仕事も本格的に始めることになり、打ち合わせのために本社に出向くことになった。
まだ正社員というわけではないので、打ち合わせには圭太も同伴でいいと遠藤から聞いていたので、圭太と出かけた。
会社の住所を検索したら、今のマンションから電車で一つ隣の駅、なんなら自転車でも通勤できる距離だった。
_____あれ?まさかこんなに近いとは
会社ではお給料やお休みのこと、仕事内容などを契約した。
最初に講習を受ける必要があるけれど、それ以外は家でのテレワークでも構わないらしい。
もうすぐ圭太も幼稚園だけれど、それまではこの条件がとてもありがたい。
_____だけどなぁ……
住む場所がなかなか決まらない。
雅史からの慰謝料は期待できないだろうと、ネットで調べてみてわかった。
浮気の決定的な証拠はないし、たとえばお金を相手に使い込んだということもない。
考えてみたら私が許せないのは、浮気そのものよりもそのせいで圭太が怪我をしてしまったということだ。
父親ならば、何よりも我が子を優先するのが当然だという考えが、私にはある。
_____母性と父性は違うのだろうか?それとも雅史個人の性格か?
もしも浮気だけだったなら、こんなにも嫌悪感はなかったかもしれないとさえ思う。
妊娠前のように雅史を受け入れることができなくなってしまった私にも多少の責任はあるだろうし。
_____どうしようかなぁ?
住むところが決まるまでは、今のままでいることになるのだろうか。
できれば顔を合わせたくないのだけど。
慰謝料があてにならないだろうということは、今の我が家の資産額を考えたら仕方がないことだろう。
ということは、賃貸の初期費用を全部自分で負担することになってしまうのだろうか。
_____こんなことになるなら、もっと節約して貯金しておくべきだった
なんて、もうどうしようもないことを悔いている。
「あ!そうだ。慰謝料の代わりに、しばらくは引越しを待ってもらえば……」
顔を合わせるのも嫌だと思っていたけど、圭太との暮らしを考えたら妥協するしかない。
離婚はする、けれど新しい家が見つかるまでしばらくは今のままで暮らす、それが条件だ。
もちろん、雅史のことは雅史自身にやってもらうつもりだ。
養育費はどうしようか?
具体的な金額がさっぱりわからないけれど、誰に相談したらいいのだろう?
ブーンブーンとマナーモードにしたスマホに義母からの着信があった。
時間は午前0時をまわっている。
_____もう、なんでこんな時間に
「…はい、もしもし?」
『あ、杏奈さん?あのね、落ち着いて聞いて、雅史がね、倒れたの、今救急車で市立病院で、今、検査してる。来て、早く!』
「えっ!雅史が?すぐ行きます」
_____なんで?
スマホを切ると、寝ている圭太に上着を着せておんぶしてタクシーに乗った。
「おかーたん?」
「ごめん、圭太、これからお父さんのとこに行くよ」
「おとーたん?」
それだけ言うとまた寝てしまった。
「そう、寝てていいからね」
玄関の鍵、閉めたっけ?なんてことが不意に心配になる。
いや、そんなことより雅史が倒れたってどういうこと?
一瞬、最悪のことも頭をよぎったが、“そんなはずはない”と頭を振り、打ち消した。
病院に着くと、夜間入口に義父の姿があった。
「お義父さん、雅史は?」
「こっちだよ、そろそろ検査も終わる頃だ」
圭太をおんぶしたまま、義父のあとに続いく。
病室に入ると、点滴をつながれた雅史がベッドに横たわっていた。
運良く、個室が空いていたらしい。
「お義母さん?雅史は?」
「あ、杏奈さん、なんだかね、過労らしいわ。それとストレスだろうって」
「じゃあ……」
「大丈夫、大したことなかったみたい。2、3日で退院できるみたいよ」
「よかった」
圭太を預けて、一旦家に帰り着替えを持ってまた戻ってきた。
「お義父さんたち、帰ってもいいですよ。私がついてますから。何かあったらすぐ連絡するので」
「そう?じゃあお願いするか。また明日来るから」
圭太は備え付けのソファでぐっすり眠っていた。
私の上着を掛けて、私も横に座った。
スマホの時計は午前3時を示していた。
_____たいしたことなくて、本当によかった
心からそう思う。
「えっ?」
薄明るいライトに照らされた雅史の顔を見て、思わず驚く。
_____こんなに痩せていた?いや、老けていた?
家を出ている間は、実家にいるはずだからと何も気にしていなかったし、最後に会った時もこんな感じはなかったのに、あの後離れている間に何かあったのだろうか?
◇◇◇◇◇
次の日、お昼を過ぎてもまだ雅史は目が覚めなかった。
よほど疲れていたのだろう。
義父母もやってきて、圭太と遊んでくれていた。
「………あ、杏奈、み……ず」
雅史の顔にかかった前髪をよけていたら、雅史が目を覚ました。
「あっ、雅史、気がついた?」
「おとーたん、おとーたん、おきた?」
圭太も寄ってきた。
「気がついた?よかった」
お義父さんたちも声を掛ける。
「え?」
目はしっかりと見開いているのに、体が動かせないらしく、キョロキョロと辺りを見回している。
おそらく、自分の今の状況が飲み込めていないのだろう。
「どこか痛いとこない?ここ病院だけど、わかる?」
「びょう…いん?」
「そう、あなた、いきなり家で倒れたのよ、過労だって」
お義母さんの説明で納得したのか、表情が落ち着いたように見える。
「水…が飲みたい」
雅史がかすれた声でつぶやいた。
「うん、待ってて」
私は一階のコンビニまで水を買いに出た。
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