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逃げ道を、塞ぐ
夜のスタジオ。
照明は半分だけ落ちている。
元貴が譜面を閉じた瞬間、
若井がドアの前に立った。
「……どいて」
「どかない」
即答。
笑ってない若井は、久しぶりだった。
「外では守るって言った」
元貴は低く言う。
「今は二人」
若井は一歩、距離を詰める。
「それに、元貴が引いたままなの、もう無理」
元貴は視線を逸らす。
「……触るな」
「触らない」
「代わりに、逃がさない」
言葉だけで、背中が壁に近づく。
「元貴さ」
若井の声は静かで、逃げ場を潰す音がした。
「俺が不安になるの、分かっててやってる?」
「……違う」
「違わない」
「俺を一番近くに置いたの、元貴だ」
間合いが、呼吸の距離になる。
「独占するなら、最後までして」
「半分だけは、一番残酷」
元貴の喉が鳴る。
「……若井」
名前を呼ばれた瞬間、若井の目が揺れた。
でも、引かない。
「呼んだよね」
「それ、許可」
若井は手を伸ばす。
触れない。
けれど、逃げ道は完全に塞ぐ。
「元貴はさ」
「俺が近づくと、拒むくせに離れられない」
沈黙。
元貴は、悔しそうに息を吐いた。
「……調子に乗るな」
「乗るよ」
「だって元貴、俺にだけ弱い」
一拍置いて、元貴が言う。
「……ここで、止まれ」
若井は、ゆっくり頷いた。
「止まる」
「でも、覚えて」
低く、確かに。
「次は、止まらない」
その言葉だけ残して、若井は一歩下がる。
道が、開く。
元貴は動けなかった。
逃げ道ができたはずなのに、
心臓だけが、捕まったままだった。