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入国審査を終えたばかりの私達を待っていたのは、歓迎の調べではなく、臓腑を震わせるような轟音だった。ドカーン!!
空気を重く揺らす熱風が、頬を撫でようとした平和な風を焼き殺す。街の喧騒は一瞬にして、鼓膜を突き破るような悲鳴へと塗り替えられた。
「爆弾魔だ! またあの『笑う人形』が仕掛けられたぞ!」
駆け出した警察官たちの後を追い、人だかりを割り込むと、そこには見るも無残な光景が広がっていた。石畳に飛び散った赤黒い肉片。硝煙の臭いに混じり、焼けた鉄と脂の嫌な匂いが鼻を突く。
私は口を押さえ、胃からせり上がるものを必死に堪えた。
「セレン、見るな。下がっていろ」
隣でカレンが私の視界を遮るように肩を抱く。だが、その隙間から「それ」は見えてしまった。
一人の小さな少女が、トテトテと無邪気な足取りでこちらへ歩いてくる。その腕には、精巧に作られた、どこか不気味なほど愛らしいピエロの人形が抱かれていた。
「パパ! 見て、これ!」
「どうしたんだ、そんな立派なものを」
父親らしき男性が娘を振り返り、目尻を下げて微笑む。
「さっきね、あっちの路地裏のおじさんに貰ったの。今日がお誕生日だから、特別だって!」
その言葉が、私の耳に届いた瞬間――世界から音が消え、景色が引き伸ばされた。
人形の胸元、ぜんまい仕掛けの心臓部で、カチリ、と冷徹な金属音が響く。それは祝祭の終わりを告げる、地獄の振り時計の音だった。
「逃げて!! 」
私の絶叫は、猛烈な爆炎にかき消された。
ドカーン!!!
視界が真っ白に染まる。凄まじい衝撃波が私の体を紙細工のように吹き飛ばした。
皮肉なことに、魔女という生き物は物理的な損傷で命を落とすことがない。意識が遠のく中で感じたのは、激しい耳鳴りと、自分の体が地面に叩きつけられた時の「あまりに軽すぎる」違和感。
見れば、私の腹部から下は、赤い霧となって消失していた。
剥き出しの脊髄が地面の熱を拾い、神経が焼けるような熱を脳に送ってくる。
「セ……セレン……っ! 嘘だろ、おい!」
傍らに倒れ伏したカレンが、血まみれの手を伸ばして私の名を呼ぶ。彼は自分の傷も顧みず、私の「欠損した半分」を探そうと必死に地面を這っていた。
「だ、だい……じょうぶよ……カレン……すぐ、生えるから……」
少女がいた場所には、もう、焼け焦げた石畳と、粉々になった人形の破片しか残っていなかった。
目が覚めると、そこは白一色の世界だった。鼻を突く消毒液の匂い。
「気がついたか」
ベッドの横には、痛々しいほど包帯を巻いたカレンが座っていた。
「私の体、は……?」
「……繋がったよ。お前の異質な再生力には、医者も腰を抜かしていた」
布団をめくると、新芽のような薄桃色の肌をした両足が再生していた。だが、失った命は、再生しない。
「カレン、あの親子は?」
カレンは答えず、ただ強く拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、新しい包帯にじわりと血が滲む。
「犯人は……捕まった。失業と借金で自暴自棄になった、ただの男だ。誰でも良かったんだとさ。最後に誰かの絶望する顔が見たかった、と……」
「そんな理由で……。あの子は、パパにプレゼントを見せたかっただけなのに……!」
悔しさが、泥のように喉の奥から溢れ出す。私はまた、救えなかった。
「私が、あと一秒早く気づいていれば! 私がもっと『マシな魔女』なら、結界が間に合ったはずなのに!」
私は子供のように声を上げて泣き叫んだ。カレンは何も言わず、壊れ物を扱うように私を抱きしめた。彼の胸の鼓動だけが、私がまだ「人間側の世界」に繋ぎ止められている唯一の証拠だった。
数日後。退院する私の元に、一通の手紙が届く。
それは爆発の瞬間、私の叫び声に反応して咄嗟に路地へ飛び込み、軽傷で済んだ別の親子からのものだった。
『あの日、あなたの叫びが聞こえなかったら、私たちは今ここにいません。あなたが流した血のおかげで、私たちは今日も手を繋いで歩けています。ありがとう、魔女様』
その手紙の端には、小さな子供の筆跡で、歪な花の絵が描かれていた。
私はそれを胸に抱き、枯れたはずの涙をもう一度だけ流した。
救えなかった命の重みは、一生消えない。この足が生えるたびに、私はあの日失われた少女の命を思い出すだろう。
けれど、この広い世界のどこかに、まだ助けを求めて震えている手が一つでもあるのなら。
私はまた立ち上がり、何度でもその手を握りしめよう。
それが、呪われた「死ねない魔女」として生きる私に許された、唯一の歩き方だから