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「手加減して頂き―――
感謝する、と言っております」
ワイバーン3体との戦い(と呼べるかどうか)の
後、岩山の頂上で……
ティーダ君を交えて改めて、ワイバーンの女王と
会談していた。
「父様から、シンさんの実力については聞いて
おりましたけど……
マウンテン・ベアーと一瞬で勝負をつけた
その力―――
しかとこの目で確認いたしました」
まあ遠目から見たら、ワイバーンたちを瞬時に
叩き伏せたようにも見えるだろう。
とにかく死なせなくて良かったと、ホッと胸を
撫で下ろす。
そして今後はこちらの要求―――
町や村、人間の住む集落には近付かない事を
女王に約束させた。
これで当初の目的は果たせたのだが……
「え? ええ、はい。
あの、シンさん」
「??」
やや褐色の黒髪の少年が、困惑しながら私の方へ
振り向くと、
「奪う事はしないが、交換なら可能だろうか、
と聞いてきております」
すると、ベッタリとティーダ君にくっついていた
銀髪の女性が、
「あー、ワイバーンは狩りが得意だもんね。
物々交換ってヤツか」
交易なら、こちらに取っても悪い話ではない。
何せ肉の確保が今一番頭を悩ませている問題だ。
加工していない物なら、人間の料理の味を覚えて
後々問題になるような事にはならないだろう。
「子供らの食料は足りておるのか?」
そこで不意に、アルテリーゼが疑問を呈し―――
ティーダ君から通訳された女王の顔色が変わる。
恐らくは彼女の言う通りの危惧があるのだろう。
アルテリーゼも一児の母だし、敏感に女王の意図を
感じ取ったのかも知れない。
だが、リーダーとしてはそれを正直に打ち明ける
事は出来ない。
弱みを見せれば今後の交渉に関わるからだ。
しかし、もう一人の妻が、
「あー、シンについては駆け引きとか考えなくて
いーよー。
そういうの面倒くさいし」
「特に子供に関しては―――
あらゆる種族を問わず保護・支援しておる。
困った事があれば言ってみるがよい」
そこで女王は、旧知であるルクレさんに顔を
向ける。
「この人たちの言っている事は本当だよ?
人間族の孤児から半人半蛇や魔狼、ゴーレムに
至るまで、保護する施設があるんよ。
ウチもそこで今、子供たちのお世話してるし」
理解に時間が必要だったのか、しばらく彼女は
黙り込んでいたが、
「そういう事であれば是非、相談に乗って欲しいと
言っております」
獣人族の少年の言葉で、今度はこちら側が
ワイバーンサイドから相談を受ける事になった。
「……獲物の動きがおかしい?」
何でも、女王の話によると―――
数ヶ月前から、妙な物が火を噴きながら飛んで
行くのを見た事があったらしい。
それは大小様々で……
距離や方向もまばらだったという。
そもそも、ワイバーンの子供たちを保護した
きっかけがそれだ。
「ここ最近は見かけないそうなのですが……
その奇妙な飛行物体が関係しているかどうかは
わからないが、獲物への影響が気になると」
心当たりがありまくりな件だが……
それで敵意が人間に向けられても困るので、
言葉を選びながら、慎重に説明を試みる。
「目的はわかりませんが、以前我々も
似たようなケースに出くわした事があります。
どうやら、妙な実験をしている組織か国が
あるようなので……」
女王はその長い首をひねると、またティーダ君に
意思を伝える。
「それは、意図的にワイバーンたちを狙った
わけではないというのか? と―――」
「多分そうだと思います。
恐らくまだ制御出来ないので、人のいない地域で
実験をしているだけかと」
迷惑な事に変わりはないが、敵意は無いという
事だけは教えておかないと。
「先ほど女王は、獲物への影響と仰いましたが、
何か実害でもありましたか?」
私の質問に、彼女はティーダ君を通して
「まだ許容範囲ではあるが、例年に比べて
獲物の数が減っているそうです。
だから獲物と交換で、量のある物を
確保出来れば、との事で」
保護したワイバーンの親子は、魚のハラワタと
麦粥のごった煮を、食べた事がない、と言って
いたが―――
獲物に魚は含まれないのだろう。
それに穀物も煮れば大丈夫のようだ。
それなら量は確保出来る。
ただ問題は、料理になってしまう事。
冷蔵処理してナマでもいいが、果たしてナマは
受け付けるのだろうか。
一人悩んでいると、メルが片手を上げて
「シンー、タマゴは?
