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それからシルバは、夜間警護や修身の授業、カポエィラ・クラブでの指導の合間に、リィファを鍛えていった。リィファの成長は目覚ましく、シルバは舌を巻く思いだった。
訓練時は集中していたが、リィファは時折、街中で、きょろきょろと周囲を気にしていた。明らかに、フランを探している様子だった。
(前向きに生きていく決心は付いても、自分の過去は取り戻したいか。まあ、ごく自然だよな)
シルバは納得し、口を挟まなかった。
武闘会を翌日に控えた十日後の昼前に、シルバとリィファはいつもの丘で、最後の練習に臨んだ。
リィファは、シルバから十歩分ほどの位置で、軽く足を開いて立っていた。掌は、前方に向けられている。
しめやかな佇まいのリィファは、ふっと動き始めた。雄大な所作で、両手が身体の横を浮き上がっていく。
顔を撫でるような動作で下降させ、鳩尾の高さで三角形を作った。
ふわりと、臍の所で、球を横から包む仕草をした。僅かの後に手を縦に回転させ、しだいに大きくしていく。
(下沈掌)
シルバは心の中で呟いた。リィファは手の甲を上にして、下方に両腕で楕円を作った。上下運動の少ない歩法で、ひたひたと円の軌道を進む。
(託天掌)
逆回りに方向転換して、ぎりぎり重ならない両手を臍の位置から上げていく。首の高さで分岐させて、顔の両横で止めた。
(抱月掌)
逆回り。手がさらに上昇してから、体の真ん中を通って下がる。鼻と水平にぴたりと固定し、再び腕による輪が生まれる。
(託槍掌)
逆回り。腰の左を、両手が掃くように通過。そのまま引き上げて、頭上、僅かに左を高くして固定した。右は掌、左は手の甲を天に遣っている。
(指天画地掌)
逆回り。身体の右側を、一度は沈んだ左手が浮上していく。生え際の正面で制止した一瞬後、動いていた右手も右腿のすぐ前で静止した。
(下腋掌)
逆回り。緩く曲げた右手を前方に置いた。左手は、右肘のすぐ横にある。
(陰陽掌)
逆回り。胸の真ん前、両腕をばってん状に鋭く上下させた。左を斜め上方、頭頂と平行の位置に留めて、右を腰だめに構える。
(推摩掌)
逆回り。機敏に右手が突き出される。ひゅっと僅かに手前に引いて、右上、左下の状態で牛舌掌(掌を窪ませた手刀)を据えた。固めた上半身をおもむろに回す。
両手を解いて、肩の高さをゆっくりと水平に走らせる。前面に至ると小さく屈んで、徐々に両手を降ろしていった。
「……転掌八式。今のわたしの、ベストを尽くしました。どう、ですか」直立のままのリィファは、感じ入った風な声で呟いた。
シルバには、リィファの成長への驚きと感動が、少なからずあった。だが意図して声色を抑える。油断をさせるわけにはいかなかった。
「十日間、よく頑張った。初日と比べれば雲泥の差だ。ジュリアも伸びてるから優勝は確約できんが、相当いいとこまでは行くだろ」
シルバの推察を耳にするなり、リィファはぱあっと表情を明るくした。
微妙に視線を落とすシルバは、リィファへの慈しみと気恥ずかしい思いとを胸中に抱いていた。
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