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ちょっと上で話そうかと紗希ちゃんに言われて病院の屋上に上がってきた。
「三禄さん死んじゃったね。いい死に方だったなぁ。
なんか、私ももういいかなぁ。踏ん切りつかなかったけど。三禄さん見てたらなんか納得した。」
「え。紗希ちゃんまで何言ってんの。」
俺は三禄さんの死を見て紗希ちゃんが自暴自棄になってしまったのかと思った。
紗希ちゃんは時々自分の世界に入り込んでどこか違うとこに行ってしまうときがあったけど、俺は何を言ってるのかわからなかった。
「前に亮太さん同じ積み木を重ねていくだけで、つまらないって話してたでしょ。
私はあれとっても羨ましかった。亮太さんはちゃんと積めてるんだなぁって。私はいつも上手く積めなかったから。三禄さんには前からずっと死のうと思ってるって相談してたんだ。」
紗希ちゃんは手すりの上を、指で歩くような仕草をした。「私の積み間違えたお話ししていい?」と紗希ちゃんが泣きそうに言うので俺はうなづくしかなかった。
「 1番幼い記憶はお父さんがお母さんに怒っている声で、幼かった私は泣きながらお姉ちゃんに抱きついて階段にうずくまってた。
お父さんはお話し好きで、とにかくなんでも決めたがる人で、鍋の食べる順番から自分の思う通りにしないと怒る人だった。 お酒が入ると余計に気が強くなっちゃうから、声を荒らげてはものを投げたり、お母さんを殴ったりすることもあった。女なんだから酒を飲むな、タバコを吸うなとよくお母さんに言っていた。でも家族団欒とかイベントがすごく好きな人で、クリスマスパーティーとか家族みんなでTVを正座して見なきゃいけない時間とか、朝は絶対みんなでラジオ体操するとか、鍋は絶対みんなでやるとかそういう時間が好きみたいだった。今思えば、愛情がない訳じゃなくて愛が不器用すぎる人なんだろうね。
お母さんは歌うのが好きな人で、人を笑わせるのが好きな優しい人だった。私は本当にお母さんが大好きで、くっつくと病院の消毒薬のにおいがしてあったかくて、太陽みたいだなって思ってた。お酒が入って太陽を殴るお父さんが当時は大嫌いだった。
喧嘩の内容はほとんど私たちの子どものことだったように思う。
お母さんはお父さんと喧嘩して、殴られて、鼻が骨折してもそのままの顔で仕事に行ってた。飼ってた犬にやられたんだって嘘ついてね。
家にいる時は良く部屋にこもってお父さんにばれないようにビールを飲んで、ベランダでこっそりタバコを吸っては悔しいと泣いていた。 私はなんで別れないのか不思議で堪らなかったけど、口には出して言えなかった。
だからなのかなぁどんどんお母さんは変わっていった。死にたがることが増えた。
仕事から帰って来なくて、職場近くの海にお父さんと探しに行ったこともあった。お母さんは海で歌ってた。そのうち病院の仕事も休むようになってた。
小学5年生の頃、家に帰っていつもだったらソファーにボーって座ってるお母さんが居ない日があった。嫌な感じがして、家中探したらお風呂場に鍵がかかってて、思い切りドア蹴飛ばして開けたら、服を着たままお母さんが湯船に浮かんでた。今度こそ死んでるのかと思った。必死に起こしたらお母さんの目が覚めて、なんで殺してくれないのって私の首を絞めてきた。私は苦しくて、びっくりしてお母さんの顔を何度も蹴った。やっと手が外れて睨んできたお母さんが言ったの。あんたなんか産まなきゃ良かったって。私ショック受けちゃって、産まなきゃ良かったって言葉よりも、あんなに好きだったお母さんを蹴っちゃったことに。お母さんのためなら死んでもいいと思ってたけど、私はその時苦しくて生きたくて、大好きなお母さんのことを1番嫌いなことをして生にすがったの。
これが1個目の積み間違い。
その辺りから私は漠然と死んだほうがいいんじゃないかと考えるようになった。
わざと道路の真ん中に当時大事にしてたネックレスを置いて、拾いに行くフリをして車道にでるとか、鉛筆の芯を大量に飲みこんでみたり、お腹壊して死ねないかなぁってトイレの水を飲んだこともあったなぁ。小学生の考える自殺の方法なんて本当にしょうもなくて、でもお母さんを悲しませたくないから、自殺じゃなくてあくまでも事故を装った死に方を探して。でも、 もちろんそんなんじゃ死ねる訳なかった。
そして小学校の卒業の年に、お母さんがお父さんと離婚をした。
お母さんの体調はすごく波があってその頃は、仕事もこなせていたし、1番上のお姉ちゃんが高校に入るタイミングで、事あるごとにお父さんと殴り合いの喧嘩して、いつもお母さんは間に入って止めては殴られたりしてた。でもそんなお母さんをお姉ちゃんはめんどうくさがってた。私はお母さんにどっちか選んでいいよと言われて、何故かお父さんといることを選んだ。なんでかあんなに嫌いだった父が可哀想に思えたからだ。それに私がお母さんについて行ったら家族が本当に終わる気がした。
