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「まぁまぁまぁまぁ!」
ナーシャがジェストの父であるデリス子爵に挨拶したのは、アプローチだった。何故なら、驚く事に一家総出で熱烈歓迎と言わんばかりに、皆がそこに待って出迎えてくれたからだった。
「初めましてナーシャです、皆様からお出迎えいただき恐悦至極に存じます。どうぞよろしくお願い致します」
デリス家の出迎えの圧に何とか堪えて、ナーシャが子爵に向けて挨拶すると、ジェストの母である子爵夫人が、大きな声で「まぁ」を連発して、ナーシャをハグしてくれた。
実母の温もりを知らないナーシャを、専ら抱きしめてくれたのは、今は亡き祖母のミゼラだけだった。
ジェストに抱きしめられた時とは違う、白粉のほんのりとした匂いと、髪につける淡い香料の匂いが混ざる優しいハグに、ナーシャの心に懐かしい郷愁のような物が湧いてくる。子爵領に来たのは初めてで、ミゼラとはだいぶ歳も違うのに、夫人はナーシャに祖母を思い出させた。
だから、夫人がナーシャから離れて、彼女の顔を見つめた時驚く事になる。
ナーシャの目には涙が溢れて、夫人のドレスに涙が付かないようにと、溢れるのを必死に我慢していた顔だった。
「ご、ごめんなさいね。突然抱きしめたりして驚いちゃったかしら?」
慌てる夫人の言葉に、ナーシャは「違う」と言いたいのに声が出なくて、必死に頭を振って否定した。
そんなナーシャの腰に、ジェストが優しく手を回して「中に入ろう」と促してくれる。
そんな新婚の息子夫婦の姿に、程よく満足している子爵が、熱烈歓迎軍団も一緒に邸の中に誘導した。
セリナに、ハンカチと白粉で顔を整えて貰ってから、改めて団欒室というところにメイドに案内してもらう。
部屋の中は温室のように温かく、庭の花壇が眺められるようにと、庭に面した側の窓も扉も硝子で出来ていた。部屋には大きめの白い丸テーブルが3つ置かれて、其々に椅子を人数分配置している。
各テーブルを回りながら、子爵家の面々をジェストが紹介してくれた。
驚くことに全員が今子爵家で暮らしているという。そして、そのテーブルに案内された時、ナーシャは直ぐにその人が誰か分かった。
「初めましてナーシャ様、レミィ・デリスと申します」
元平民とは思えない綺麗な所作で、上品な淑女の礼は、|レミィ《こちら》も亡き祖母を彷彿とさせた。
「は、初めまして、ナーシャです。よろしくお願いします」
緊張から、少し言い淀んだナーシャだったが、レミィもその夫でジェストの叔父のカーゼルも、ナーシャの粗相を咎めることなく微笑んでくれた。
「私が誰かはもう聞いてる?」
「はい」
「そう、これからナーシャ様とは長いお付き合いになるから、気にせずに接してもらえると嬉しいわ」
「はい、ありがとうございます。あのナーシャとお呼びください」
「ふふっありがとう、ナーシャ」
セシルに似た顔立ちで、少し薄い茶色の髪に青い瞳。ナーシャの実父であるオリジエル侯爵は青い瞳で、ナーシャと同じ深い青だった。セシルも青だが、少し明るい青だと思っていたが、それはレミィの瞳を受け継いだのだと、本人を見たから分かった。
そしてその隣には、10歳位の男の子がいた。カーゼルとレミィの息子だと紹介される。セシルの異父兄弟だ。
あちらもこちらも異母や異父きょうだいが、オリジエル侯爵家関係には多いなと感じて、それがナーシャの祖父であった、前侯爵の急逝がきっかけだと思ったら、その頃のオリジエル侯爵家の混乱が、ナーシャには見えたような気がした。
どれだけ祖母が大変だったのか。
ナーシャはその時の祖母の気持ちを想像して、胸が少し痛んだ。
◇◇◇
少し中途半端な時間に到着してしまったナーシャ達に気遣って、夕食は早めに用意された。
こちらに来るまでの宿で、色々な領地の食事を堪能したが、子爵領でも知らない料理が並んでいた。
ここに来るまでにもそうだったが、王都にも詳しいジェストは、ナーシャが初めて見る料理に関しての、フォローが完璧だった。
今もその初めて見る料理の皿を自分に引き寄せて、ナーシャが食べやすいように切り分けてくれる。
そして再びナーシャの前に置かれた皿は、ナーシャが少しナイフを入れるだけで、マナーも関係なく食することが出来るまでになっていた。
「どう?」
「美味しいです。これは?」
ナーシャが尋ねると、賺さず料理長と覚しき女性が、ナーシャの側に来て説明してくれた。
これはあの山で自生する、この領地でのみ採れる小芋だと教えてくれる。
あまりにも小さくて、平民は茹でて塩だけで味付けをして、皮が付いたまま食するという。
ナーシャの皿のその芋は、先程綺麗にジェストが剥いてくれていた。実は皮が珍しい赤い色をしていて、初見ではやはり躊躇する食材だった。ふと、周りの皿を見ると、皆は皮が付いたまま食べている。
「皮も食べられるの?」
「はい、とても栄養があります。ですが貴族の方はあまり皮付きでは食しませんので、剥いて食べても問題はありません。今日は《《若奥様》》が、ご存知の食材かがわからなかったものですから、通常のように出してしまいました。申し訳ありませんでした」
料理長の説明にはナーシャへの配慮も感じられた。貴族は皮は食べないと言ったが、ジェスト達は皮付きで食べていたのだ。だからナーシャだけではないのだと、気を遣ってくれたに違いなかった。謝罪をされてナーシャは恐縮したのだが、それよりも皮付きで食べてみたいと思った。それに、若奥様と呼んでくれたのは、彼女が初めてで、それがとても嬉しかった。
「謝罪は必要ないわ、こちらこそ気を使わせてごめんなさい。あのね、私皮付きで食べてみたいわ。皆様もナイフは使用されていないから、刺すだけでいいのよね」
料理長に答えながら、ジェストにも聞いてみると、彼が嬉しそうに頷いてくれる。
忽ち、ナーシャの前に、もう一度皮付きの芋が並べられた。
恐る恐るフォーク一本で芋を刺す。
小さいから、少しドキドキしたが、転がらずに刺せてホッとする。
皆が固唾を飲んで見守る中、ナーシャが口に入れて咀嚼する。
「皮付きのほうが美味しいのね」
ナーシャの声に、熱烈歓迎一同は思わず知らず拍手をしていた。
その拍手にナーシャは恥ずかしすぎて、顔を真っ赤に染める。
(恥ずかしい⋯私ったら幼い子どものようだわ)
皆に見守られていた事でそう思ったけれど、この時ナーシャは何故かは分からないが、自分が『ナーシャ・デリス』になったのだと実感した。
コメント
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いやもう、めっちゃホッコリしたわこの話…!!デリス家の熱烈歓迎が本当に温かくて、特に子爵夫人のハグでナーシャが涙ぐむとこ、グッときた。実母の温もりを知らないって背景がちゃんと生きてるし、「ナーシャ・デリス」になった実感を得るラストも沁みる。皮付き芋を皆が見守る光景、好きすぎる。