「やっぱり!下がってるよ!」
レビンは嬉しそうに告げるが、ミルキィの顔色は晴れない。
「そう…」
(やっぱり私のせいだったわ…)
「ミルキィはレベルアップしてる?」
そう言ってナイフを渡した。
浮かない顔つきで指先にナイフの先端を当てると、血が滲んだ。
それをタグに垂らすと……
『レベル3』
「やったね!これで大分強くなったんじゃない?」
ミルキィは楽しそうに話す幼馴染を直視できないでいた。
「ミルキィ。大丈夫。僕を信じて?」
「レビンの事は信じているわ。誰よりも…」
自分の予想が半ば当たっていた事に喜んでいたレビンだったが、気軽な問いかけに思いもよらない重さで返されて、言葉に詰まる。
「…ありがとう。僕もミルキィを信じてるよ。だから着いてきて」
「えっ?ちょっと…」
そう告げたレビンは森の奥へと向かった。幼馴染の急な行動に、ミルキィは慌てながらも着いて行くのであった。
「しっ」
レビンは人差し指を口に当ててミルキィに指示を出した。
(あれは…ゴブリンね。コボルトと同じく二足歩行の魔物だけど…2体いるわ。どうするのかしら?)
レビンは矢筒から2本の矢を取り出して右手で持つ。
そして、一本を弓につがえてもう一本は矢尻(鏃)をしたに向けて右手一本で保持した。
ヒュン
一拍置き
ヒュン
連続で放たれた矢は、一本はゴブリンの致命傷となる喉に、もう一本は別のゴブリンの足に刺さった。
『ギャ!?』
矢が足に刺さったゴブリンが騒ぐが、レビンは落ち着いてもう一本矢を取り出し放った。
ヒュン
矢は生きているゴブリンのもう片方の足に刺さり、ゴブリンは立ち上がる事が出来なくなった。
「他の気配はないな。ミルキィ。ちょっときて」
レビンはゴブリンの1体の死を確認して、もう1体を辺りに沢山ある蔓で縛った。
準備が出来ると近くの茂みに隠れているミルキィを呼んだ。
「ど、どうするのよ!?まさか…コイツの血を吸えなんて言わないでしょうね!?」
(その手があったか…でも流石に僕以外の血液をミルキィに飲ませるのは気が引けるなぁ)
「違うよ」
そう言うとレビンは先程切った指に刺激を与え、血を出すとタグに垂らした。
『レベル1』
「やった!やっぱりレベルが上がってたよ!」
ゴブリンが絶命した瞬間に高揚感を感じていた為、上がっているとは思っていたが、実際に確認出来たことで自信に繋がった。
ゴブリンはコボルトとほぼ同じ脅威として広く知られている。場所は村から少し離れているが、魔物としてはどちらにしても最弱の部類だ。
「良かったわ。それで?私が…吸えばいいのね?」
耳年増なミルキィは、なぜだかいけない事を提案しているように錯覚して顔を赤くする。
実際、この世界の人族からしたらいけない事なのだが…意味は正反対だ。
「うん!もうわかったよね?」
「ええ」
カプッ
すでに何度もレビンの血を吸血していたミルキィにとって、レビンの血はご馳走様にしか見えなくなっていて躊躇なく、いや、自覚なくその腕に吸い付いた。
吸血後、再びタグに血を垂らし、レベルが下がっている事を確認したレビンは、長く苦しめてしまった事を心の中で謝罪しながら縛っていたゴブリンにトドメを刺した。
ここで魔物と人族の関係だが、人族はこの世界の弱者。魔物の本能には餌としてインプットされている為、人を見かけたら問答無用で襲い掛かる。
道徳的に見ても、歴史の観点から見ても、魔物を殺す事は善しとされ、さらに痛めつける事も善しとされている。(冒険録より抜粋)
「見て!レベルが上がってるよ!」
もちろん高揚感もあった。
「凄いわ…強さはどうなの?」
「うん。見てて」
そう言うとレビンはその場で垂直跳びをした。
以前であれば届かなかったであろう枝まで手が届き、それに片手で掴まりぶら下がってみせた。
「うーん。わからないわ…」
「そ、そう…まぁ確かに自分じゃないと気付けないよね…」
この世界に身体測定が有ればどれだけ恩恵を受けていたのか気付いたのだろうが、側から見るとまだまだ人族の範疇である為わかりづらかった。
