俺とカオリ(ゾンビ)が部屋から出た瞬間……助走をつけたミノリ(吸血鬼)がカオリに襲いかかった。だが、相手は『憤怒の姫君』と呼ばれるほどの逸材。
いくら、大罪の力を封印されているとはいえ、戦闘経験は明らかにミノリより上だろう。故に、ミノリがカオリに勝利するのは非常に難しい。
その証拠にミノリの拳は、カオリの手の平で受け止められている。
ミノリは懸命に拳を押し込んでいるが、カオリは暇そうに自分の頬をポリポリと掻いている。
……勝負あったか? いや、これくらいでミノリは諦めたりしない。
彼女は左手の親指の先端を噛むと、自らの血を変形させた。これは……日本刀だ!
ミノリは、その刀をブン! という音が鳴るほど思い切り振ると、両者は距離をとった。
身の危険を感じた俺は他のみんなが隠れている方に行き、二人の戦闘を見守りつつ、こうなった理由を訊くことにした。
「誰か、ミノリがあんなことをやり始めた理由を教えてくれないか?」
すると、全員がそっぽを向いた。
まあ、話したくないのは分かる。でも今は、それどころじゃない……。
このままでは埒があかないため、シオリ(白髪ロングの獣人)の頭の上に乗っているチエミ(体長十五センチほどの妖精)を両手で捕まえた。
彼女がジタバタと暴れるのを防ぐため、首から下を右手で覆い隠すように握った後、脅すような目つきでチエミを睨みつけた。
すると、チエミは溜め息を吐いた後
「仕方ないですね」と言って、俺に事の発端を話し始めた。
「ミノリさんが『自分より弱いやつをナオトの嫁候補にするわけにはいかない!』と言った直後、ナオトさんたちが部屋から出てきたので、あんなことになっています」
「……やっぱりか」
「……はい。そして、このままでは、あのまちについての話し合いができません。なので、ナオトさんが行って説得してきてください」
「……どうして俺なんだよ」
「そ、それは、その……ナオトさんがあの二人の大罪の力を鎖で封印した張本人ですから、それを利用して止められるのではないかと思ったからです」
「……そうか。うーん、でも俺の勘だと、もうすぐ戦いは終わると思うから、その必要はないと思うぞ」
「えっ? それは、いったいどういう……」
「おっ! ちょうど終わりそうだな。さて、どうなることやら」
「ちょ! そんなことがあるわけ……って、どうして、二人とも戦いを中断しているのですか?」
「まあ、あれだ。相手の力量がどれほどのものなのかを知りたかっただけだからだ」
「そ、そうなんですか?」
「さあな。これはあくまで俺の勘だから、本当かどうかは分からない」
「……そ、そうですか。ところで、いつまで私をこうしているつもりですか? 早く手を離してください」
「ん? ああ、忘れてた。すまん、すまん」
俺が手を離すと、チエミはパタパタと四枚の翼を羽ばたかせて再びシオリの頭の上に乗った。
俺の次はシオリの頭に居座るつもりかよ。まあ、確かにシオリの髪は……って、こんなことしてる場合じゃないな。
俺は二人の方に歩み寄ると、咳払いをしてから話しかけた。
「えーっと、二人ともいい動きをしていた。さすが大罪の力を持つ者同士の戦いは違うな」
「はぁ? そんなことはどうでもいいのよ」
「えっ?」
「ああ、それよりも今は他にやらなきゃならねえことがある」
「……えーっと、あえて訊くが、それはいったい何なんだ?」
「そんなのこの中で誰が一番ナオトに(マスターに)相応しいかを決めるためよ(だ)!!」
「……はぁ? お前ら、さっきまでなんで戦ってたんだよ。俺はてっきりお互いの力量を図っていたのかとばかり思ってたぞ?」
『それはそれ! これはこれ!』
「息ぴったりじゃないか」
『うるさい!』
「ほら、やっぱり」
「マネしないでよ!」
「てめぇこそ、マネすんじゃねえよ!」
「なによ! 殺る気!?」
「なんだ? 殺ろうってのか?」
『んーーーーーーーーー!!』
カオリ(ゾンビ)がミノリ(吸血鬼)のことを『強欲の姫君』と呼んでいたから、てっきり面識があると思っていたが、どうもそうではないらしいな……。
もしかしたら、大罪の力を持つ者同士は自分以外の大罪持ちの場所が気配で分かるのかもしれないな。
それにしても、どうしてこう仲が悪いんだ? すっごい火花が飛んでる……。
はぁ……ここはガツンと言ってやるかな……って、あれ? そういえば、あのオオカミはどこに行ったんだ?
