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五、生贄
戦闘は一瞬で終わった。
リィナの光線を使うまでもなく、ミィアの水鎧で一押ししただけで、たぎらせたおじさん二人は廊下の端まで吹き飛んでしまった。
「あれぇ? 思ったより……弱かったみた~い」
「え? 男の人二人居たんでしょ? ミィアどんだけよ」
そんな会話も束の間、騒ぎを聞きつけておかみが部屋まで飛んで来てしまった。
「あんたら! とんでもない事をしてくれたね!」
「え~? そっちが襲ってきたのに~」
ミィアはまだ、話せば何とかなると思っていた。
「娼婦のくせに客を強姦呼ばわりかい?」
その言葉を聞いて、後ろのリィナが怒鳴る。
「娼婦とかじゃありません!」
「そんないやらしい服でうろついてんだ! 娼婦だって皆思ってたさ! うちは客を入れただけ。それをこんなに酷い怪我させちまって!」
「それならそうと教えてくれればいいでしょ!」
こういう舌戦は、ミィアよりはリィナの方が強い。
けれど、とはいえまだ学生だった身。
海千山千のおかみにまくし立てられて、冷静に返し続けるのは難しい。
「暗黙の了解ってやつだろうが。あんたたち、このままだと重罪だよ。どうするんだ!」
「どうって言われても……」
「ふーん? まあ、今から客取れっても取らないだろうし……。そうだ! 近くの山にドラゴンが住み着いちまってね。お陰で流通が半減してんだ。あんたらその自慢の腕前で、討伐するなり生贄になるなり、なんとかしておいで!」
「はぁぁ?」
いきなりの話に、リィナは頭が追い付かなくなってしまった。
「逃げようったって、見張りのもんつけてくから。ほら、さっさと行ってきな!」
「こいつ……最初からそれも込みで……」
「ああ~ん? 何か言ったかい?」
「私たちなら、ふり切って逃げれそうだけどぉ」
と、黙っていられなくなったミィアは、ごり押そうとしたらしい。
「逃げたりしてみな! 一生、重罪で追われるはめになるよ!」
「えぇ~。どうしようリィナ……」
この国、さてはこの世界の事をほとんど知らない二人には、口喧嘩で勝てる見込みは無かったと言える。
「ちっ……。それじゃあ、ドラゴンとやらを倒してやるよ。馬車くらい用意してくれるんだよね?」
さりとてリィナは、最後まで交渉を諦めなかった。
移動続きで、やっと休めると思った矢先の事だから、足くらい用意させようと言うのだ。
「……ふん。迷っただの何だの言い訳されても困るからね。分かったよ。――ほらロビッツ、ツケの代わりにこの子らをドラゴンのとこに突き出しておいで!」
急に名指しされた野次馬の一人、ロビッツという男は、宿屋一階の酒場に入り浸るくせに金を持っていない。
貧弱な体にボサボサ頭。タレ目の馬面をいつも赤ら顔にしている。
おかみはこいつを何かに使えそうだと考えて、安酒代をツケにしておいてやった。
それがここで、きっちり支払うはめになったという状況だ。
「お、おれが~? そりゃあ、ツケはたまってるけどよぉ。でももう夜だ。馬車なんか危なくて走らせらんねぇよ!」
しかしこの男、臆病者だからドラゴンの元になど行きたくない。
「馬鹿言うんじゃないよ! ほとんど一本道で、危ないも何もないだろうが! それとも今すぐ全額払えるのかい!」
「くぅぅ……。金はねぇよ。……くそっ」
かくして、ロビッツという男を御者に、二人はドラゴンが居ついたという山に行く事になってしまった。
**
ガラガラ、ガラガラと、割と大きな音を立てながら山道をひた走る小型の馬車。
ロビッツという冴えない男と、ミィアとリィナが夜道を進む。
月が二つ並んでいるのと、リィナがスキルの『ライト』で照らしているので、かなり明るい。
「おっさん、さっきから一人で何食ってんのよ」
何やらポケットからコソコソと取り出して食べているのを、リィナが指摘した。
特にそれが欲しいとかではなく、出だしから黙られていたその切り口に。
「おっさんじゃねぇ。ロビッツだ。これはな、スライムグミってぇ高級食材よ。どケチなおかみがくれたんだが、おれも死ぬと思って渡しやがったんだ。くそっ」
「スライムグミ……って、倒したらたまに落ちてるアレのこと?」
「あれって、高級だったんだぁ……。拾っとけばよかったかぁ」
リィナはきもいアレを食べているのかと引いていて、ミィアは売れるものを捨てていたのかと後悔していた。
「なんだ。お前ら二人で倒したってのか? でかいのしか落とさない貴重品だぞ? 女二人で倒せるわけねぇ。大の男が十人がかりでやっとだってのに」
「えぇ~? リィナがいつもワンパンしてるよぉ?」
「はぁ? うそだろ? どんな強さだよバケモンじゃねぇか」
「誰がバケモンだおっさん!」
「ひぃっ」
気弱なくせに口が滑るロビッツは、今回に限らずよく怒鳴られる男だ。
「ねぇねぇロビッツぅ。ドラゴンって、どのくらい大きいのぉ?」
同級生の男子に、少し甘えた口調で話す時と同じようにミィアは話していた。
