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「私は人を殺してしまったことがあるんです。」
神妙な面持ちでそんなことを言われた。俺はただ仕事がうまくいかなくて、公園のベンチで飲んでただけなのに。
「へぇー、なんで殺したの?」
動揺を悟られないように、酒の勢いに任せて聞いてみる。ゴロゴロそこらに殺人犯が転がってたらたまったもんじゃない。嘘かもしれない。でも、隣の人間は普通じゃない。そんな雰囲気を醸し出していた。
「そうですねぇ、元々そんなつもりもなくて。結果的にそうなってしまったんですよね。」
「打ちどころが悪くて死んでしまった的なやつ?」
「近いですね。」
穏やかそうに話すのに、とても冷たい印象で、どこか人間的な違和感を感じてしまう。
「そうだ!ウミガメのスープをしましょう?」
「え、明日も仕事なんだけど」
深く聞いてないうちに早く帰ってしまいたい。
「まぁまぁらそう言わないで、私に質問してみてくださいよ。」
「…刃物で殺した?」
「いいえ。私は人の致命傷になるものは持っていませんでした。」
「何かの拍子に手が出てしまって殺した?」
「いいえ、手は出していませんよ。」
いやどうやって殺すんだよ
「間接的に自分が放っておいた結果殺してしまった?」
「いいえ。ヒントは物理的な要因じゃありません。」
「君はそれを後悔してる?」
「はい。人の人生を歪めてしいましたからね。こうやって、誰かに話したいくらいには罪悪感を感じてるんです。」
「精神的に追い詰めて殺した?」
「いいえ。追い詰めてはないんです。干渉はしましたね。」
「殺した相手と仲が良かったの?」
「はい、彼とは友達でした。」
「社会的に殺したの?」
「見方によればそうなりますね。私は社会的には殺していないです。」
あ、お酒が殻になった。
「殺した相手に問題があった?」
「限りなく近いですね。問題になるようにしてしまった、ですかね。」
「…善意でそいつに干渉してその結果そいつを問題児にしてしまった?」
「正解です。聞いていただけますか?どうしてそうなったのか。」
なんだ、人を実際に殺していないやつなんだ。一つ不安が消えた。
「いいよ。」
「ありがとうございます。元々彼とは高校時代の同級生で、クラスは違うけれど、部活で仲が良かったんです。」
よくある話だ。
「彼は、卑屈で優しい子でしたね。私は正義感が強いと言いますか、もったいないと思ったんです。それで、彼の卑屈さを治したくてメタルや心理学的な本、はたまた催眠術の本まで読み漁って実験という項目で彼に付き合ってもらっていました。彼も自分の卑屈さを治したいと言っていましたから。」
「そうして、彼は我慢ばかりして、下に迷惑をかけずに静かに耐える人で、それは彼の家庭環境や人間関係が育んだものなんでしょうね。私は我慢ばかりするのは良くない、自分のやりたいことをやっていい、悪いこともすることも必要だと、彼に伝えていました。彼はそれをいやいや、というんです。善意なんて捨ててしまっても変わらない、身勝手に生きてもいい、周りの人間なんて考えなくていい。なんて言ってしまったんです。無責任にもね。」
じっと話を聞く
「そしたらとうとう、彼は変わり始めました。周りを気にせず、やりたいことをやるようになって。最初は良かったんです。周りの人間も彼の変わりようを驚いていましたけど、徐々に受け入れ始めました。でも、ある日彼はなんの躊躇もなく人を階段から落としたんです。」
なんだそれは、
「放課後の生徒が少ない時間、前々から彼が気に入らない人間が階段で「調子に乗るなよ」と吐き捨てて背を向けたんです。そしたら、彼は静かにそいつの背中を押しました。転がっていくのをみて、何事もなかったかのように自分に帰ろうと話しかけてきたんです。とても怖かった。そこから彼は両親や兄弟にも手を出していくんです。私はその時初めて自分のやってしまったことに気づきました。」
「私は彼の罪悪感や、自責の念の感じる心、人格を殺してしまったんです。もとより彼はそう言ったものを持っていなかったのかもしれません。でも、私が要因で彼を人殺しにしてしまいました。」
「そこから、高校を卒業して距離を置きました。あんなに仲が良かったのに。彼は私に依存しているわけでもなく、自分の道に行きました。彼は元来頭が良かったですからね、東京の某大学に行きましたよ。…私は彼を人殺しにしてしまったこと、それを間違いだとただせなかったことをずっと後悔しているんです。」
なんだか、ドラマや本を読んでいるみたいだな。
「それでいま、その彼はどうしてんの?」
「精神科で働いているらしいです。数ヶ月前に聞いたので今はどうかわからないんですけど。」
「へー、俺は葬儀屋だからそいつと関わりないけどさ。そいつ、人を殺したの?」
