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年長の鮒達から無条件の信任を受けたナッキは嬉々として工事を続けたのである。
最初に取り掛かったのは、水中に含まれる酸素量を増やす事であった。
流れによって撹拌(かくはん)されたり、瀬によって酸素が豊富だった川に比べ、この静かな池の水に含まれる量は極端に少なく、寝ている時以外は常に泳いでいないと体の動きが鈍くなってしまうのである。
実は、ナッキが日中働き捲っていた遠因(えんいん)は、この事が理由にもなっていたのだ。
今後、効率良く、且つ精力的に各種改善を行う為には、何より先に酸素量を増やすべき、ナッキはそう思ったのである。
決めてしまうとナッキの行動は早かった。
気楽な感じで例の滑らかな円形のトンネルから出て行き、暫(しばら)くして戻ってきた時には、胸鰭一杯に外の小川に生えていた水草を根っこごと持って来たのである。
そのまま池の中を気楽な感じで眺め回し、日当たりが良さそうな水底に、尾鰭を器用に使いながら鼻歌交じりで植え付けて行く。
何度か繰り返していると、やはり息苦しくなったらしく、大きく口を開けたまま周囲を猛スピードで泳ぎ回り、少しするとまた水底で根気強く植え付け作業を続けるナッキ。
果たしてこんな事で水中の酸素は増えるのだろうか? 息苦しさを感じなくなる日は来るのだろうか? そんな風に思って不安を感じ始めたナッキであったが、作業開始から六日目の作業中に不意に呟きを漏らしたのである。
「あっれぇー、今日は泳がなくても全然苦しくないぞ? 正解だったの、かな? 判らないけど取り敢えず日向は全部植え付けてみよう! でも助かるなあ、泳ぎ回らなくていいなら、これからはスピードアップだね♪」
その言葉は的を射ていたらしい。
この日からの三日間、ナッキは息苦しさを感じる事無く働き続け、日当たりの良い場所だけでなく、池の底一面に水草を植え付ける事を完了させたのである。
「うーん壮観だなぁ! 今ならはっきりと判るや、全然息苦しくない、酸素が豊富に含まれているんだ! 良しっ! 次だな! 休む事ないから今すぐ始めよう、ええっと、確かこの辺りに…… お、有った有った、って、えーぇ?」
九日間、不休で働き続けていたと言うのに、半日の休息も取ろうとしないまま、ナッキは次の作業を始めようとして、思いもしなかった事態に驚きの声を上げるのであった。
次に取り掛かろうと決めていたのは、嵐や大雨で水流が強くなった時に身を隠すための塀、石の築地(ついじ)作りを予定していた。
勿論自分用は後で考える事にして、まずはメダカ達用のものを作るつもりでいたのだが……
その素材として当てにしていた石材がすっかりなくなってしまっていたのである。
ナッキがこの池に入ってくる時に崩した石壁、メダカの言う所の『死の岩壁』だった石が丁度良い、そう思って池の端のほうに集めて置いていた筈だったのだが、その場所には、もっと小ぶりな石の粒が二、三十転がっているだけで、『死の壁』だった石は一つも残っていないのであった。
「誰かが持って行っちゃったのかなぁ? でもメダカはあんなに大きなものは運べないしなぁー、流されちゃったのかぁ? そんな事あるのかなあぁ? いずれにしても…… これは困った事になったぞぉ」
そう言うと周囲を見回した後、溜息と共に独り言を続けるナッキ。
「ここって不自然な位に小さい石しかないんだよなぁ、流木じゃあ軽くて壁にはならないだろうし…… 小川にも見当たらなかったんだよね…… 仕方ない、大きい川まで行って探してみるしかないよなぁ、でもあそこはあそこで大き過ぎる石しか見てないんだよなぁ…… まあ、無駄足になるかもだけど行くだけ行ってみよう」
そう呟くと池からトンネルを通って小川に出て、勢い良く流れに沿って泳ぎ出したのであった。
程なく前方の左右が開けた事を確認したナッキは、泳ぎを止めて小川の流れに逆らうように鰭を動かしてその場に停止しながら声に出す。
「おおっ、前に来た時とはてんで違うや! 嵐じゃないとこんな感じなのかぁ!」
あの嵐の日にはかなり増水していたのだろう、大きな川とこの小川の間は濁流で繋がっていた。
だが今ナッキの目の前には、自分が停止している小川の出口からは水が滝になって流れ落ちており、少し下に見える大地にちょっとした池のような滝壺が見えている。
その先には、小川より少し細い流れとなって大きな川の本流に合流している事も見て取れたのだ。
「これ位なら簡単に戻れそうだな、えいっ!」
言葉通り、滝壺までの距離はそれ程でもなく、ナッキが精一杯ジャンプする高さの四分の一位であった。
チャポンッ!
無事滝壺に着水を果たし、周囲を見回したナッキは素っ頓狂な声を上げる。
「あれ? なんか良い感じの石が一杯あるぞ? 前は大き過ぎる石ばっかりだったと思ったんだけどな? 若しかして僕みたいに上流から流れてきたんだろうか? はてな?」
滝壺の下もその先の川筋も、川底に転がっている石は、揃ってナッキが潜り込むのに丁度良い、例のサイズ位である。
首を傾げながらもお目当ての物を発見したナッキは嬉しそうに言う。
「んまあ、良いか! 早速池に運んでいくとしよう♪」
そうして石を一つ胸鰭で挟み込んで掴むと、滝壺から大きくジャンプして小川に戻り、ルンルン気分でメダカの待つ池を目指して遡上して行くのであった。