あれなら町で余り気味になっているって
言ってたじゃない」
「のう、女王よ。
鳥の卵は食べられるかの?」
メルとアルテリーゼの提案に、私もハッとなる。
魔物鳥『プルラン』―――
現在、肉の確保のために生息地を開拓しているが、
雌雄同体のため、産む卵は全て有精卵。
それが週に1度20個前後産卵する。
さらに人間の手で保護された場合どうなるか―――
もちろん全部の卵が孵る事はなく、
ヒナが全て成鳥になるわけでもないが……
爆発的に繁殖したのである。
つまり『プルラン』の生息地開拓は、増え過ぎた
それを分散させる意味もあった。
おかげで卵の生産量は今や月に1万から2万個とも
言われ、王都では1個金貨1枚といわれる卵は、
町では銅貨5枚も出せば買えるほどにコストダウン
していたのである。
もっとも生息地に投入したので現在は半分ほどに
減っているが。
余談だが、王都にも出荷されているものの、
『あまり安いと怪し過ぎて買ってもらえない』
というカーマンさんのアドバイスにより、
王都で売る時は1個につき銀貨5枚となっている。
「鳥の卵であれば願ってもない、と―――
言っておられます」
卵の栄養価は極めて高い。
量を確保出来なくても、1体につき1個でも食べる
事が出来れば、状況は劇的に改善するはず……
「子供の数はどれくらいいますか?」
「およそ200体ほど……」
それから具体的に女王との話は進み―――
・狩りは定期的な獲物が見込めないので、
足りない場合は子供たちを最優先する事。
・定期的に卵を、子供1体につき1個配れる
数をここへ送る。
運搬は、今回同行してきたワイバーンの両親に
やってもらう。
・また町にいるワイバーンの子供たちが
受け入れた食べ物なら、それも交易品に
加えるよう考慮する。
・もし妙な飛行物体が巣に近付くならば、
間合いを取って遠くから迎撃。
・人間の集落へ行く事は控えて欲しい。
ただし、こちらの町に限り人間の仕事を
手伝いたいという者がいたら、働きに応じて
報酬を渡す。
・他、人間と遭遇した場合は可能な限り逃げるか
追い払って欲しい事。
ただし人間側から襲ったりしてきたらその限り
ではない事―――
などを正式に取り決めた。
「あと、念のため聞いておきたい事が。
生卵を食べて、仲間や子供が体調を崩した事は
ありますか?」
ティーダ君を通じて女王に確認が行われ、
「卵を食べる機会自体が少ないが、今まで
そんな事は聞いた事が無い、と」
それを聞いて一安心する。
野生動物でもあるし、ワイバーンともなれば
生命力そのものが高いというのもあるだろう。
よし、これで一通り懸念は解消された。
後は町まで戻るだけ……と思ったその時、
「え? はい、はい―――
あのシンさん、女王からお願いがあるそうです」
?? 交渉はすでに終わったはずだが……
それに『お願い』とは?
