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駆けるアスファルトが冷たく足を傷付ける。息が上がって苦しい。苦しい。苦しい。
それでも、私は一心不乱に夜を走った。大人なのに全て制限されて、生きていくことに嫌気がさしたのだ。
気付けば私は近所の無人駅に呆然と立っていた。田舎の終電間際なので人はいない。
電車が近づく音がする。今ここで一歩を踏み出したら、私は楽になれる⸺
「ねぇ、君。」
声と同時に電車が過ぎ去った。小学生より上くらいの女の子の声だった。
「今、飛び降りようとしてた?駄目だよー。勝手に死んで、他の人に迷惑じゃん?」
冷たい声とは相いれない奇麗事を放ちながら彼女は私の表情を覗き込む。幼い声と比例して童顔な顔立ちと小柄な身体で、可愛らしかった。
「誰なの。貴女」
冷たく放つ私に「冷たいなー。」と返し、彼女は考えたあとに。
「そうだなー。クロユリ、とでも呼んでよ。」
不敵に笑って呟く。珍しい名前だと思った。
「君は?」と問うてくる彼女。
「別に知らなくていいでしょ。」と返すと、彼女は「でも呼び名がなかったら困っちゃうなー」と言う。
「別に友達になるわけでもないし困らないでしょ」
彼女を振り払おうと冷たく言う。
「困るよー!君なんだかつまんなさそうだし、私の目的に手伝ってもらいたかったのに!」
「……目的?」
その言葉がなんだか引っかかる。
「気になる?」
彼女はしし、と笑う。
「それはね〜」
「死ぬ理由を探すこと。」
「……死ぬ理由を?」
驚いた。彼女は自殺をしようとするほどネガティブな性格じゃなさそうなのに、私が考えていると彼女は
「ま、君が興味ないんなら私は一人で行くとするよ、無理矢理連れて行ったら誘拐になるし」
と言う。
「誘拐って……私より年下でしょ」
呟く私を無視して彼女は歩く。
「ま、待って……!」
「ん?なーに?」
「わ、私も……連れてって!」
口が勝手に動いていた。私の言葉に彼女は想定通り、と言いたげな表情で
「いーよ。言うと思ってた」
と答えた。
「ねえ、てかなんで裸足なの?」
彼女に聞かれる。
「これは……何も考えずに、家飛び出してきちゃったから。」
「ふーん。でも寒そうだね。私の靴片方貸そうか?」
「なんでよ……」と返すと、会話が途切れる。彼女の歩く速度が少し速くなった気がする。
「ねえ、これ、何が終わりなの?」
早足で歩く彼女について行くのに一生懸命になりながら彼女に聞く。
「んー。言葉通り死ぬ理由が見つかったら終わりだよ。どうしたの?怖気づいちゃった?」
微笑む彼女に「そんなんじゃない」と返す。
「ふーん。ちなみに、君はなんでついて来たの?到底君に死ぬ勇気なんてなさそうなのに。」
一々一言が多い人だ。そんな彼女に私は
「……私も、死にたい……し」
と言う。
「ふーん。」と興味なさそうに答えて彼女は
「じゃあ、見つかったら一緒に死のうよ。」
と微笑む。そんな彼女に私は「うん。」と返し、私達はその後も脈絡もない会話を続けながら田舎の田んぼ道を歩いた。
ただ一つ分かることは、彼女の横顔がとても奇麗だったことだ。
何日か経ち、夢を見る。
それは十数年前、私と家族が仲睦まじく笑う景色。もう、きっと戻ってこない景色。
「ーー希さん、紬希さん!」
声が大嫌いな私の名前を呼ぶ。彼女の声ではない。彼女は私の名前を知らない。
目を開くと、視界は暗転されたまま真っ暗だ。
死んでしまったのか?
ぼんやり考えていると、さっきの声に話しかけられる。
「よかった……。紬希さん、山で見つけられて、ずっと意識不明だったんですよ。」
声の主は看護師さんのようだ。どうやら私は山で倒れていたようで、近所のお爺さんに見つけられて救急車でここに運ばれてきたらしい。
朦朧とした記憶で考える。どうしてか目が見えない。そんな私は看護師さんに話しかける。
「……あの子は?」
「……あの子?」
看護師さんは私が夢でも見ているんじゃないかという声で答える。
クロユリはまるで天使だった。
……いや、もしかしたら死神だったのかもしれない。
私の右手には大きな傷跡が残った。彼女といた思い出はここに刻まれたままのようだ。
……そうなんだ。
彼女は、私が見つけるのを手伝ってくれたんだ。
……でも、彼女は失敗した。
見えない病室の窓を眺めながら呟く。
「……でも、貴女がいなかったら、意味ないんだよ……。」
笑う黒百合の花は、とても綺麗だった。