「そういうミルキィはどう?どれくらい強くなったかわかる?」
「そうね…追い込まれたらゴブリンに勝てるかも?程度だわ」
生き物を殺した事のないミルキィからすると、成人であれば村人でも倒す事が出来るゴブリンであっても強敵だった。
「そ、そう。まぁミルキィが強くなってるのはレベルが示す通り事実だから、このまま暫く続けようね。
それと吸血なんだけど、僕のレベルが0になると流石に誤魔化せないから、最低でも1は残すね」
「任せるわ。レビンのしたいようにして。私は貴方を信じてついていくだけだから」
ミルキィが迷惑を掛けていないと分かった為、これまで通りレビンの後を追うだけだとミルキィは心に決めた。
このセリフを言った後、思い出しては一人で赤面していたが……
「すみません。これを買取って貰いたいのですが」
街に帰ってきたレビン達はギルドに行き、この日の成果と旅の時に仕留めたコボルトの魔石などを納品した。
「おっ。坊主は新入りか?俺はここの買取を仕切っているオランっていう者だ。レビン…血の盟約な。覚えておくぜ!この番号で呼ぶから座って待ってな」
40歳くらいのマッチョな男が、ガサツな言葉使いながらも愛想良くレビンに接した。
「ありがとうございます!オランさんですね!よろしくお願いします」
「お願いします」
いつもの如くレビンの後ろからミルキィが頭を下げて、二人は長椅子に腰を下ろした。
「52番の方。こちらへどうぞ」
受付の言葉にレビンは自身の手の中の札を見る。
『52』
確認したレビンは呼び出したアイラの元に向かった。
「あら?レビンくんだったのね。初依頼達成おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
例によってミルキィも感謝の言葉を述べる。
「納品物は…ゴブリンの魔石と討伐証明部位の右耳がそれぞれ二つと、薬草が…凄いわね。50束。それと、コボルトの牙と魔石が二つづつですね。間違いありませんか?」
「はい!」
「全部で金貨1枚と銀貨4枚です。この値段で良いですか?ダメなら返品出来ます」
内訳には薬草1束銅貨2枚と書かれていた。討伐証明部位は売れないがランクアップの貢献ポイントになると依頼書に記されていた。コボルトの牙は村ではナイフにしたりと色々と活用法があるため持って来たのが偶々貢献ポイントへと繋がった。
「ありがとうございます。お願いしますね。それと敬語でなくて大丈夫ですよ」
「ありがとう。ホントはダメなのだけど、レビンくんみたいに可愛い男の子に敬語って、難しいのよね…」
「いえ。お気になさらず」
(所々敬語が怪しくなってたからね。仕事といえど、こちらがいいなら大丈夫だよね?)
二人はお金を受け取るとギルドを後にした。そして宿に帰るのだが、この時ミルキィの機嫌が悪くなっていた事にレビンは気付かなかったのであった。
レビンは自身の思考の海の中で、ミルキィのレベルドレインにある程度の答えを出して夕食を終える。
そこで初めて異変に気付いた。
(あれ?ミルキィが、ギルドから帰ってから一言も喋ってない…)
無言のまま部屋へと戻り、レビンは口を開く。
「今日は沢山稼げたからまたお湯を頼むね!取ってくるから準備してて」
返事はない。その事に背筋が寒くなる想いをしたが、ここで『何で?』と聞くのが不味いくらいはミルキィの事を知っている為、黙ってお湯を運んでくる事にした。
納品で沢山稼げた要因は、もちろん薬草だ。
普通の鉄ランク、銅ランクの冒険者二人組であれば1日掛けて20束採取出来ればいいところだ。
これは(レビンのせいで)5年にも渡るミルキィの山での薬草探しの賜物であり、レビンも収入の安定に目処がたち感謝している。
(明日も頑張ってもらうためにも何とか機嫌を取らないと!…あれ?ミルキィって何が嬉しいんだろう?)
15年の歳月を共にしても案外わからない事だらけだな、と思う冒険者生活初日の夜であった。
レベル
レビン:0→1→0→1(5)
ミルキィ:3→4
()内は自覚したモノも踏まえた数値。