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3日後、私たちは無事に『循環の迷宮』から帰還することが出来た。
帰り道はあまり探索はしなかったものの、エミリアさんの不調や全員の疲れから、どうしても進みが遅くなってしまった。
夜番も私とルークの2人体制になってしまったけど、私だけ出ているわけにも行かないということで、結局ルークは出ずっぱりになってしまった。
王都に戻ったら、しばらく皆で休みを取ることにしよう。
「……さて、アイナ様。
まずは騎士団の詰め所に行きましょう」
「え? 何で?」
「リーゼさんに殺されかけましたので、それを伝えなければいけません」
「ああ、なるほど……」
私たちは、いわゆる殺人未遂の被害者なのだ。
リーゼさんも最初はそこまでする気は無かったようだけど、最終的にはそうなってしまったわけで――
……彼女を赦すか? と聞かれれば、もちろん赦すつもりなんてない。
「あの人のためにもう時間は使いたくないですけど……わたしたちのこれからや、他の人に迷惑を掛けさせたくないですからね。
しっかりきっちり、お話していきましょう」
エミリアさんも少し表情の無いような感じで言い切った。
これにはまったく同感である。
「今回は私にお任せください。こう見えてもクレントスでは問題を扱う側だったんです。
アイナ様に手伝って頂くこともありますが、それは後ほどよろしくお願いします」
「え? うん、分かったー」
私たちはひとまず『循環の迷宮』の近くにある騎士団の詰め所に向かった。
あとから聞いた話によれば、やはりダンジョン内では問題が起こりやすいらしく、こういう案件も日常茶飯事なのだという。
ゲームとは違って、人間の欲望が混じると……怖いことになるものだね、まったく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜、私たちは王都の宿屋に戻ることができた。
調子の方はまだまだ戻らないものの、ひとまずここまでくれば、気は休まるというものだ。
「……とはいえ、食欲だけ見ればエミリアさんってば本調子!」
「安心したら元気が出て来ました! やっほーい!」
大量のメニューを前にして、可愛くはしゃぐエミリアさん。
よく分からないテンションを出している辺り、やっぱり無理はしていると思うけど……。
……あ、そういえば王都に来る前の、いつもの食事の量に戻っているなぁ。
これを大聖堂の人に見られたら何か言われそうだけど、今回は黙っておくことにしよう。
元気を出すのが最優先だからね。
「それにしても、詰め所でのルークの立ち振る舞いは格好良かったね。
何か凄く専門家……みたいな感じがしたかな。無駄が無いっていうか」
「そうですか? 必要な情報はある程度決まっていますからね。それを客観的に伝えただけですよ」
「普通はそれが難しいんだよ。ねぇ、エミリアさん」
「そうですねー。
ルークさんも格好良かったですけど、アイナさんも格好良かったですよ?」
「え? そんな要素ありましたっけ?」
「アイナ様には、身分証明をお願いしましたよね」
実は今回、身分証明はプラチナカードで行ったのだ。
錬金術師ギルドのカードでもS-ランクの威光があって良かったんだけど、それでも今回は本気で行きたかった。
最大の力をもって、最大の効果を! ……やっぱり二人に手を出したのは赦せなかったからね。
「あはは、詰め所の人たちも驚いていたよね。
あんなものを急に出されたら、それもそうかな?」
「私も記憶に残っていますが、やっぱり強烈ですからね」
「それよりもお金ですよ! 懸賞金!」
懸賞金……というのは、問題を起こした人を指名手配する際に懸けられるお金のことだ。
詰め所で話を聞いたところ、被害者が懸賞金を出せるシステムがあるらしかった。
それを使うかを聞かれて、プラチナカードのこともあり、周囲の期待に満ちた目が私のお財布を緩める結果になってしまったのだ。
「いやはや、しかしまさか金貨1000枚も出してくるとは……」
さすがのルークも少し呆れた声で言った。
「出し過ぎたかな? 出し過ぎたよね? 出し過ぎちゃったなぁ……」
「でも、あのときの詰め所の盛り上がりは凄かったですよね。
経費が少ないとかで、むしろ自分たちで捕まえようとしていましたし」
「ああ、そうですね。
どこかの冒険者に渡るくらいなら、日々の安全を守ってくれている騎士団の方に使って欲しいかも。
……って、今さらですか」
「でも、何だか誇らしかったですよ!
