、静かな塔。
以前、現実側のオルタリンクタワーと重なり、世界の向きを押しつけ合った場所。
カシウスが中枢に立ち、観測の穴を開いた場所。
そして、木崎たちが中枢ログを奪って逃げた場所。
今は、外から見る限り静かだった。
だが、静かな場所ほど危ない。
アデルは塔の入口前で足を止めた。
ヴェルニが隣に立つ。
「嫌な静けさだな」
「静かすぎる」
アデルはそう答えた。
同行している王国術師が、塔の入口へ手をかざす。
「入口反応、あります」
だが、すぐに表情を変える。
「……いえ、違います」
「入口はあるのに、入口として読めません」
ヴェルニが眉をひそめる。
「どういう意味だよ」
術師は戸惑いながら言う。
「扉はあります」
「ですが、通路へ繋がっていません」
「ただの壁の前に、扉の形だけが置かれているような……」
アデルは剣の柄に手を置く。
「ヴァルドの匂いだな」
塔の扉は、そこにあった。
重い石の扉。
古い魔術紋。
オルタ・スパイアへ入るための正面入口。
だが、その奥から風が来ない。
通路の気配がない。
アデルは低く言った。
「ノノ」
『聞こえてる』
「こちらも同じだ」
「入口の形は残っている」
「だが、通る意味が消されている」
通信の向こうで、ノノが息を呑む。
『やっぱり対応してる……』
その瞬間。
塔の扉の表面に、細い文字が浮かんだ。
王国語でもない。
現実側のコードでもない。
白い線と、黒い点が組み合わさったような文字。
アデルは目を細める。
ヴェルニが低く言った。
「読めるか」
「読めない」
だが、その文字が何をしているかは分かった。
門を閉じている。
いや。
閉じているのではない。
門だったことを、消している。
その時、通信の向こうでサキの声がした。
『reが……動いてる』
アデルは剣を抜いた。
「なら、まだ完全には消えていない」
ヴェルニが拳を鳴らす。
「探すぞ」
オルタリンクタワーの入口は消えた。
オルタ・スパイアの入口も、意味を失っていた。
だが、二つの塔はまだ繋がっている。
消された門の奥で、何かが再起動しようとしていた。
#一次創作
眠狂四郎
590
麗太
593
Cafe Latteベース隊長
48
コメント
1件
第225話、読みました。入口そのものの「記録」ごと消されるって、すごく不気味で…木崎さんの「またかよ」に思わず頷いちゃいました。現実と異世界、両方の入口が同時に“通れなくなる”感じ、二人の世界の歪みがもっと深くなってるのがゾッとします。ヴァルド・レイグの影がここにも…静かに続きを待ってます🌙