ティーダ君がさらに女王に対しふむふむ、と
うなずいて、
「先ほど、シンさんと戦った3体のワイバーンを、
町まで連れて行ってもらえないか、との事です」
「……どういう事でしょう?」
さすがに詳しく話を聞く事に。
その内容を要約すると―――
「ナルホドナルホド……
女王サマとしては、人間と交流した方が
いろいろと群れに取っても良い事だと
判断した」
「じゃが、あの3体のように認めぬ跳ねっかえりも
おるので―――
まずはその頑固者から意識を改めるよう、人間の
生活に慣れる事と指導をして欲しい……
という事じゃな?」
メルとアルテリーゼが話を理解し、確認する。
まあワイバーン親子を受け入れているので前例は
あるけど……
もし町中で暴れられたりしたら、と思っていると
「ええと……
一度シンさんに敗れているし、絶対服従の
使役用としても構わないそうです」
『実力』は見せたわけだし―――
確かにそれなら危険は無いかな。
「まあいいんじゃない?
ウチやアルテリーゼ、シャンタルもいるし、
逆らったらどうなるかわかるっしょ」
ルクレさんが追い打ちのように話す。
そう言われると過剰戦力もいいところだし、
バカな考えは起こさないか。
こうして話がまとまった後、私たちは―――
元来たメンバーに3体のワイバーンを加えて、
町へと帰還する事になった。
「……まあご苦労だった。
新たにワイバーン3体の受け入れ、
そして女王との約束―――
それらを確認の上、承認、っと……
町長代理にゃ、後で俺から言っておくよ」
翌日、私は町へ戻って来てからすぐに
冒険者ギルドを訪れ―――
いつものギルドメンバーであるジャンさん、
レイド君とミリアさん、そしてサシャさんと
ジェレミエルさんを交え、詳細を報告した。
内容が内容なので、ティーダ君はルクレさんと
一緒に、ひとまず児童預かり所へ戻し―――
またメルとアルテリーゼには職人たちに頼んだ
ワイバーン専用の施設を、一目先に見に行って
もらっている。
もちろん、ワイバーンたちも連れて。
「しっかし、新生『アノーミア』連邦……
本当に迷惑な連中ッスね」
「全くですよ。
意図してではないにしろ、ワイバーンの群れに
ちょっかい出したんですから。
いっそ本当に一度、痛い目を見た方がいいかも
知れません」
レイド君の横でミリアさんが忙しそうに書類に
書き込みながら、怒りを口にする。
「しかしその場合―――
ワイバーンの群れが、人間に対して敵味方の
区別が付いていればいいのですが」
「片っ端から人間の住処が襲われていた可能性も
ありましたからね……
シンさんが特定の敵意無しと説明してくれて、
本当に良かったです」
童顔の長い金髪をした女性と、ミドルショートの
黒髪の女性が、同時に安堵した表情を見せる。
「あんまり火遊びが過ぎるようだと―――
王都の連中も黙っていないかも知れん。
サシャ、ジェレミエル。
悪いがギルド本部までこの事を伝えに
行ってくれ。
シン、2人を―――
アルテリーゼの『乗客箱』で送ってくれんか」
それだけ緊急の事態だととらえているのだろう。
ギルド長の申し出に即座にうなずいて同意する。
「あと、レイド。ミリア。
今回はお前たちも王都へ同行しろ」
突然名指しされた2人は驚き、
「へ? 俺たちッスか?」
「どうして王都へ?」
きょとんとする若い男女に、初老の男は
「シンにずっと肉の買い付けを頼んで
いるからな。
お前らも少しは手伝ってこい。
あと王都では今、例の児童預かり所を作って
いるから、その様子もついでに見てきてくれ」
前者は口実で……
後者が本音というところか。
王都が本格的に孤児の保護に乗り出した
とはいえ―――
ちゃんと作られているのか気になるのだろう。
そういう意味では2人とも『経験者』だし、
視察にはうってつけと言える。
「わかったッス!」
