若井のキスに飲み込まれた藤澤は、まだ顔を赤くしていた。
鼓動の高鳴りが収まらないまま、そっと元貴の方を見やる。
 
 
 
 「……元貴」
 
 
 
 名前を呼ぶと、元貴は少しだけ微笑んだ。
さっきからずっと、静かに様子を見ていた。
けれど、その瞳には、逃げられないような光が宿っていた。
 
 
 
 「……やってみる?」
 
 
 
 その声は、驚くほど静かで、艶やかだった。
まるで誘うように、でも強引さは一切ない。
なのに断れない。
心をほどくような、そんな声だった。
 藤澤は頷きながら、ソファに座る元貴の前へにじり寄る。
 
 
 
 「目、閉じて」
 
 
 
 そう囁かれた瞬間、まぶたを下ろす。
次の瞬間、ふわりと頬に手が添えられた。
 そして——
そっと、唇が重なる。
 柔らかい。
とても、やさしい。
 滲むように触れたその唇は、触れるたびに愛おしさが増すようだった。
最初は軽く、ためらいがちに。
それでも、何度も何度も、繰り返されるうちに、ふたりの距離は熱を帯びていく。
 
 
 
 「ん……っ、元貴……」
 
 
 
 藤澤が名前を呼んだ瞬間、元貴の舌がそっと唇の間から入り込んだ。
舌先が、ゆっくりと、丁寧に絡まってくる。
喉の奥まで届くような深さはないのに、なぜか心まで触れられているような感覚だった。
 
 
 
 (……すごい、なにこれ……)
 
 
 
 触れるたびに、全身が震える。
唇だけで、こんなにも満たされるなんて。
さっきの若井とのキスとは、まるで違っていた。
 若井のキスが「攻める」なら、
元貴のキスは「包み込む」。
でも、それがまた怖いくらいに、気持ちよくて。
 
 
 
 「ん……ふ……っ……」
 
 
 
 舌が、ゆっくりと口内を撫でる。
唾液が絡む音さえも、艶を帯びていた。
溶けてしまいそうな熱が、全身を包み込んでいく。
 
 
 
 「……ねぇ、涼ちゃん」
 「……なに、」
 「そんな顔されたら……やめられなくなる」
 
 
 
 元貴の声は、いつもより低く、甘く、どこか危うい。
その言葉のあと、また深く口づけが落ちてくる。
 
 
 
 「っん、……や、やば……」
 
 
 
 藤澤の腰が小さく震えた。
息が詰まりそうになる。
名前を呼びたいのに、声にならない。
 
 
 
 (だめだ、これ……本気で……落ちる)
 
 
 
 頬に触れる手も、絡まる舌も、何もかもが気持ちよすぎて。
感覚が麻痺していく。
心ごと、溶かされていく。
 ようやく唇が離れた時、ふたりの間には光る糸が繋がっていた。
ゆっくりとそれが途切れると、藤澤は呆然としたように元貴を見つめた。
 
 
 
 「……どうだった?」
 
 
 
 囁くように聞かれ、藤澤は震える声で答える。
 
 
 
 「……ずるいよ……元貴……そんなキスされたら、もう……」
 「俺と若井、どっちが上手?」
 「…っ、そんなの、選べないよ……」
 
 
 
 まだ胸がざわめいていた。
呼吸も、整わない。
自分の意思なんて、もうなかった。
 ——元貴のキスは、心まで、持っていかれる。
 その言葉が、現実になる寸前だった。
 
 
 そして次に——
視線がゆっくりと、ある男に向けられる。
 若井。
さくらんぼの茎を最も早く結んだ男。
さっきまで、余裕の表情で涼ちゃんを翻弄していたその人が、
今、沈黙の中で、じっとこちらを見つめていた。
 その視線に、元貴はふっと笑う。
 
 
 
 「……じゃあ、次は若井、俺とやってみる?」
 
 
 
 静かに告げられたその言葉に、若井は一瞬だけ息を止めたように見えた。
そして——
 
 
 
 「……いいよ。お前と勝負だな」
 
 
 
 その言葉が落ちた瞬間、空気はまたひとつ、熱を帯びていく。
 
 
 
 
コメント
2件
(*/ω\*)キャー!!好き!!!!!