「はい、私が彼の人間性を殺したように。彼も心に干渉して人殺しを産み出しているようですよ。私探偵やってたんです。2年前某大学前で通り魔を行った人がいたニュースがあったじゃないですか。調べてみたら彼が塾講師のバイトをしていたところの生徒さんだったらしいです。私はとんでもない人間を生み出してしまいました。」
「本当にフィクションみたいな話だな。それでなんで俺に話しかけてきたんだ?」
「それは、君がその彼だからって言うことは全然なくて、誰かにこの話を聞いてもらいたかったんですよね。」
何だこいつ気持ち悪いな。
「そっか、お前も大変だな。」
こういう奴には共感でもしとけばいいって誰かが言ってたな。飲んでいた酒の最後の一口を飲む。話もそろそろ終わりそうな雰囲気に安心していたら、とてつもないセリフをぶっ込まれてしまった。
「あぁ、それとね。近々あなたも彼と出会うでしょうから、気をつけてという忠告をしにきたんです。」
「なんだそれ、冗談だよな?」
「いいえ、ほら、先日のニュースでやってた研修医が自殺した事件。そこの病院の彼の上司が研修医を追い詰めた結果そうなったようですよ。」
冷や汗が出る、そうだ、研修医の事件。その遺族と病院関係者が明日葬儀の予約をとっていた。
「彼なら今のあなたを操るなんで造作もないことでしょうね」
言葉が出てこない。諦めたように隣で笑っている。
「話を聞いてくださってありがとうございました。それではまたどこかで。」
酔いも覚める話だ。そいつの後ろ姿を呆然と眺めながら物思いに耽る。明日そいつがくるかもしれない。ふらふらと帰路に着く。たった数十分の出来事が何十時間にも感じてしまう。ぐるぐると悪い方に考えてしまう。
「もう寝よう」
そう言葉を吐いて眠りにつく。
次の日、葬儀の客に研修医の関係者が来ていた。その中の誰かが昨日の話の誰かじゃないのかと不安に思いながら。でも話しかけたり、話さなければ大丈夫。そう言い聞かせる。葬儀がそろそろ終わろうとしている時に廊下でトイレから出てきた人に話しかけられた。
「顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
優しそうな男性だ。
「あぁ、大丈夫ですよ、二日酔いが治ってないだけですから。」
「突然話しかけて申し訳ない、僕は精神科で働いているものでして、どうぞこれ薬です。」
その言葉にもっと青くなる。昨日の話に出てきた彼ではないか、
「どうか休んでください、何かあればここに電話してくれれば話を聞きますので。」
そう言って病院の案内と名刺を渡してきた。この状況から抜け出したくてついに、
「お、お客様に介抱していただくのも申し訳ありませんし、二日酔い程度なのでどうぞお気になさらず。」
お客様に対して失礼な態度だったろう、昨日の話に影響されて馬鹿なことをしてしまった。
葬儀は無事終わって団体は帰って行った。心身に大きな疲労を感じ更には先輩までにも
「あとは片付けだけだから帰っちゃっていいよ。」
とまで気を使われた
帰り道にハッとした。俺が今不安になってるのは昨日のあいつのせいだ。精神科の話はあいつのことなのでは、と思い、真相を確かめるために精神科の彼のところに行くことにした。
「ということがあったんです。」
正直にはなした
「怖いですね。確かにそんな友達もいましたね。僕が臆病者で自己肯定感も少ないから元気づけようとしてくれた友達。彼とはずっと疎遠になってます。僕、確かに階段から突き落としたり、家族に耐えきれず暴力振るったりしてたんですよ。今は家族とも縁を切って、一人独立してるんですけどね。同僚にサイコパスとよく言われるんですよ。でも、あなたを不安にしたのは僕じゃありません。その時話をした彼なんですよ。あなたとは数日前の葬儀の時に初めて出会いましたし、操るなんて仕事が忙しくてそんなことできませんよ。」
はっと我に帰る、そうだ不安にしたのは目の前の彼じゃない。ベンチで話をしたあいつだ。
「多分なんですけど、彼僕を元気づけるためにいろんな本読んでたんですよ、心理学とか催眠術とかいろんな本を。人の不安を煽って楽しんでるのかもしれませんし、もしかしたら…完全な彼の被害妄想でそう思い込んでるのかもしれませんね。」
その言葉に安心した、
「僕の友達がご迷惑かけましたね。今度何か飲みに行きましょう、僕精神科で働いてる人間ですから、お仕事の悩みとかお詫びに聞きますよ?僕の奢り付きで」
ちょっとあいつの話を思い出して不安になるけど、この明るさに安堵する。
「お願いしよっかな。電話番号渡しておきますね、お互い都合が合う時に行きましょう。」
彼のおかげで不安は無くなった。さすが精神科医。結局はどっちが本当なのかわからなかったけど。この医者の術にかかってもいいかなとさえ思えた。
ついに彼と飲み終えた帰り道に、
「こんばんは、またお会いしましたね」
あいつの声が聞こえた。