「うぅん!よく寝た!」
秋とはいえ、冬に差し掛かる気候ではあるが、山育ちのレビンにとってはまだまだ野宿可能な陽気であった。
「レイラさんから干し肉を分けて貰えたのは有り難かったなぁ」
昨夜の夕食の残りを火にかけながら呟く。
鍋の中身は、魔の森産の野草と干し肉である。
貴重な塩をふんだんに使ってある干し肉から出た塩分が、育ち盛りのレビンの舌と胃袋を喜ばせた。
「でも、レイラさんには必要ないはずなのに、なんで保存食なんか作ってたんだろう?」
本人のいない所ではレイラさん呼びである。やはりミルキィママという単語は成人男性には呼びづらかったようだ。
「もしかして……暇だったのかな」
食料まで貰っておいて、もの凄く失礼な言い草だ。
だが、おそらく正解なのだろう。出来る事は置いておいて、ここではしなくてはならないことは少ない。
食事を食べて片付けをした後、レビンは少ない荷物を背負い大木を後にした。
『グギャオオッ』
魔物の断末魔が森にこだまする。
「何と何が戦っているんだろう?」
その声を少し離れた位置で聞いたレビンは、怪獣大戦争を観たいが為に、声のする方へと足を早めた。
スッ
音もなく音が聞こえた付近へと辿り着いたレビンが目にしたのは……
「えっ?…人?」
大型のナニカが地面へと倒れていて、傍には人らしきモノが立っていた。それも明らかにレビンに気付いていて、こちらを窺っている。
その油断のない立ち姿に、話し合いが出来る相手ならそうしようと、レビンは自身の身を隠している茂みから姿を現すことに決めた。
「こんにちは。言葉はわかりますか?」
敵意を示さないように、出来るだけ和やかに話しかけるレビン。
「止まれ。それ以上近寄るなら、敵対したとみる」
「わ、わかりました!とりあえず落ち着いてください!僕は貴方と話がしたいだけです」
そう言いながらも、レビンは人物の観察を怠らない。
先ず性別は男である。年齢は中年に差し掛かるかどうかに見える。
そして何よりも期待を込めて見た耳は……
(普通だ……という事は、この人は態々ここに来たってことかな?)
「話がしたいだと?人族のくせに我等魔族を愚弄するかっ!?」
「えっ?!魔族!?」
驚いたレビンは思った事が口に出てしまった。
「ん?魔族狩りをする為に、態々こんな僻地へ来たのではないのか?」
「ち、違いますよ!僕はエルフの国を探しているんです。魔族…さんはなぜここへ?」
レビン。それは人族さんと言うのと同じだぞ?
「……強くなる為に決まっている」
「修行ですか!いいですねっ!僕も仲間が目覚めたら、また強くなる為に頑張りたいです!ところで魔族さんはエルフの国の場所なんてわかりませんよね…?」
レビンは大人の顔色を窺うことに長けていた。
屈託のない笑顔と、ホントに困っている顔を変幻自在に使い分け、魔族の男を籠絡していく。
女性の気持ちは全くわからないのに……
「……ゲボルグだ」
「えっ?」
「我の名はゲボルグだ!魔族さんではないっ!」
「あっ!すみません!僕はレビンと言います!」
レビンは濁点の多い名前だなと思ったが、そんなことはおくびにも出さない。
「そうか。レビンの問いだが、我はエルフの里の正確な位置は知らん」
「そうですか…ありがとうございます」
明らかにテンションの下がったレビンを見て、今度は魔族の男が焦る。
「し、しかし!凡その位置ならわかる!」
「えっ!?ほんとですか!?どの辺りです!?」
その言葉に文字通り食い付き、その場から近寄るなというゲボルグの言葉は無かったことにされた。
「待て待てっ!焦るな!ここからなら太陽の昇る方角だ!だが、まだまだかなりの距離があるぞ?」
「ありがとうございます!!大丈夫です!このまま真っ直ぐ行ってみます!」
初めて情報らしいモノを手に入れられたレビンは、テンション爆上がりである。
礼を言い、すぐさま立ち去ろうとするレビンをゲボルグが止める。
「待て!このまま真っ直ぐ行くと、本当の中心部を通る事になるぞ!ここまで来れた事から多少は腕に自信があるようだが、この先は化け物ばかりだ」
「うーん。そう言われましても…仲間を目覚めさせる可能性があるのは、エルフの国なのです。なので一刻も早く辿り着きたいので、やはりこのまま真っ直ぐいきますね!」
ゲボルグに言われたことを頭で考えたが、やはり答えは変わらなかった。
「待て待て待て!?わ、我も行くぞ!レビンのような子供を一人で危険地帯に行かせたとあっては、国に残した我が子に合わせる顔がない!」
何故か自分の事で他人に一大決心をさせている。そう思いそれは居心地の悪い事だと考えて、レビンは必死に断る。
しかし、ゲボルグの意志も固く、このままでは二進も三進もいかないとレビンは諦めた。
「待てレビン!この先に魔物がいる!」
魔法に長けた魔族であるゲボルグの魔力探知は精度が高い。
そしてレビンを子供扱いする。
「大丈夫です。このまま行きます」
レビンは早く行きたい。しかし、どう考えても善意で動かれてしまえば、断りづらいのだ。
「相手はかなり強い……よし。いざとなれば我がレビンの逃げる時間くらい……」
尚もブツブツ言っているゲボルグを尻目に、レビンはサクサクと先へ進む。
「レビン。我の後ろに……って!?レビン!?」
レビンは先を行く。
キィンッ
澄んだ音色がゲボルグの耳に届いた。
その音と同時に、ゲボルグが命を賭して対峙するような魔物は、死んだ事に気付く事も無く倒れた。
「ば、ばかな…」
レビンの神速の剣はもはや斬撃の音を鳴らさない。
音速を遥かに超えた結果、何を斬っても金属音のような高音が鳴るようになった。
「ねっ?大丈夫ですよ。ゲボルグさんは戻ってください。僕は一人でも大丈夫なので」
ゲボルグは剣もそうだが、踏み込んだレビンも視界に捉えることが出来なかった。
そんな非現実的な結果に理解が及ばないかと思われたが。
「ま、ま、まさか……魔王?」
何だか聞いてはいけない様な単語が飛び出したと思った。レビンはどうするか考えて口を開いた。
「違います」
全力の否定だ。
慌てる事も声を荒げる事もせず、ただ淡々と事実を伝える。
「ち、違うのか?しかし…」
(伝承と同じではないか?)
どうやらそんな御伽噺が魔族の中では伝えられているらしい。
「違いますよ。それじゃあ僕は急ぐので。このお礼は必ずします!」
そう言って早くこの場から…ゲボルグの元から離れたかったレビンだったが、その思いは打ち砕かれる。
「だ、ダメだ!魔王でないのなら、尚更子供を一人で行かせるわけにはいかん!」
「ですから僕は成人してますって!」
ここまでも何度も伝えたのだが、見た目から信じてもらえなかった。
魔族は老け顔なのか?と失礼な考えが頭をよぎるが、それも仕方のないこと。
レビンの気持ちとは関係なく、 頼りない相棒を仲間にしたのだった。
レベル
レビン:64→66(165)
ミルキィ:???
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