2人の姉はお母さんについていった。
これが2個目の積み間違い。
お父さんと2人暮らししてわかったことがあった。お父さんも実は被害者だったってこと。
おばあちゃんから飼ってたカブトムシをシチューに入れて出されたり。寒い冬に布団でぐるぐる巻きにして外に放置されたり、虐待みたいなことされて育ったみたい。だからきっと、女に対して服従させたいとか感情のぶつけかたがわからなかったんだと思う。お酒を飲みながらお父さんはそんなことを言っていた。だからってお母さんを、殴る父を嫌いな気持ちは変わらなかったけど。
それから半年くらい経ったら寂しくてお母さんに頻繁に会いに行くようになっていた、姉2人は自由に生活できていて、毎朝父のために卵焼きを焼いたり、サラダを作ってたりする、小学生の私はなんなんだって思った。結局そんな生活が嫌になって、私は母のところに暮らすようになった。
これが3つ目の積み間違い。
しばらくは楽しく暮らしていたけど、子ども3人を当時の母の収入だけじゃ育てられるはずがなかった。母は父にお金の無心をしに行った。父も仕事を転々とする人ではあったけど経済力はあったから、それならまた一緒に暮らそうということになったらしい。 また家族は全員で暮らすことになった。
mogyumogyuGemi
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古流斬
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姉2人が高校を卒業して家を出て行ったあとは、しばらくは平穏だったと思う。相変わらず父は酒癖が悪くて喧嘩はするけれど手は出ることは少なくなった。
崩れ始めたのは、私が専門学校を中退したあたり。お父さんはどうしても私を看護師にしたかったらしい。私は別に看護師にはなりたくはなかったけど逆らえずに入学した。勉強はできてたほうだからさほど苦労はしなかった。でも実習は違った。それなりに単位はもらえていたし、先生にもできてる大丈夫って言ってもらえても私は人と接することが常に不安だった。
ある時、末期癌の患者さんを受け持って、その患者さんにもう早く死にたいと言われたの。
私は何も言えないし、私も死にたかったから良くわかるし、その人もできれば早く楽になればいいなって思った。
でも、立場上は元気づけなきゃいけないはずなのに、私は何も言えなかった。そのことに何故か酷く落ち込んだ。死にたい私が人を生かすために働く看護師は向いてないなと思って私は死のうと思って、お酒を飲んで翼状針を自分に刺してネットで買ったカリウムを流してみた、唇が冷たくなるのを感じた。でも皮膚がジリジリと痛くて痺れて25mlしか入れられなかった。そのまま寝て起きたら皮膚の炎症を起こしただけで死ねなかった。学校を休んで診療内科に行ったら社会不安障害だといわれた。社会のあらゆるものに不安を感じてしまうらしい。人間なのに社会のあらゆるものに不安を感じるなんてやっぱり生きていけないなって思っただけだった。
そして看護学校を辞めた。父は怒って辞めるなと言ったけど、母だけが庇ってくれた。
それが4つ目の積み間違い。
学校を辞めて私はすぐに働き始めたけど、また母の病気が悪化するようになった。私の学校を辞めさせたことで酷く父と喧嘩していたからだ。私は仕事をはじめていたし、お父さんから離せば母もストレスを溜めないと簡単に思っていた。 だから母と一緒に実家を出た。
2人暮らしを始めて、最初の頃は良かったの。寝たきりだったお母さんも元気になろうと頑張って就職活動したりして。前のお母さんに戻ってくれるんじゃないかって期待したんだよ。
しばらくして仕事中に母の通ってるカウンセラーの人から電話がかかってきて、お母さんがカウセリング代も払わないし、僕と結婚するって言い始めて帰ろうとしてくれないって。このままだと警察に届けるしかないって言われて私はびっくりしちゃって、すぐに謝ってお金は払うので警察は辞めてくださいってお願いした。
病気が良くなってるんだと思ってたから本当にびっくりしちゃって、私どうしていいかわからなくて、お母さんのお姉さんに電話をかけたの。そしたら、あなたのお母さんなんだからあなたがなんとかしなきゃいけないって。何もしてあげられないから、あなたが決めなさいってそう言われて電話が切れた。
私は家に帰ってお母さんに怒っちゃったよ。何をしてるのって、 そしたらね、お母さん言うの。 じゃあ私の幸せはいったい誰がくれるの?って、 小さい子どもみたいに言うの。
