テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
言葉が出ない日でも。
朝。いつもよりずっと静かなリビング。
莉犬は目は合うけどしゃべらず、さとみにぴったりくっついていた。
指先でもじもじと服のすそをつまむだけで、言葉は一切ない。
「…今日は、話せない日?」
そう言うと、莉犬は小さくうなずいて、そっと俺の膝に座った。
「大丈夫。なにか言いたいことあったら、ゆっくり教えてくれればいいよ」
──
「ピンポーン」
玄関に立っていたのは、なーくんだった。
「やっほ、なーくん来ました〜」
莉犬は顔を出すも、何も言わず、その場にぺたんと座り込んでしまう。
「あれ?今日は静かさん?」
「しゃべれない日らしいよ。ちょっと疲れてるんだと思う」
「なるほどね〜。無理しないでいいよ、莉犬くん」
なーくんはやわらかく笑いかけたが、莉犬は目を合わせない。
けれど、俺にピタッとくっついたまま、離れなかった。
リビングに入ってからも、莉犬はなーくんから距離を置いたまま。
一歩下がって、じっと観察するような目で見ている。
そんな様子を見て、なーくんは無理に近づかず、少し離れた場所に腰をおろす。
「……莉犬くん、カード作ってみる?」
莉犬がぴくりと反応する。
「“これしてほしい”とか“いやだよ”とか、
しゃべらなくても伝えられるカード。どうかな?」
一瞬、俺の顔を見上げて、それからこくんとうなずいた。
なーくんはリュックからミニノートとカラーペンを取り出し、
少し距離を保ったまま、床に並べて見せる。
「ここに、絵とか文字とか書くんだよ」
「たとえば、これが“なでなで”って感じ?」
莉犬はじーっとそれを見つめ、そっとペンを手に取った。
最初はなーくんのほうを何度も見ながら、ぎこちなくひらがなを書いていく。
「さとちゃん」「すき」「なでなで」
バランスの悪い文字がならぶカードを作り終えると、莉犬はそれを
そっと胸に抱え、俺に差し出す。
「……おっ、これ俺に?」
「じゃあ、お礼に、なでなで〜」
やさしく撫でると、莉犬は目を細めて、にこっと笑った。
夜。
「“ぎゅーして”」と描かれたカードを小さくさし出してから、
莉犬はさとみの膝の上で、くしゃっと微笑み、静かに目を閉じた。
──少しずつ。
声がなくても、気持ちは届く。
優しくそばにいてくれる人たちがいるから。