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「……」
「……」
気まずい沈黙。
(リュー、怒ってるよね……?)
こちらに向けられたままの背中から、それが伝わってくる。
ついさっき彼が嫉妬すると知ったばかりなのに。
(エルも何もあんなことまで言わなくたって……)
結局この重苦しい空気に耐え切れなくなった私はその背中に声を掛けた。
「リュー、あの、彼は本当に……その、妖精王なんですか?」
「……妖精王エルフェイツィー。奴の名だ」
聞いたことのない怒気を含んだ低い声。
と、彼がこちらを振り向き、私に手を差し出した。
「それを」
「え?」
「さっき奴から受け取った」
「お守り?」
私は手に持ったままの小箱に目を落とす。
「処分する」
「は!?」
まさかの言葉に私は驚く。
「なんで」
「不吉だからだ」
「不吉って……エルはお守りって言ってましたよ!」
そう返すと、彼はこちらに手を向けたままピクリと表情を歪めた。
「コハル」
私は首を振ってその小箱を背中に隠す。
「ダメです。っていうか、なんでそんなにエルのこと「奴」とか「不吉」とか酷い言い方するんですか。同じ王様同士なんでしょう?」
「……この間も言ったと思ったが、奴ら妖精とは基本的に相性が悪い」
「相性って」
確かについ先日そう聞いたけれど。
彼は憎々しげな表情で続けた。
「あいつは特に昔から気に喰わん。勝手で気まぐれで散々人を振り回して、それでいつもああして人を小馬鹿にしたように笑っている」
「そんな……」
(……まぁ、確かにその通りではあるんだけど)
7年前のあれこれを思い出して強く否定出来ずにいると。
「それより、コハルが奴と旅をしていたなど俺は聞いていないが」
ギクリとする。
(やっぱり、そこだよね……)
と、リューが怖い顔でゆっくりこちらに近づいてきて、なんとなく私は後退ってしまった。
「だ、だって、言う機会がなかったですし」
「やけに親し気だったな」
「それは、だって、まさか王様だったなんて今の今まで知らなくて」
「それと、“さっき”とはなんだ。さっき、もう奴と会っていたのか」
まるで尋問されるように次々訊かれて半ばパニックになりながら答えていく。
「えっと、さっき突然バルコニーに現れて、ほんのちょろっとだけ話を」
「バルコニーに? なぜ言わなかった」
「だ、だって……っ」
そこでお客様用のソファに脚が当たり、それ以上逃げ場がなくなってしまった。
「コハル」
「は、はい……っ!」
腕をがしりと掴まれたかと思うと腰に手を回されそのまま私はソファに押し倒された。
「あ……!」
その拍子にエルからもらった小箱が床に落ち、中のブローチがころころと転がっていく。
手を伸ばそうとして、でもリューはそんな私の手を取ると完全に据わった目をして言った。
「今から抱くが、いいな」
「は!?」
ぎょっとして耳を疑う。と、彼は突然大きな声を出した。
「セレストはいるか!」
「――は、ここに」
すぐに扉を開けたセレストさんに、リューは強い口調で告げる。
「この後の予定は全てキャンセルしろ。……誰も通すな」
瞬間セレストさんと目が合って、しかし彼はすぐにその目を伏せ頭を下げた。
「かしこまりました」
そうして扉が閉まってしまって、私は恐る恐るリューを見上げる。
「リュー、冗談ですよね?」
「……」
リューは無言で自分の襟元を緩め、私の上に乗りかかってきた。
こちらを見下ろすいつもは優しい金の瞳がギラギラと光を放っていて、ぞくりと震えが走る。
――それはまるで、『竜』を思わせる眼。
「い、嫌です、リュー離して……!」
恐怖を覚えた私は逃げなければとその肩を渾身の力で押しやる。が、全く動かない。
彼が私の耳元で低く囁く。
「奴にどこまで許した?」
「!? エルとは何も……ひっ!」
急に首筋をべろりと舐め上げられてぞくぞくと鳥肌が立つ。
直後そこにちりっとした痛みが走った。強く口づけられたのだとわかって、そんな小さな痛みがじゅっと言う水音と共に何度も首元を襲う。
「いっ……痛いです、リュー!」
その時ぐいっと強引にドレスの肩口を下げられ露わになった鎖骨にも同じようなキスが落とされた。
そこで下着が見えてしまっていることに気付いてかぁっと顔が熱くなる。
「いやっ、リュー、こんなの嫌です!」
「煩い」
「ふぁ!?」
スカートの中にいつの間にか入り込んでいた大きな手に太腿を撫で上げられて高い声が漏れてしまった。
「そんな甘い声を、奴も知っているのか?」
「――っ!?」
こんな声、自分でも聞いたことなかったのに。
キスだって、こうして身体を触れられるのだって全部、リューがはじめてなのに。
恥ずかしくて、悔しくて、涙が溢れた。
パンっ!