「まあ、そういう事でしたら」
指示に従う2人を確認すると、ギルド長は今度は
こちらへ振り向き、
「とはいえ、シンたちは今日帰ってきた
ばかりだから、明日の朝イチで飛んでくれ」
「わかりました。ではそのように―――」
ここで私は支部長室を後にし……
児童預かり所へ向かう事にした。
「うお」
目的地へ到着して、初めて出た言葉がそれだった。
私の目の前―――いや見上げたところには、まるで
ビルの模型のような長方形の立方体があり……
カラーボックスを巨大化させたようなそれが、
三階建てとなった児童預かり所の裏山みたいに
そびえ立っていた。
中にはすでに、それぞれの『部屋』に入っている
ワイバーンたちがいて―――
「よお、シンさん。
あんなモンでどうだい」
「これは……」
私に声をかけてきたのは、ワイバーンの住居を
頼んだ職人さんの一人で―――
彼から話を聞く。
何でも、住処は洞窟や岩山の横穴と聞いて
いたので、エイミさんを始めとして土魔法に長けた
ラミア族に協力を要請。
細かい部分は人間の土魔法で仕上げ、
大方の基礎部分は完成したのだという。
また、以前ラミア族がトイレ事情で一苦労した
経験を知っていたので、それも同時に手を付け……
ワイバーンの場合、排泄はほとんどしないらしい
のだが、一応石で出来た側溝を地上部分に設置。
そこで用を足してもらい、その都度水魔法で
排水口へ流す方式を採用したとの事。
余談だが、魔狼たちのトイレに関しては
大きめの和式便器のような物を用意。
もちろん水洗。
まだ小さい子供たちについては、人間と同じ
トイレで付き添いと一緒に用を足させている。
「何から何まですいません」
「なぁに、今回はまだ楽だったし―――
十分過ぎるほど金もらってんだ。
下手な仕事は出来ませんぜ」
『まだ仕上げが残っているから』と彼は手を振って
そこで別れ、私は施設内へと入っていった。
「えー、明日朝イチで?」
「何とも忙しい事じゃのう」
「ピュ~」
児童預かり所の応接室で、冒険者ギルドで決まった
予定を説明すると……
家族は不満というよりは―――
やや呆れ気味な反応を見せる。
「まー、ウチやアルテリーゼと違って―――
人間に取っちゃワイバーンどもは脅威だからね」
「その情報共有は、一刻も早くしたいで
しょうから……」
ルクレさんとティーダ君も、仕方ないという
感じで話す。
「レイド君とミリアさんがお肉の買い付けと、
王都で行われている児童預かり所の視察に
同行しますので……
私たちはまあ、その警護というか。
普段よりは忙しく無いはずです」
私は何とか妻2人をなだめる。
とは言え、『乗客箱』を運搬するアルテリーゼに
取ってはいつも通りだろうが……
警護と言ってもドラゴンが襲われる確率など無いに
等しいし。
「ま、まあ一度家に帰りましょう。
ティーダ君もルクレさんもお疲れ様でした」
そこで私たちはいったん屋敷へと戻り―――
王都から帰ったらたっぷりと家族サービスを
する事を約束して、何とか妻たちの機嫌を
直してもらった。
「しかしすごいッスね。
王都まで飛んで行くなんて―――
それもその気になれば日帰り出来るって
言うんスから」
翌朝―――
私とメル・ラッチ、レイド君とミリアさん、
そしてサシャさんとジェレミエルさんを乗せた
『乗客箱』は、ドラゴンとなったアルテリーゼに
よって舞い上がり……
文字通り空の旅を開始した。
「遊びに行くんじゃないんだからね、レイド」
未来の妻として、彼にピシャリとミリアさんが
声をかける。
一方で、サシャさんとジェレミエルさんは……
両隣になりながらラッチを交互に可愛がって、
独特の世界に入り―――
メルは私の隣りで、うつらうつらと完全に
寝ないながらも眠気と戦っていた。
「そういえばレイド君は―――
範囲索敵持ちでしたよね?」
