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ねえ先生。明日は笑ってくれます?
黒く長い髪がエアコンの風に揺れた。
真っ赤な口紅を塗った唇は彼女の赤く腫れた目元の
ようだった。
美しい女。
彼女は俺の目をじっと見つめている。
珈琲の匂いが鼻を掠めた。
「先生っ。聞いてます?」
そう言ったのは長い髪を一つにまとめた女。
担当。とも言うだろう。
「はいはい。聞いてるよ。原稿まだかって急かしてるんでしょ」
「もー。そうですよ。先生の原稿、まだかってずっと
いってるじゃないですか。」
「別に今じゃなくてよくない?」
「いーや。今です。今週中に提出してくれなきゃ小説の連載止めますよ?」
「うげ。脅しだ」
「はいはい。脅しですよーだ。」
お洒落なカフェには似合わないような言い争う声が聞こえる。
「だってさぁ。ネタがなくてさぁ。」
「それを探すのが仕事でしょっ。もー。帰りますっ。」
女は珈琲を飲み干しテーブルに1000円を叩きつけた。
「お釣りは結構っ。借りですからね。」
「ちょっとっ。」
女は振り返らずに帰っていった。
先生、と呼ばれた男は呟いた。
「足りないんだけども――」
男は帰路につく。
「なんかネタ落ちてないかなぁ。」
なんて呟きながら歩いた。
――するとそこには捨て犬がっ。
とかそんな都合のよいことはない。
家にはいると鏡がある。
手を洗って顔を洗ってタオルでふく。
洗面台の横のコップには2本の歯ブラシがおかれてあった。
「ねぇ。1000円じゃ足りないって。」
「――」
「もー。拗ねないでよ。」
「別に拗ねてないし。」
「はいはい。可愛い子だねー。」
部屋のソファには先ほどの女。
しかし髪はほどき下を向いていた。
「ねぇ。佳澄。ごめんって。」
「だから怒ってないって。」
いやこれは怒ってるやつだろ。
そう思いながら男はソファに座った。
「ごめんねー。」
佳澄の頭をそっと撫でた。
すると佳澄は呟くように言った。
「彰のバカ。」
そう言って彰の膝に頭を置いた。
膝枕というやつだ。
「はは。――デレた。」
そんな会話が部屋に響いた。
幸せと呼べるものだ。
ある日の晩。雨が降った。
街は寝静まってシーンとしていた。
そんなとき2つの声が響いた。
「もう。いや。」
「俺だってもう。――いやだね。」
そう言って彰はスマホをポケットにいれて外に出ていった。
一つの恋人たちはその日別々の場所で寝息をたてた。
次の日。
彰のスマホが通知を知らせる。
『カフェで話そう。』
佳澄からだった。
『わかった。』
彰はそう返した。
カフェ。
いつもの場所に行くと髪をおろした佳澄がいた。
真っ赤な唇と赤く腫れた瞳。
「どーしたの?」
彰が聞いた。
「別に。――昨日は、ごめん。」
「――うん。」
佳澄はいつもと違ってアイスカフェオレを頼んだ。
赤色のストローが付いてきた。
真っ赤な口紅がストローに付着した。
でも赤いストローのお陰であまり目立たない。
「――昨日のことだけどさ。」
彰が続けていった。
「――ごめんねぇ。俺が悪かったぁ。」
彰は口角を少し下げていった。
すると佳澄の瞳から涙がこぼれた。
「――うん。怖かったぁ。」
先ほどまでの張り詰めた空気とは打ってかわって
子供のような泣き声が響いた。
昨日。深夜3時頃に心霊番組がテレビで流れた。
2人はどちらも怖いものが苦手だ。
でもなんとなく夏だしね。ということで視聴することになったのだ。
内容は、隣にいる人間が結局幽霊で襲ってくる。
というありがちなものだったが、2人の心を煽るには十分だった。
そうして2人は部屋から飛び出した。
「てかさぁ。TV見ようって言い出したの佳澄じゃない?」
「――…ごめん。」
「…怖かったね。」
「うん。」
2人は笑いあった。
昨日のことを笑い話にかえた。
そしてふと思い付いたように彰が言った。
「ねぇ。佳澄「先生。明日は笑ってくれます?」って言ってみてよ。」
「ん?いいけど。「ねぇ先生。明日は笑ってくれます?」」
「――来た。」
「なにが?」
「小説のネタっ。思い付いたぁ。」
2人は腑抜けた笑い声をあげ、2人の家に帰った。
ねぇ。明日はさ。
どこかに行こうかとデートの予定をたてた。
行く場所は海。
彰と佳澄の胸は高鳴っていた。
明日こそプロポーズを。
個人の部屋の棚には四角の小さな箱が丁寧に置かれていた。
コメント
1件
読了したよ〜〜🥀 最初、カフェでの編集者さんとのやりとりがテンポよくて、先生と呼ばれてる彰さんの人柄がじわじわ出てくる感じが好き。家に帰ってからの佳澄さんとの「拗ねてないし」の甘いやりとり、ほんと尊い…🤍 心霊番組で2人ともビビって飛び出すの、大人なのに可愛すぎてにやけた。それを笑い話にして、最後に「ねえ先生。明日は笑ってくれます?」が小説のネタになる流れ、綺麗だなあ。 明日の海、プロポーズ、うまくいくといいな。続きすごく気になる〜〜!