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授業は全く頭に入らなかった。三時過ぎにカフェテリアに戻る。給料が入ったので、ココアを一杯注文した。
店内を見回すと、奈津美さんがジゼルと共にピアノ近くにいた。俺が来ると、ジゼルは授業に行くといって席を立った。三時からの授業はもう始まっている。
奈津美さんと二人っきりになった。
昨日のことを弁解しようと思えば思うほど、言葉が絡んでしまい結局黙ったままでいる。
「そろそろ、はじめない?」
奈津美さんはそういうと、グランドピアノに座った。俺は横に立った。彼女は右手でC G Eの三つのコードを繋ぎながら、左手のウォーキング・ベースにトライしている。
一曲どうにか弾き通すと、彼女は鍵盤から手を離した。
「あのね、面白いの、ジゼルって。あんまりデジュンと話してばっかりいると、ケンタが嫉妬するんじゃないかって。だから言ったの、健太さんはそういう人じゃないのよ、って」
俺は澄ました顔をするよう、心掛けた。
「私、デジュン好きよ」
グランドピアノの上に載せていたココアを、少しこぼしてしまった。奈津美さんの白いハンカチがココア色になる。
「ごめんなさい、変な意味で言ったんじゃないのよ。
そういえば、デジュンの友達の髪の長いロックやってるベネズエラ人いるでしょ? あの人がさっきね、『君はケンタと付き合ってるのか』って。いつも一緒にいるから、そう見られるのかなあ」
「で、何て答えたの」
「私と健太さんはそんなんじゃないのよ、って言ったんです。そうしたら、そうか、だって」
全身の力が一気に抜けた。
窓を向くと、ダウンタウンの高層ビルに西日が反射しはじめた。
「夕陽、見に行かない?」と俺は言った。