「そうッスが、それが?」
ふと好奇心で、彼に質問してみる。
「今は空を飛んでいるわけですけど、
ここで範囲索敵は使えますか?」
「ん~……
建物とか、ある程度上下は察知出来ると
思うッスけど。
確かにこんな上空で、使った覚えは
無いッスねえ」
範囲索敵―――
恐らく、地球でいうところのレーダーのような
性質の物だろうが……
視覚や耳に頼らず、敵を発見するにはだいたい
二通りある。
赤外線センサーなどのように、最初から仕掛けて
あった物に触れたり引っ掛かったりして―――
それによって感知するやり方。
もう一つは……
電波を発信し、それにぶつかった対象から
返ってくる反射を探知する方法だ。
ただ範囲索敵は彼を中心に発動しているはず。
いちいちそれで、何かを方々へ設置しているとは
思えない。
それより微弱な魔力を電波のように発信し、
反射で感知する方がまだ合理的だ。
ただ東の村を防衛する際に使ったのを見た感じ、
木々や遮蔽物を無視しているように思えた。
電波と魔力では性能が違う、魔法だからと
言われたらそれまでだけど……
(26話
はじめての けいりゃく(ふくすう)参照)
「取り敢えず―――
空に対象物はあまりいないでしょうから、
下へ向けてやるイメージで範囲索敵を
使ってみてもらえますか?」
「了解ッス!」
そこでレイド君が意識を集中するように両目を
閉じる。
「こ、こりゃあ……!」
「ど、どうですか?」
私がたずねると、レイド君は悩みながら、
「うまく言えないッスけど―――
まるで湖に浮かぶ船に乗って、水中の魚を
探知しようとすれば、こんな感じッスかね」
なるほど。
地下まではさすがに索敵出来ないだろうし、
今は上空だから―――
その探知出来る広さに驚いているというところか。
「何か反応はある?」
ミリアさんも興味を持ったのか、彼に質問する。
「ん~と……ん?
進行方向のやや右に、何かあるみたいッス」
「ねーアルちゃん!
今、下の右側の方向に何か見えるー!?」
いつの間にか起きていたメルが車内の天井に
向かって、私たちを運んでいるアルテリーゼに
たずねる。
「どれどれ……フム、馬車が走っておる。
よく見つけたのう」
体を反転させ、設けられた窓から下をのぞく。
しかし、うっそうとした木々や緑の茂みが
見えるだけでわからない。
「み、見えない……」
「まあ人間がこの高さからではのう。
そもそも、下から気付かれないように高く
飛んでくれと要求したのは、シンではないか」
それはそうなんだけど。
高度は恐らく、体感的に東京タワーの展望台
くらい……
200メートルから300メートルといった
ところか。
それで真下ではなく左側―――
距離にして4、500メートルか?
東の村の時もそうだったけど、結構彼の索敵範囲は
広いのかも知れない。
「どこへ向かっているのかわかるー?」
「恐らく我らの町じゃな。
多分、町から魚やマヨネーズなどを運んでいる、
王都行きの馬車が戻ってきたのではないか?」
以前は月に何度か、ドーン伯爵様の館経由で王都へ
行く馬車が出ていたものだけど……
今や3日に一度くらいの割合で馬車が出入りして
いるからなあ。
前にカーマンさん、馬車の数も当初の5倍ほどに
増加したとか言ってたし……
「あー、そういえば護衛の気配もするッス。
多分魔狼ライダーッスね、コレ」
「えっ、そこまでわかるんですか?」
レイド君の言葉に驚いて聞き返すと、
「実際に見えるワケじゃなくて―――
推測と分析、あとカンってやつッス」
「ギルド長に、『動きである程度は識別出来る。
それをわかるようになれ』って……
最近しごかれていましたから」
ミリアさんも苦笑しながら返答に加わる。
訓練っぽい事は以前からしていたようだし、
ジャンさんなりに彼の能力UPを考えての
事だろう。
「シンさんのせいッスよ!?