「な、なんであんたはそんな、あま~い話し方すんだよ。そのかっこも、元のよりはマシだけど胸がチラっと見えそうだしよ。勘違いしそうになるじゃねぇか」
「え~? なにが~?」
小さな荷台に二人。リィナはその会話を聞いて、隣でクスクスと笑いを堪えている。
「と、とにかくドラゴンはでっっけぇ! とても人間が敵う相手じゃねぇから!」
「じゃあ~……どうしたらいいのぉ?」
「い、生贄になれって、おかみが言ってたじゃねぇか」
「私たち、そんなのヤだよぅ」
「……おれは、何もしてやれねぇから。もしかしたら、見逃してくれっかもしれねぇ。ドラゴンは頭がいいんだ。こないだも――」
そう言いかけて、ロビッツは口をつぐんだ。
その明らかに妙な間を作った事に、リィナがすかさずツッコミを入れる。
「こないだも何? 言わないと、あんたはここで死ぬか……大怪我をすることになるけど?」
「お、おいい! こえぇこと、こええこと言うなよ! 言う! 言うけどおかみには、おれが言ったとか告げ口すんじゃねぇぞ」
「どうせ戻るつもりはないよ」
「そ、そうか。それじゃ言うけど。前によ、ドラゴンがため込んだお宝があるんじゃないかって、村の若い衆が盗みに行ったんだ。けどよ……」
「え~っ? ドラゴンと戦ったのぉ?」
興味が湧くと、ミィアは話を待っていられない。
「だ、誰が戦ったりするもんか! こっそりだ。こっそり、ドラゴンが寝てる間に行ったんだ。でも、皆大やけどして帰ってきた。ドラゴンのブレスってやつでよ。それで、そん時に言われたって言うんだ。『俺の住処を荒らす者は、次からは容赦しない!』って」
「大火傷したのに、皆帰ってきたんだ?」
「ああ。手加減したんだろうって話だ。それでも、今は痛みと高熱で皆まだ動ける状態じゃねぇ。だから、生贄でも連れてって、怒りを鎮めてもらおうって。そういう話だったんだ」
「それじゃあ! 私達はよそ者だし、最初からそのつもりだったってことかよ!」
リィナはいきり立った。
その怒りを、ロビッツにぶつけそうになる程に、怒りを露わにして怒鳴った。
「お、おれに怒らんでくれよ! 全部おかみが考えたんだ。娼婦の仲介としても金を稼いで、その上で生贄にするつもりだったんだろうよ」
「やば~。あの人、マジヤバじゃん」
「あいつ……ほんとにクズだな」
「絶対に、おれが言ったなんて言うなよ? な? な?」
「もう行かないっつってんだろ! うっせーなてめぇは!」
「ひぃぃ」
リィナは怒ると怖い。
それはミィアもよく知っているので、この時ばかりは口を一文字にして黙っていた。
**
「ねぇねぇ~。おしりがいたいよぅ」
かれこれ、五時間は小さな荷馬車で山道を走っている。
比較的なだらかな斜面で、道が大きくうねっているとはいえ坂はきつくない。
ただただ大きな山だというだけで、険しい山脈のような厳しさは無い。
だが、ガタガタと弾み揺れる荷馬車は、クッションの代わりにと藁を敷いていてもさすがに痛くなる。
「おれも痛てぇし帰りてぇよ……」
「あんたは自業自得でしょ」
「世知辛ぇ……。って! あれだ! あのとんがった山みたいなの! あれに違いねぇ!」
そう言うなり、ロビッツは馬車を停めた。
「ちょっ! 何で急に停めんのよ!」
「あんなの、きっともう気付いてる! 頭をもたげてこっち見てるんじゃねぇか? 無理だ! これ以上近付くなんてできねぇ!」
「あそこまで歩いて行けっての?」
「そうしてくえぇぇ。たのむ。たのむよぉ。おれは行きたくねぇ! 絶対殺される! 次はねぇって言ってたんだ。おれはいやだ!」
暗くて分かりにくいが、とんがった山みたいなのは、まだ一キロくらいは離れているように見える。
「くそ。まだ結構ありそうじゃんか」
「歩くのぉ?」
「こいつがこんなんじゃ、もう無理そうだしね。しょうがないから、行こ」
「ちょっと眠いなぁ」
とりあえず馬車を降りてそんな事を言っていると、ロビッツは器用にUターンし、何も言わずに逃げて行った。
「あの村の人間、皆クズかよ」
「リィナ? 怒らないの~」
「あんたはのんきねぇ」
だが、ミィアの雰囲気のお陰でピリつかなくて済んでいた。
リィナは、ミィアのこういう不思議な所に惹かれているうちに、いつの間にか親友になっていたのだ。
「ちょっとだけ寝てからにしよ~?」
ミィアの提案を呑んであげたいと思っても、ドラゴンに気付かれているのだとしたら、すでに命が危ないかもしれない。
「急にドラゴンが襲ってきても対応出来るように、しんどいけど行こ?」
「う~。でも、そうかぁ。そうだねぇ」
この世界をゲームっぽいと思っているミィアも、さすがにブレスは食らいたくないと考えた。
いつも割と早くねるミィアは、限界が近い。
野宿している時も、道端であろうと構わずいち早く眠っていた。
「見逃してくれるといんだけどね……」
「ドラゴンはかしこいしぃ、大丈夫と思う~」
そうあってくれないと、早々に死んでしまう。
ミィアは楽観的だが、リィナは緊張していた。
ドラゴンまで、おそらくあと一キロほど。
つまりは、十五分もしないうちに会敵する――。