モンスターチルドレン育成所……。
そこではモンスターチルドレンの研究と育成が日々行われている。
場所は今でも不明だが、一つだけ確かなことがある。それはその施設が【地下】にあるということだ。
こちらの世界では『五帝龍』。あちらの世界では結婚しない……あるいは結婚をしても子どもを作らない人間たちの影響で『少子化』に悩まされていた。
そんな時『五帝龍』を追い払った英雄『アイ』がこの施設を作ることを提案した。
彼女はそれと並行して、あちらの世界に行けるように『ダンボール』の設計・開発に携わった。
モンスターチルドレンの生みの親でもある彼女は、この世界のどの魔法使いよりも強く、どんな女性よりも美しく、それでいて何年経っても幼いままだった。
そんな彼女は今、複数の課題に悩まされていた。(ただいま入浴中)
それは、この世界に突如として出現した体長五百メートル程の『超巨大モンスター』と、その『超巨大モンスター』の近くに感じる多数のモンスターチルドレンの反応……。
そして『はじまりのまち』が襲撃された翌日、かすかに感じた大罪の力を上回る力である。
まちを破壊したのが『五帝龍』ではないとしたら、犯人は脱走したモンスターチルドレンで、それも大罪の力を宿した個体だと考えるべきね。
でも、それ以前にこの世界の外から人間が十五人もこの世界にやって来ること自体が想定外ね。
その証拠に特別に十五体作った妖精型モンスターチルドレンは全てどこかに転移してしまった。
本来、モンスターチルドレンはあちらとこちらの世界の少子化を解決するための希望であり、『キー』。
故に彼女たちは、あちらの世界にしばらく滞在した後、こちらに一度戻り将来を共にするパートナーこと、マスターと生活し、その時になったら結婚して子供を作り、育て、成人後、両方の世界に半分ずつ転送する。(なお、子供が奇数の場合はこちらとあちらの世界、どちらに行くかを選択できる。しかし、彼女らは出産後、一年以内に死んでしまうため、何らかの対策が必要)
初めは出産しただけで発狂して、廃人になるほど弱かったけど、今ではその傾向があまり見られなくなったわね。
これも『トリニティゼロ』の血を注射した効果が出てきたということなのかしら?
けど【モンスターチルドレン脱走事件】に続いて、こんな事件が起こるとは思わなかったわ。
明らかに仕事が増えるけど、これも少子化を少しでも改善するため。
それに【あの人の計画】を成功させるために必要なことだから、頑張らないとね……。
彼女は、この施設の長でもある。故にこの施設で起こった問題は彼女が責任を取らなければならない。
普通なら、その小さな背中に背負いきれるとは思えない。
しかし、彼女には心の支えがあった。どんな状況だろうと諦めず、立ち向かう不屈の精神はその者のおかげで成り立っている。
それは、彼女があちらの世界にいた時のこと。
間違って配属された職場で出会ったその人物は、これからの人生の中で一生かかっても二度と会うことはない……。
そう思えるほど、彼女にとって、その人物との出会いは運命的だった。
だが、彼女の思いは結局、届くことはなかった。その人物が今、どこで何をしているのかを知ることはできるが、それを知ってしまったら面白くなくなる。
その人物が生きている世界を救うと考える。たったそれだけで彼女の心は折れることなく、今もこうして二つの世界を救うために奮闘している。
風呂から上がり、白よりも銀に近い色のショートヘアをタオルで拭き、体も拭くとドライヤーで髪を乾かし始めた。(一度『ダンボール』の機能チェックも兼ねて、元の世界に戻った時に家から必要な荷物や施設を作る材料、自室の写真などを持ってきた)
次に、上下ともにフリル付きの白い下着と白い長袖ワイシャツ、膝が半分くらい見えるくらいの長さの白いスカート、膝下ぐらいまである白いハイソックスを身に纏った……。(好きな色は白。というか、それ以外は着たくないらしい)
その後、縦長の姿見を見ながらクルリと一回転し、笑顔で敬礼。(なんとなく)
靴ひも付きの……やはり、白い運動靴を履くと、自分の周りに転移用魔法陣を白チョークで書いて、育成所の外に出た。(なお、育成所はオール電化ならぬ、オール魔力なので、電気も水も使える)
背伸びをしながら、久々の外の空気を吸い込んでゆっくり吐くと、数秒の間、柔軟体操をした。
それが済むと、指笛を鳴らして何かを呼んだ。
それは、『グリフォン』であった。(ロ○・ホライズンのように時間制限はないが、ライオンのような声で鳴いたら、休ませてあげましょう、過労死する恐れがあります)
「今回もよろしくね。クゥちゃん」
「クゥーー! クゥーー!」
『クゥちゃん』は頭を撫でられて嬉しいのか、彼女の胸に顔をスリスリと擦りつけてきた。
アイは「よしよし、いい子、いい子」と言いながら、顔も撫でた。
それが済むと彼女は『クゥちゃん』に、またがり、手綱を握りしめた。
その後、アイは「飛べ! クゥちゃん!」と言った。それを聞いた『クゥちゃん』は「クゥーー!」と鳴くと、翼を広げながら助走し始めた。
その後、翼を羽ばたかせながら、一気に上昇した。
『クゥちゃん』は太陽の光を浴びながら、気持ちよさそうに飛行し始めた。
「クゥちゃん『はじまりのまち』まで、お願い」
「クゥーーー!」
さてと……それじゃあ、厄介事を片付けに行くとしましょうか……。
……あの子は今、元気にしているのかしら……。まあ、あの子のことだから、色々な偶然が重なって、この世界に来ているかもしれないわね……。ねえ……【ナオト】。
*