わたしたちが一緒にいるのは、こんなに凄い人なんですよーって」
「うーん……、そんなもんですかね?」
明日からしばらく休もうとはしたものの、やっぱりお金も稼がないといけないかな。
ひとまずは回転の速そうな依頼をどんどん受けることにしよう。
私が受ける依頼は、他の錬金術師はあんまり受けていないみたいだし――
……ああ、あとは工房をもらえるっていう話もあったっけ?
「アイナちゃん、こんばんわ!」
不意に、ジェラードの明るい声が聞こえた。
「こんばんわ、お久し振りです!」
「エミリアちゃんは、何だか疲れてるみたいだね? ルーク君もお疲れ様!」
そこまで言うと、ジェラードの目に少し冷たいものが映った……ような気がした。
ジェラードはリーゼさんのことを不審に思っていた。
そして今、彼女はこの場にはいない――
「……ジェラードさん、今日は二人で話しませんか?」
「うん、そうだね。そうした方が良さそうだ」
「え?」
「それではアイナ様、今日は少しジェラードさんと外で食事をしてきます。
戻りは遅くなると思いますので、今日は先にお休みください」
「う、うん。えーっと……?」
「アイナちゃんとエミリアちゃんは心配しないで良いからね♪
それじゃ、おやすみ~♪」
そう言うと、ルークとジェラードは食堂から出て行ってしまった。
「……どうしたんでしょうね?」
「あー……、わたしは何となく分かりますよ。
これから『循環の迷宮』の話をするんでしょうね」
「え? それならここでしていけば良いのに……」
「アイナさんは、ジェラードさんにとって特別な方なんですよ?
腕を治してあげて、今の明るいジェラードさんに戻してくれたんですから。
そんな人が裏切られて、あまつさえ殺され掛けたなんて聞いたら――」
「……なるほど、平常心がどこかに行ってしまいそうですね」
「ジェラードさんは普段こそ軽いノリですが、根のところは真面目で優しくて、そして少し怖い方です。
深いところの感情を、アイナさんにはお見せしたくないんでしょうね」
「そうですね……。
はぁ、ジェラードさんにも心配を掛けてしまいますね……」
「実際、わたしがジェラードさんの立場でもどう思ってしまうか――
……うぅん、すいません。今日はそろそろお休みしても良いですか?」
「あ、そうですね。
ルークたちも今晩どれくらいになるか分かりませんし、ひとまず明日は自由行動にしましょう」
「それは助かります。
ゆっくり休んで、早く元気にならないとですね!」
「私は錬金術師ギルドに行きたいので出掛けようと思いますが、エミリアさんはゆっくり休んでくださいね」
「え? ……ププピップ……」
「エミリアさんはゆっくり休んでくださいね?」
「は、はい……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアさんと別れて、自分の部屋で身の回りのことをすべて終わらせる。
ここまででようやくひと段落。
やっとゆっくり休める……そんな思いが湧き起こってきた。
帰り道はいつもの三人で気楽なものではあったけど、今回の件では全員が被害者なのだ。
誰かが近くにいるだけでも、どこか緊張の糸が張ってしまっていた。
でも、ようやくその糸を解ける――
「……っ」
不意に、涙が出てきた。
何の涙かは心当たりがありすぎて特定しにくいが、それでも大体の意味は分かる。
今まで過ごしてきた異世界での日常が、何だか突然、不安定なものに感じられてしまう。
……元の世界、か。
記憶の中で美化された、転生前の世界。
せめて今日くらいは、そんな記憶の中で一晩を過ごしても良いかもしれない――