俺はキョロキョロと辺りを見回したが、どこを見ても例のオオカミの姿はなかった。
一体どこに行ったのだろうか? 心当たりはないし、カオリと一緒に部屋から出るときは一緒だった。
どさくさに紛れて、どこかに隠れているのだろうか? それとも、この世界の組織的な存在が送り込んだスパイだったのだろうか?
考えれば考えるほど分からなくなってきたので、カオリに訊いてみることにした。
「なあ、カオリ」
カオリは、少し怒り気味でこう言った。
「ああん? なんだよマスター。あたしに何か用か? 悪いが今ちょっと手が離せねえから後にしてくれ」
「そうか、それは残念だな。お前にしか頼めないことなんだけどなー」
それを聞くと、カオリはミノリの右肩に手を置きながら「続きはまた今度にしようぜ」と言った。
「今のあたしには、ミノリっていう名前があるの。次に名前で呼ばなかったら、殺すわよ?」
「おっかねえな。まあ、次までに覚えといてやるよ」
「……約束よ」
「……ああ、分かったよ。じゃあ、ちょっくら行ってくる」
そう言うとカオリはこちらに向かって歩き始めた。雨の日の決闘か? というか、仲直りするの早いな。
ん? そもそも二人は仲直りしたのか? うーん、まあ、いいか。
それよりも今は、あのオオカミを探さないといけないな。
あー、でも早く『例のまち』の方もなんとかしないといけないな。
そんなことを考えていると、カオリが俺の顔をじっと見つめていた。
「カオリ、復帰して間もないけど、一つ頼みを聞いてくれないか?」
「ああ、いいぜ。ただし、あたしにできることだけだぞ?」
「……よし、じゃあ、例のオオカミを探してきてくれないか? どこにも見当たらないんだ」
「ん? もしかして、気づいてないのか?」
「……え?」
「自分の足元の影を、よーく見てみろ」
「……足元の影?」
カオリに言われるがまま、自分の足元にある影に目をやると、自分の影がオオカミの形になっているのに気付いた。
「これは、いったい何なんだ?」
俺がそう言うと、カオリが説明し始めた。
「まあ、簡単に言うとだな。『ダークウルフ』ってのは自分より強い、もしくは自分に相応しいやつにしか懐かねえ。で、ここで厄介なのが懐かれたら最後、そいつが死ぬまで一生ついて来る。しかもほとんどの場合、戦闘以外はそいつの影に入っているから触れることさえできやしねえ」
「それ厄介すぎるだろ……というか、それだと俺がこいつに認められたってことになるぞ?」
「まあ、そういうことだ。頑張れよ、マスター」
カオリはそう言うと、他のみんなにちゃぶ台の周りに集合をするよう指示を出した。
俺はカオリの方を向き、少し大きめの声で言った。
「おい! それじゃあ、こいつは俺が飼うってことか!」
カオリは俺の方を見ながら、こう言った。
「まあ、そういうことだ。あー、でもそいつはあたしらと人間以外の影もしくは『ハンター』しか食わないし、別に食わなくても生きていられるから普通に生活してた方が身のためだぞ」
「そ、そうなのか? それならいいのだが……」
オオカミの世話はできないが、『ダークウルフ』の世話ならできそう……かな?
まあ、とにかく解決して良かった。さて、会議を始めますか。
ちゃぶ台の周りに円になって座るのは、これで何度目だろうか?
というか、日に日に人数が多くなっているような。うーん、まあ、いいか。
こうして、俺はやっと会議を開くことができたのであった。