会議の結果、ツキネの『リペアブーストウォーター』で『はじまりのまち』を修復することになった。(俺がその魔法に名前をつけた)
ツキネ(変身型スライム)の魔力だと、まち全体の修復は困難なため、カオリの『メガトンスマッシュ』(固有魔法)も使うことにした。(この魔法名も俺が考えて、つけた)
アパートの屋根に登ったカオリ(ゾンビ)はツキネが作った手の平サイズの水球を右手で真上に投げ、キャッチする動作を何度か繰り返すと、ニシッと笑いながら五メートルほどの高さまでそれを真上に投げた。
その間、右手を握りしめ魔力を集中させた。右手が深紅のベールに包まれると、攻撃の構えを取った。
そして、目の前に水球が来ると同時に一気に拳を前に突き出した。
「『メガトンスマッシュ』!!」
叫び声と共に水球はまちの中心に向かって飛んでいき、着地すると弾けた。(結界を貫通した)
すると、まち全体が水に覆われ、みるみるうちに修復されていった。『はじまりのまち』復活である。
すっかり元通りになったまちには、まちの外のどこに隠れていたのかは不明だが、住民たちが驚嘆や歓喜の声をあげながら自分の家や店に戻っていくのが見えた。
まちを破壊した張本人が、直してくれたとは思わないだろうな……。
俺たちは、まちの人たちが喜びを噛み締めている間に、手分けして装備を整えることにした。
用が済むと、俺たちは、そそくさと『はじまりのまち』から出ていった。(あまり長く居ると、あとあと厄介だから。まちにはエルフやドワーフなどの格好をして、踊っている人たちがいたため、怪しまれることはなかったし、お金はいらないと言われたので助かった)
アパートに戻ると、俺はミサキ(巨大な亀型モンスターの本体)に念話で、すぐにここを離れるよう指示した。
ミノリ(吸血鬼)に次の目的地を訊くと『紫煙の森』に行くと言ったため、それもミサキに伝えた。
どっと疲れた……。今日はもう歩きたくない。あとはミサキに頼もう……。
アパートに戻り、ゴロンと畳の上に横になると、みんなも一斉に横になった。
全員なんだかんだ言って協力してくれたから、さすがに疲れたよな……。
俺は心の中でそう思いながら、みんなに向かってこう言った。
「みんな、お疲れ様」
すると、それぞれがこのようなことを言った。
「あんたも、よく頑張ったわ。その……あ、ありがとね……」
ミノリ(吸血鬼)。
「はいー、疲れましたー」
マナミ(茶髪ショートの獣人)。
「ナオ兄もみんなも頑張った、えらい」
シオリ(白髪ロングの獣人)。
「まあ、兄さんに任せたら、無茶をしかねませんから、これくらい当然ですよ」
ツキネ(変身型スライム)。
「マスター、お疲れ様でした。お茶でも入れましょうか?」
コユリ(本物の天使)。
「ナオトさん、お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」
チエミ(体長十五センチのほどの妖精)。
「あんたとなら、この先も楽しめそうだ。だから、これからもよろしく頼むぜ?」
カオリ(ゾンビ)。
「みんな、お疲れ様。あとは僕に任せて」
ミサキ(巨大な亀型モンスターの本体)。
その声が聞こえた瞬間、俺以外の全員が驚嘆の声を上げた。
「みんな落ち着け! 今の声の主はミサキだ。『巨大な亀型モンスター』の中に住んでいるやつだ。つまり、今のやつも家族の一員だから、仲良くしてやってくれ」
『はーい!』
やれやれ、どうやら、みんな納得してくれたようだな。
はぁ、それにしても疲れたな……。次の目的地に着くまで少しゆっくりしよう……と言いたいところだが、この世界のことをさっきもらった《地図》やら《モンスター図鑑》やらで勉強しておこう。
でも、やっぱりしばらく動けそうにないな。
いつのまにか全員が俺の腹や胸の上(もしくは俺のそばで)に無防備な状態で気持ちよさそうに眠っている。
まったく、こうしてると普通の女の子にしか見えないんだけどな……。
俺が、気持ちよさそうに寝息を立てているミノリ(吸血鬼)の頬を人差し指でツンツンと、つつくと「わーい、焼き鳥だー」と言いながら、俺の人差し指を口の中に入れて、焼き鳥のタレと勘違いしているのか、ペロペロと舌で人差し指を舐《な》め始めた。
右手がしばらく使えなくなったな……。ん?
すると、今度はマナミ(茶髪ショートの獣人)が俺の左手の人差し指を何かと勘違いして……。
そんなこんなで俺はしばらく動けそうにない。全国の紳士たちよ、これは望んでこうなったわけではないのだ。
これは、不可抗力なのだ。だから、許してほしい。
これはこれで結構きつい。はぁ、誰か代わってくれないかな……。
俺はその場から動けなくなったが、とりあえずそのまま休むことにした。
*
その頃『はじまりのまち』に到着した『アイ』は、空から見た光景に自分の目を疑った。
破壊されたと報告されていたはずのまちが、えっ? そんなことはなかったですよ? と言わんばかりの活気に満ち溢れていたのだから……。
「いったい、誰が直したのかしら……。もしかして、大罪の力を遥かに上回る力の持ち主がそうしたの? それとも別の誰かの気まぐれかしら? うーん、情報が少なすぎるわね。一度まちに降りてみましょう。クゥちゃん、お願い!」
「クゥーーー!」
しかし、そのまちの老若男女に訊いても、決定的な情報は何も得られなかった。
だが、皆、口を揃えて「白い光がどこかに飛んでいくのと、高速で飛んで来た水球のようなものが『まち』を直してくれたのを見た」と言っていた。
これ以上、聞き込みを続けても何もわからないことを理解した彼女は、そのまちから出て行った。
その後、装備を整えるために、一度育成所に戻ることにしたのであった……。