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「キス……――そうだ! それにしよっ!!」
律は慌てて俺から離れた。「キスはまた後でね」
ガラステーブルに広げたままのノートまで急いだ律はボールペンをぐっと握り締め、時折鼻歌を歌ってはなにか文字を書き込んでいる。きっと言葉が沸いたのだろう。
あまり邪魔はしたくないけれども、この時だけは傍にいたい。真剣な律の傍に腰掛けた。
創作活動に取り組む彼女の真剣な姿。とても綺麗や。何時間でも眺めていられる。このまま時が止まってしまえばいいのに。
もしこれが逆の立場でも、律は絶対に俺の活動を邪魔したりしないだろう。きっと黙って寄り添ってくれるはず。思考・身体の相性・精神もひとつになれる女性は律以外考えられない。
一般人とは少し異なる性質の者同士、わかり合えるところも、繫がる先も同じなのだろう。
暫く待っていると可愛らしい顔で律が嬉しそうに言った。「できたっ!!」
「どれ」
ノートを取り上げて出来たばかりの歌詞を見ようとすると――
「あ、まだ見ちゃだめ。清書も修正もしてないのに」
律が俺からノートを取り返そうとかかってきた。
「少しだけ」
彼女よりもリーチの長い俺は真上に手を伸ばしてノートを取り返されないように守った。律の手の届かない所でノートを開き内容を見た。
『接吻-くちづけ-』
派手に散らした罪の跡 拭いきれない気怠さ
あなたはいつも決まって見せる
接吻する時 愁いを帯びた ため息ひとつ呑み込む
本当のあなたは何処?
今夜は、今夜だけは あなたを独り占め
左薬指に絡めた糸 つながる先想像して
あなたに深く沈めた躰 どうか激しくして
優しくしないで 掻き回して 狂わせて
甘い接吻で 溶かして 辱めて
時が立てば 他人行儀 よその顔
切な過ぎて 涙落ちる
震える睫毛の先 滲んだ涙
唇ですくい 目を閉じた
愛し合うふたり 貪るジャムは罪の味
刹那(せつな)いほど溶けそうな
甘く甘い 白い躰
欲望を沈めては泳ぎ
深く深い 息を吐く
絡まる吐息 乱れる躰に 接吻を――
成程。それでキスしようとした時に押しのけられたのか。
いい歌詞だ。
「これは俺のことを歌っているのか? 可愛い律をめちゃめちゃに喘(な)かせるからなぁ」
「…もう。恥ずかしいこと言わないで!」
さっきの情事を想い出して律の白い顔に赤みがさす。
自分でも思うが、彼女とのセックスの時はSになる。もともとS気のある性格だとは思うが、律が可愛すぎて俺の加虐心を煽ってくる。
俺を欲しがるまで絶対におあずけするから、彼女はとんでもなく乱れる。髪を振り乱し、懇願する様子なんてとてもそそられる。
「俺たちの愛の歌やな。ふたりで歌おうか。俺がピアノ弾くから、律も歌詞に合わせて歌えよ。なんなら譜面書こうか?」
「えっ。こんな夜中にピアノ弾いて歌ってもいいの? 近所の人に怒られない?」
「問題ない。わざわざタワーマンションの最上階の角部屋を住居にしている理由がそれだ。防音設備もしっかりしているし、誰にも邪魔されずに創作活動ができる。どれだけピアノを弾こうがギターを鳴らそうが構わない。完全防音の設計でこの部屋を作ってもらったし、下の階も俺の持ち物だから誰も住んでいない空き部屋にしてある。RBの時に稼いだ金が有り余っているから」
でも、いくら金を持っていても、肝心の律は手に入らない。
全財産と引き換えに律をくれるというならば、慰謝料という形で旦那に全部くれてやる。
「すごい! じゃあ大丈夫だね」
「観客はいないけど、ふたりだけのライブをやろう。今できた新曲だけじゃなくて、律が好きな曲をなんでも弾いてやるから。RBも歌おう」
一度は捨ててしまった音楽だけれども、またピアノを弾く日がくるとは思わなかった。しかも好きな女性と一緒に音を奏で、幸せな時間を過ごせるなんて。これは極上の夢か――