テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「翠々、行こう」
「い、行くってどこへ?」
彼から爽やかなフレグランスの香りが漂う中、左手を引っ張られて歩きだした。
手にしていたペーパーバッグも、いつの間にか私から彼へと移動している。
「食事しよう」
「私はいいですけど、琉輝さんはまだお仕事が……」
「今日はもう終わった」
それならいいのかな。
即座に納得したものの、ギュッと握られた手は放してもらえそうにないし、どこで食事をするのかも不明なままだ。
それでもなぜか私の心に不安はなく、スラリとスタイルのいい琉輝さんの隣を歩くだけで胸が高鳴った。
「ここもうちの系列のレストランなんだ」
「わぁ……素敵ですね」
琉輝さんが私を連れて入ったのは、ターミナルの一番奥にひっそりと佇む隠れ家的な店構えのイタリアンレストランだった。
店内はとてもスタイリッシュな空間が広がっていて、大きな窓からは滑走路が見える。
「急に来てすみません。借りてた上着を返したくて」
「こっちこそ会議だったから、すぐに返事できなくて悪かった。ていうか、上着なんていつでもよかったのに」
自信が宿ったような余裕たっぷりの視線で射貫かれ、私は昔からこの蠱惑的な瞳が好きだったと改めて自覚した。
「あの……琉輝さん、いろいろと聞きたいことがあるんですけど」
景色のいいテーブル席に案内され、琉輝さんがスマートにオーダーしたスパークリングワインとカプレーゼが運ばれてきたところで私は彼にそっと問いかけた。
「琉輝さんは“社長”なんですか?」
このレストランに入店するときも、ホール担当のスタッフが彼の顔を目にした途端、頭を下げたあとにピタリと静止をするていねいなおじぎをしていた。
なので間違いないのだろうと確信しているものの、私は彼の口から真実を聞きたい。
「こっちに転勤になってからは、そういう肩書になってる」
「スターレイル・エアポートの? 普通では考えられないですよ」
「とりあえず乾杯しよう」
真顔でつぶやく私に、琉輝さんがワイングラスを掲げる。
初めて飲んだ高級なスパークリングワインは辛口で、うまくいかない私の人生を象徴しているかのようだ。
「翠々には話してなかったけど、俺の家族の話を聞いてくれる?」
苦笑いを浮かべた彼が、コクリとうなずく私をやさしい眼差しで見つめる。
「スターレイルエアの創業者は、俺の曾祖父なんだ。ずっと一族経営で、今は父が社長、祖父がグループ全体の会長職に就いてる」
「えぇ?!」
「そういう反応になるよな。だから話すのをためらってた」
「ごめんなさい」
思わず目を見開いてしまったが、彼の表情を読み取ってあわてて元に戻した。
こうして過剰反応されると予想していたから琉輝さんは話しづらかったのに、私はなんて思いやりに欠けた人間なのだろう。
けれど驚いたのも無理はない。スターレイルはたしか財閥系だったはず。
……思い出した。鳴宮財閥だ。琉輝さんの名字も鳴宮なのに、今になって気づく自分の鈍感さに心底あきれる。
「謝らなくていいよ。伝えてなかった俺が悪い」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
食事中に失礼なのは重々承知だったが、直接あれこれ質問攻めにするのを躊躇した私はバッグからスマホを取り出してスターレイルエアホールディングスを検索した。
もちろんすぐにヒットし、そこには概説や歴史が書かれてあった。
創業者は旧華族だった侯爵の鳴宮松太郎氏で、前身は“鳴宮飛行機株式会社”という社名だったらしい。
第二次世界大戦終戦までは東洋最大、世界有数の航空機メーカーだったと記載されている。
「え……すごいですね」
「曾祖父が飛行機好きだっただけ。とはいえ華族の家で生まれ育ったのを考えたら、異端児だと言われていろいろと反対はされただろうな」
検索をかける私を見守りつつ、琉輝さんは落ち着いた笑みを浮かべる。
「家のことは関係なく……翠々には、ただの男として見てほしかったんだ」
意味深な言葉を聞き、ドキンと大きく心臓が跳ねた。
二年半前にアメリカで初めて見たときもそうだったけれど、にこりと笑った彼の顔は本当に綺麗で魅了される。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
心狼@_shiro🤍🐺