『使い方次第だ』『本来の能力に頼り過ぎるな』
とかオッサンが言い出したのは絶対シンさんに
影響受けて―――
……ン?」
ふと、レイド君が声を上げる。
心無しか眉間にシワを寄せて―――
「どうしたの、レイド」
「何か、その馬車の後方にもう一つ別の……
馬車? 馬? が複数いるッス」
私はメルと顔を見合わせて
「何だろ? アルちゃん見えるー?」
メルの質問から数秒後、アルテリーゼから
返事が来る。
「確かにおるな。
ずいぶんと離れているようだが」
同じ方向に向かっているのなら……
この辺りだとドーン伯爵様の館か、町くらいしか
無いはずだし。
「単に目的地が同じ、町へ向かっているだけの
冒険者か旅人では?」
一般論を述べる私に、メルが反論する。
「冒険者で馬に乗れる人ってそんなにいないよ。
貴族サマかお金持ちくらいしか馬飼えないし」
冒険者と言えば聞こえはいいが……
定期収入のない不安定な職業だからなあ。
騎乗だってそれなりに練習しなければ出来ない
だろうし。
となると、乗っているのはそれなりの人間だと
いう事か。
「しっかしコイツら……
なーんか嫌な感じなんスよねえ」
「?? どういう事?」
不穏な事を話すレイド君にミリアさんが聞き返す。
「つかず離れず、みたいな感じなんスよ。
町へ向かう馬車と一定に距離を保っているって
いうか……
偶然かも知れないッスけど、あれだけ離れて
いるのに不自然ッス」
するとラッチを愛でていたサシャさんと
ジェレミエルさんが仕事モードになり、
「となると……
レイドさんと同じように範囲索敵持ち―――」
「もしくは目標印感知か……
どちらにしろ、ろくな狙いではなさそうですね」
そして全員の視線が私へと集まり―――
「う~ん……
相手が誰だかわかりませんけど、もし妙な
考えがありそうなら注意しておきますか。
アルテリーゼ!
気付かれないように旋回して、馬車と
そいつらの間に入る事は出来る?
横道に着陸して―――
待ち構えておこう」
「わかったぞ、シン。
皆もしっかり掴まっておれ!」
こうして、王都までの直線上の空路を離れ、
いったん地上へ降りる事となった。
「オイ! 気付かれていねーだろうな?」
「魔狼を従えているとは想定外だ。
やつらは鼻が利く。
気付かれたくなければ、お前たちも距離を守れ」
まさか上から見張られているとは思ってもいない
彼らは―――
苛立ちを隠せないまま『追跡』を続けていた。
人数にして5、6名ほど。
軽装の武装ではあるが、立派な身なりをした集団が
うっそうとした木々の間を馬を駆って走り抜ける。
「クソ、このままじゃ町に到着しちまうぞ」
「追いつきさえすりゃ、適当に因縁付けて
金を巻き上げられるんだが」
「団長は大人しくなっちまうし、親父には
無茶苦茶怒られるしよ。
何か知らんがガキどもの保護施設のために
資金提供まで……」
「ウチもだ。
『補填』してもらわなきゃ、やってられ
ねーっての」
その身なりに似合わず、言っている事は野盗か
盗賊、百歩譲ってもアウトローのそれで……
どちらにしろ、ろくな狙いではない事だけは
確かだった。
一方その頃―――
シンと一行は、道沿いの横の茂みにいた。
『乗客箱』はさらに森の奥、ある程度
開けた場所に置かれ、少なくとも道から
見える事は無い。
(ラッチはアルテリーゼの服の中)
「どうですか、レイド君」
「あっちも気付いていると思うッスね。
速度が落ちましたから。
まあ、いきなり範囲索敵に何かが『突然』
現れたら、俺でも驚くッス」
地上へ着陸した時点で、相手の範囲索敵に
感知された、という事らしい。
「さてさてー?」
「どう出てくるかのう?」
メルとアルテリーゼは緊張というより、この状況を
楽しんでいるように見える。
「あ……コレ、アレかも知れない」
ジェレミエルさんが面倒くさそうに話す。
「もしかして、前に目標印感知をした
アホども?」