私その時に頭の糸がぷつんって切れる音がした。よく堪忍袋の緒が切れるって言うじゃない、本当にあるんだなぁって思うくらいちゃんと切れる音が聞こえた。あぁもう私じゃダメだって。この人は必死にお母さんでいてくれようとしてたけど、私じゃダメだって。ずっと子どもとお父さんの間に挟まれて無理して擦り切れて、言いたいことも言えなかっただけで、本当はこの人が1番愛されたい子どもだったんだって思った。
私はお父さんに土下座してお母さんをお願いしますって言いに行った。 お父さんは私が同居するのが条件だって言って引き取ってくれた。でも、今度は私の心が落ち込んでいった。だから2年くらいで今度は1人で家を出た。
これも何度目かの積み間違い。
私は色んな仕事を転々としながらも、なんとか暮らしてた。ずっと人に対する不安は付き纏っていたし、あんまり職場には馴染めなかったけど、死にたいと生きたいを繰り返しながらも生きてた。死にたくなると迷惑かかっちゃうからって大抵仕事を辞めた。 辞めるとちょっとだけ死に近づく気がしてホッとするんだけど、また生きたくなると仕事を探してみるの。逆に迷惑だよね。
この頃から積み方さえわからなくなってたんだと思う。
5年くらいして実家に顔を出してみたの。
お母さん前よりは元気になってネットの野球動画とか見てる生活を送ってる。最近は、死にたいも何も感じないんだって。働いたりはできないし、言わなきゃお風呂も入んなかったり、歯も磨かないし、放っておいたらトイレとかも忘れちゃうからオムツ履いてるけど、時々笑ってるし、なんかとりあえずお母さんは生きていくことだけはできるなって思った。
お父さんもだいぶ老け込んだけど、子どもみたいになっちゃったお母さんに今は殴ることもしないみたい。相変わらず口では怒ったりはしてるけど、なんか楽しそう。
お母さんが幸せかどうかはわからないけど、お父さんが居る限りは生きてはいられる。
結局、私は私が思う正しい家族のかたちを押し付けようとしただけで、
私のほうがあの家にとって異常だった。
もうとっくに崩れたほうが良かった積み木を数えきれないほど積み間違えて無理矢理上に重ねてバランスをとったつもりでいたの。
一回ちゃんと崩れていたら、また新しくもっと違う重ね方もできてたかもしれないのに。
お母さんはお母さんで居なくて済んだろうし、お父さんもお父さんを続けなくて良かったのに、私が無理矢理、家族の型にはめようとした。私は母のため、家族のためにこうするべき、こうあるべきと自分の思いどおりにならないと怒る嫌っていた父と同じだった。
尊厳死法が施行されたとき思ったの。
あぁ、これは神様がくれた、罰なんだって。
口では死にたいと言いながらいつまでも生にしがみついて、家族や他の人に迷惑をかけてる私に死を簡単にしてやるからちゃんと死になさいって言ってるんだって。
生きるのも死ぬのもどっちも疲れるの。でも私の周りはもっと疲れちゃうから。
だから罰せられて当然なんだよ。」
話終えた紗希ちゃんはスッキリと凛としていて、あぁ綺麗だなって思った。
「あ、そうだ。」と言って
紗希ちゃんはカバンを探って財布から一枚の紙を取り出した。
「私、神様がどんな顔してるのか会いたくてなって、尊厳死法を考えた人に会いに行ったの。
どんな怖い人なのかなぁと思ったらお父さんと同じくらいの普通のおじさんで笑っちゃった。
会いに行きたかったら行ってみたらいいよ。亮太さんの答え見つかるかもしれないし。」
紗希ちゃんは俺のシャツの胸ポケットに名刺を差し込むとポンって胸を軽く押して俺をほんの少し遠ざけた。
俺はもう紗希ちゃんは止めても言ってしまうんだろうなと思いながらも言わずにはいられなかった。
「それでも俺は紗希ちゃんに死んでは欲しくないんだけど。」
紗希ちゃんは一瞬目を見開いて、そのあとすぐに細めて笑って言った。
「ありがとう。でももういい。罰からも逃げたら今度こそ私は生きることが苦痛になってしまうから。まだ死ぬのが怖いと思えているうちに私は死にたい。三禄さんも居てくれるし。」
じゃあまたね。とバイト終わりみたいに手をあげて紗希ちゃんは「アポトーシス」と唱えながら屋上から落ちて行った。
屋上から見える紗希ちゃんの亡骸は
もう苦痛がないはずなのに痛々しく、とても悲しいものに見えた。そう思うのは俺がまだ生きてるからか、ということを再認識した。
コメント
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うわ…紗希ちゃんの壮絶な過去が一気に明かされて、最後の「アポトーシス」と唱えて落ちていくシーン、めっちゃ胸にきたわ…。亮太さんの「死んでほしくない」って言葉に一瞬目を見開くところ、切なすぎる。「積み間違い」って表現で自分の人生を振り返る紗希ちゃんの視点がすごくリアルで、読んでて苦しかったけど、目が離せなかった。三禄さんの死で踏ん切りがついたって言うのも、彼女なりの納得なんだろうな…。