そんな乾いた音が部屋に響いた。
「……コハル?」
赤くなった自分の頬に触れ、リューが呆然と私を見下ろしている。
私はそんな彼を睨み上げて言う。
「こんなリューは、大嫌いです」
「!」
リューは目を見開いて、私を押さえこんでいる手からふっと力が抜けるのがわかった。
私はそんな彼から抜け出し、床に落ちていたブローチと小箱を拾いそのまま扉の方へと走った。
はだけていた胸元を直して扉を押し開けると、すぐそこにセレストさんが立っていて目が合う。
私はすぐに背を向けまた走り出した。
(最っ悪だ……!)
頬に伝っていた涙を乱暴に拭って、私は俯きながら急いで自室へと向かった。
「コハルさま!? どういたしました?」
自室に駆け込むと、メリーがびっくりした様子でこちらにふわふわと飛んできて、私はそんなメリーをぎゅうっと抱きしめた。
「なんでもない……」
「……なんでもなくは、なさそうなのですが」
「ううん、本当になんでもないの。ごめん、ちょっと疲れちゃって」
メリーを抱きしめたままソファに腰を下ろしてふぅと息を吐く。
テーブルにブローチの入った小箱を置いて、でもそのとき自分の手がまだ小さく震えていることに気が付いた。
私はそれを誤魔化すためにメリーのふわふわな毛をわしゃわしゃと撫でまくる。
「あはあはっ! コハルさま~くすぐったいのです~~ぅぎゃあ!?」
「ど、どうしたのメリー」
急に凄い悲鳴を上げたメリーに驚いてその視線を辿れば、バルコニーでひらひらと手を振っている彼が見えた。
「――っ」
「コハルさま……?」
「メリーは、ここで待ってて」
私はすくと立ち上がってそちらへと向かう。
勢いよく窓を開けて、キっと彼を睨み上げた。
「エル!」
「おっと、お怒りだね?」
「怒ってるよ! や、怒ってますよ! リューをわざと怒らせるようなことして!」
言うと彼は全く悪びれなく笑った。
「あっはは。いやぁ、なんというかあまりに予想通りの反応だったからつい楽しくなっちゃって」
「予想通りって、やっぱり全部わざとなんですね!?」
「ちょっと君らを試してみただけだよ」
「試した? 何のために」
訊くと、彼はこれまでとは違うなんだか意味深な笑みを浮かべた。
「君のことが心配だったんだ」
「え?」
「なんだか、悩んでいるようだったから」
「……っ!」
カっとまた顔が熱くなった。
さっきバルコニーであれこれ考えていたところをきっと見られていたのだ。
すると彼はにっこりと笑った。
「ねぇ、コハル。ちょっと散歩でもしよっか」
「え?」
優しく手を取られて、途端ふわりと自分の身体が宙に浮くのがわかった。
「へぁ!?」
「気分転換にさ、あの頃みたいに一緒に歩こう!」
気づいたら私はエルに手を引かれバルコニーから城の上空へと高く舞い上がっていた。