テラーノベル
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昼休みのチャイムが鳴ると、教室のざわめきが一気に広がった。
2年2組の教室では、いつものように弁当を広げる者、スマホをのぞく者、友達を誘って廊下へ消えていく者――。
その中で、伊藤水々葉と河井夏菜は、前の席に向かい合って座っていた。
机の上には、今朝配られたばかりの大会関連のプリント。
「ねえ、夏菜の寄り倒しさ……やっぱり威力すごくない?」
水々葉がクスッと笑う。
「え、またその話~? でも今日、ちょっと滑って転びそうになったのは認める」
「めぐみ、明らかに一瞬頭押さえてたよね」
「うわ、ごめんって!」
笑いながらも、夏菜は照れ隠しのようにパンの包みを握りしめた。
会話は軽やかだけど、内には真剣さがある。数日前から始まった秘密の稽古が、確実に彼女たちの距離を縮めていた。
「優衣は今日、来るのかな」
ふと水々葉が言った。
「来るといいね。めぐみもきっと、気にしてると思う」
その名を口にした瞬間、夏菜の視線が教室の後ろの出入り口に向いた。
そこに、教室から出て行く勝原めぐみの後ろ姿があった。
*
めぐみは静かな廊下を歩いていた。
目指していたのは、1階の掲示板――いや、正確にはある一枚の自己紹介カードだった。
(……やっぱり、あのときの印象、間違いじゃないと思う)
カードにはこう書かれている。
『牧野美佳/2年1組』
『好きなこと:スポーツ』
『性格:負けず嫌い/熱くなると止まらないタイプ』
前にも一度ここで目にして、心に残っていた。
けれど今日、もう一度だけ確かめに来たのは、そのカードの主が――あの日、神社の坂道からこちらを見ていた女の子だと気づいたから。
三つ編みが肩にかかる。
前髪はぴたりと揃っていて、後ろには淡いピンクのリボンで髪がまとめられていた。
体つきは標準的。でも、その整いすぎた顔立ちが、ふと視線を引き寄せる。
(なんでこっち見てたんだろう。偶然? それとも……)
そう思ったそのとき――
「……落としましたよ」
声をかけられて、めぐみは一瞬、鼓動が跳ねた。
顔を上げると、そこに立っていたのは本人――牧野美佳だった。
「……ありがとう」
めぐみはそっとプリントを受け取り、ほんのわずか間を置いたあと、一枚の紙を差し出した。
「これ。予備が余ってただけだから……よかったら、読んでみて」
美佳は少し戸惑ったように、だが丁寧に紙を受け取った。
その端には、鉛筆でこう書かれている。
『土曜 15:00 神社の坂の下』
「……それって、」
「ただの予定。別に、来なくてもいいよ」
それだけ言って、めぐみは視線をそらし、軽く頭を下げるとその場を離れた。
美佳は、遠ざかっていく背中を見つめたまま、手の中の紙をしっかりと握りしめていた。
(どういうつもり……?)
けれど不思議と、その紙を丸める気にはなれなかった。
胸の奥が、少しだけ熱を帯びていた。
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