(68話 はじめての にげきり参照)
サシャさんの質問に、彼女は黙ってうなずく。
という事は騎士団絡みか……
男爵家も子爵家も今まで意趣返ししてきた事が
あるから、『またか』という気分だが。
そもそも逆恨みもいいところだし。
「ミリアさん、一応連中の顔覚えておいて
もらえますか?」
「わかりました。
記憶魔法で押さえておきます」
そうしてしばらく待っていると―――
馬の蹄の音と共に、『相手』が姿を現した。
「う……っ!?」
「き、貴様らは」
まずサシャさんとジェレミエルさんが道の真ん中で
彼らを出迎え―――
恐らく以前、追跡していたであろう何人かの顔色が
目に見えて変わる。
「あら、お会いした事はありましたっけ?」
「その格好、王都の騎士団の方々とお見受け
しますが―――
ここで一体何を?」
2人の言葉に、つい、と一人が馬の鼻先を
向けてきて、
「公務である。
我々は王室騎士団の者だ。
近い内に公都の発表があるというので、
関係者がドーン伯爵領の西地区の町へ行く。
その警護のため、地理を把握しておく必要が
あるのだ」
それを聞いた王都ギルドの2人が、私に
小声で耳打ちする。
「(多分、それぞれが各貴族の当主にお叱りを
受けたのでしょう)」
「(その上、児童預り所への支援を約束
させられたので……
嫌がらせも兼ねて、強請るつもりだったので
しょうね)」
ハー、と私はため息をついて、
「この事は……
ドーン伯爵様もご存知なのでしょうか」
私が問い質すと彼は一瞬、怯んだ表情に
なりながらも
「今回はあくまでも警護の道のりの確認だけだ。
それだけで伯爵の手を煩わせる事も無い。
それとも何だ?
貴様らは、王室騎士団に異論でもあるのか?」
「いえ、あの町の者ですので気になりまして」
私が答えると同時に、レイド君が前へ出て、
「申し遅れました。
ドーン伯爵領西地区、次期冒険者ギルド長
レイドと申します。
魔物の目撃情報を受けて、現在調査に来ている
最中でして」
そこでまた、騎士団の空気が一変する。
次期ギルド長という事は、ゴールドクラスが
確定している人間だ。
身分はともかくとして、魔力・魔法が前提の
この世界―――
少なくとも、力でゴリ押し出来る状態では
無くなった事を意味する。
しばらくそのままにらみ合いが続いたが……
それに疲れたように、彼らのリーダーらしき男が
馬上から、
「……我々は町までの道のりを確認する途中だ。
身分と任務は伝えた。
これ以上、邪魔はしないで欲しいのだが」
どうやら強硬策は取らないようだが……
まともに対応されると、それはそれでこちらが
どうしようもなくなる。
先行している馬車に何か危害を加えるかも
知れないというのは、あくまでもこちらの
推測であり―――
証拠も何もない以上、足止めする理由は無い。
そこで私は、レイド君とミリアさんに目配せ
すると、
「失礼しました」
「どうぞお通りください」
と、2人が道を開け―――
そしてサシャさんとジェレミエルさんもそれに
従った。
ロスした時間を取り戻そうとするかのように、
騎士団は駆けていったが……
私はその喧騒に紛れてつぶやき、
「魔法を使う騎士など
・・・・・
あり得ない」
これなら効果は恐らく彼ら限定だし―――
町へ行くのなら何日かは滞在するだろう。
これで他に危害を加える事は最小限に出来るし、
彼らの顔はミリアさんに記憶してもらったから、
町へ帰った後に能力を戻してやればいい。
そして騎馬の集団を見送った後、
「あのう、これで良かったのですか?」
「あのまま行かせても大丈夫でしょうか……」
サシャさんとジェレミエルさんが不安そうに
聞いてきたが、
「まあ―――
ちょっと『おまじない』をしておきましたので」
私の言葉に妻2人は、
「それなら安心だね!」
「連中も気の毒よのう」
それを聞いて2人はポカンとなり……
事情を知るギルドメンバーは、クスリと笑った。